時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
109 / 285
第一幕 板東編

大悪党、藤原玄明の脱走

しおりを挟む
「なるほどなぁ。まぁなんとなく話は分かった。……が、何故それを俺に頼む?」

「何故、とは?」

「だってよ、俺は天下の大悪党だぜ」

「あぁ」

「そんな悪党が、まともに仕事すると思うか? 外に出られた事を良い事に、そのままとんずら――するだろ普通」

「まぁ、それはそれで仕方ない。俺に人を見る目がなかったと言うだけの事だ」

「……見る目が無かった? って事は、少なからず今の俺様はこいつに期待されていると言う事か?」


小次郎の言葉に玄明は、少し面食らいながらも、少し照れ笑いを浮かべていた。


「? 何を気持ち悪い顔をしてブツブツ言っている?」

「いやっ! 何でも、何でもない! と、とにかくだ。そんな信用出来ない人間じゃなくて、もっと信用のおける人間に頼もうとは思わないのか?」

「……あぁ。これは、他の誰にも頼めない。お前にしか……頼めないんだ」

「どっ、どどどどうして?!」


小次郎の発言にますます動揺を浮かべる玄明。


「お前が、太郎と言う男と、唯一関わりを持っていないからさ。他の者には酷だろう。偵察なんて、信じている者を疑わせるような事……」

「……なんだ。つまりは消去法で俺様くらいしか頼める奴がいなかったってだけか」


小次郎から返って来た答えに、玄明は見るからにガックリと肩を落としながら、「はぁ」と小さな溜息を漏らした。


「どうした、またブツブツと?」

「何でもねぇ! っつかよ、貞盛って奴が裏切るんだったら、信じてた奴等が傷つくのは、結局は同じ事だろ? それが遅いか早いかだけだ。だったら、別に俺じゃなくたって」

「まだあいつが裏切るとは決まっていない!!」


玄明の言葉を遮って、小次郎が突然声を荒げる。


「裏切る前から疑って、皆の不安を仰ぎたくない。今奴を疑うのは、俺一人で十分だ」


かと思えば、今度は今にも消えてしまいそうな弱々しい声で呟いて――

彼の感情の起伏に、玄明は呆れたように問い掛ける。


「あんた、結局太郎って奴の事を信じてるのか? 信じてないのか? どっちなんだ?」

「……信じたい。あいつは、俺の従兄弟で、俺の友だ。友を疑う事などしたくはない。だが昔から良く知る友だからこそ、あいつの性格は俺が一番良く知っている。あいつはお調子者で、意志が弱くて……風が吹けばすぐどこかへ飛ばされてしまいそうになる、そういう奴だ」

「………」

「一族を預かる者としては、俺は奴を警戒しないわけにはいかない」

「……たく、なんちゅう顔してんだよ」

「…………え?」

「分かった。分かったから……そんな苦しそうな……今にも泣き出しそうな顔すんな。その仕事、引き受けてやっから」

「本当か?」

「あぁ。俺様はこう見えて情に脆いんだ。そんな顔見せられたら断れねぇ。但し! 俺様も太郎って奴同様、気分屋でな。途中で気が変わってとんずら! ってな事をしないとは約束出来ねぇ。もし裏切ったとしても、恨みっこなしだぜ?」

「あぁ、分かっている。」

「よし、じゃあ交渉成立って事で、この縄ほどいてくれや」


小次郎に向けて縄でグルグル巻きにされた両手を差し出した玄明。

そんな彼の縄をほどきながら、小次郎がぽつりと呟く。


「……すまないな」

「? 何がだ?」

「関係のないお前まで巻き込んで」

「…………」


小次郎の言葉にまたしても面食らう玄明。

この短い間に、小次郎の言葉に一体何度面食らわされただろうか?

思い返しながら玄明は大声を上げて笑いだす。

常人とはどこか変わった小次郎と言う男。玄明は、彼に少しずつ興味を抱き始めていたのだった。


「謝るのはまだ早いって。言ったろ。裏切っても恨みっこなしだって。俺様はまだ何も巻き込まれちゃいねぇよ。細かい事をいちいち気にすんな」


ガハハと豪快に笑いながら自由になった手で小次郎の背中をバシバシ叩く玄明。


「そうだな」


つられて小次郎も小さく笑った。


そうして、小次郎に見送られる中、玄明が屋敷を出たのは昼前の、まだ日が真上に昇りきらない時分の事。

その後夕方まで、玄明の脱走が気付かれる事はなく。
 
夕方になってようやく、食事を運んで来た下女によって彼の脱走が周知の事実となった。


だが、小次郎が意図的に彼を逃がしたと言う事実を、逃がした理由を、知る者は誰もいなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...