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第一幕 板東編
大悪党、藤原玄明の脱走
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「なるほどなぁ。まぁなんとなく話は分かった。……が、何故それを俺に頼む?」
「何故、とは?」
「だってよ、俺は天下の大悪党だぜ」
「あぁ」
「そんな悪党が、まともに仕事すると思うか? 外に出られた事を良い事に、そのままとんずら――するだろ普通」
「まぁ、それはそれで仕方ない。俺に人を見る目がなかったと言うだけの事だ」
「……見る目が無かった? って事は、少なからず今の俺様はこいつに期待されていると言う事か?」
小次郎の言葉に玄明は、少し面食らいながらも、少し照れ笑いを浮かべていた。
「? 何を気持ち悪い顔をしてブツブツ言っている?」
「いやっ! 何でも、何でもない! と、とにかくだ。そんな信用出来ない人間じゃなくて、もっと信用のおける人間に頼もうとは思わないのか?」
「……あぁ。これは、他の誰にも頼めない。お前にしか……頼めないんだ」
「どっ、どどどどうして?!」
小次郎の発言にますます動揺を浮かべる玄明。
「お前が、太郎と言う男と、唯一関わりを持っていないからさ。他の者には酷だろう。偵察なんて、信じている者を疑わせるような事……」
「……なんだ。つまりは消去法で俺様くらいしか頼める奴がいなかったってだけか」
小次郎から返って来た答えに、玄明は見るからにガックリと肩を落としながら、「はぁ」と小さな溜息を漏らした。
「どうした、またブツブツと?」
「何でもねぇ! っつかよ、貞盛って奴が裏切るんだったら、信じてた奴等が傷つくのは、結局は同じ事だろ? それが遅いか早いかだけだ。だったら、別に俺じゃなくたって」
「まだあいつが裏切るとは決まっていない!!」
玄明の言葉を遮って、小次郎が突然声を荒げる。
「裏切る前から疑って、皆の不安を仰ぎたくない。今奴を疑うのは、俺一人で十分だ」
かと思えば、今度は今にも消えてしまいそうな弱々しい声で呟いて――
彼の感情の起伏に、玄明は呆れたように問い掛ける。
「あんた、結局太郎って奴の事を信じてるのか? 信じてないのか? どっちなんだ?」
「……信じたい。あいつは、俺の従兄弟で、俺の友だ。友を疑う事などしたくはない。だが昔から良く知る友だからこそ、あいつの性格は俺が一番良く知っている。あいつはお調子者で、意志が弱くて……風が吹けばすぐどこかへ飛ばされてしまいそうになる、そういう奴だ」
「………」
「一族を預かる者としては、俺は奴を警戒しないわけにはいかない」
「……たく、なんちゅう顔してんだよ」
「…………え?」
「分かった。分かったから……そんな苦しそうな……今にも泣き出しそうな顔すんな。その仕事、引き受けてやっから」
「本当か?」
「あぁ。俺様はこう見えて情に脆いんだ。そんな顔見せられたら断れねぇ。但し! 俺様も太郎って奴同様、気分屋でな。途中で気が変わってとんずら! ってな事をしないとは約束出来ねぇ。もし裏切ったとしても、恨みっこなしだぜ?」
「あぁ、分かっている。」
「よし、じゃあ交渉成立って事で、この縄ほどいてくれや」
小次郎に向けて縄でグルグル巻きにされた両手を差し出した玄明。
そんな彼の縄をほどきながら、小次郎がぽつりと呟く。
「……すまないな」
「? 何がだ?」
「関係のないお前まで巻き込んで」
「…………」
小次郎の言葉にまたしても面食らう玄明。
この短い間に、小次郎の言葉に一体何度面食らわされただろうか?
思い返しながら玄明は大声を上げて笑いだす。
常人とはどこか変わった小次郎と言う男。玄明は、彼に少しずつ興味を抱き始めていたのだった。
「謝るのはまだ早いって。言ったろ。裏切っても恨みっこなしだって。俺様はまだ何も巻き込まれちゃいねぇよ。細かい事をいちいち気にすんな」
ガハハと豪快に笑いながら自由になった手で小次郎の背中をバシバシ叩く玄明。
「そうだな」
つられて小次郎も小さく笑った。
そうして、小次郎に見送られる中、玄明が屋敷を出たのは昼前の、まだ日が真上に昇りきらない時分の事。
その後夕方まで、玄明の脱走が気付かれる事はなく。
夕方になってようやく、食事を運んで来た下女によって彼の脱走が周知の事実となった。
だが、小次郎が意図的に彼を逃がしたと言う事実を、逃がした理由を、知る者は誰もいなかった。
「何故、とは?」
「だってよ、俺は天下の大悪党だぜ」
「あぁ」
「そんな悪党が、まともに仕事すると思うか? 外に出られた事を良い事に、そのままとんずら――するだろ普通」
「まぁ、それはそれで仕方ない。俺に人を見る目がなかったと言うだけの事だ」
「……見る目が無かった? って事は、少なからず今の俺様はこいつに期待されていると言う事か?」
小次郎の言葉に玄明は、少し面食らいながらも、少し照れ笑いを浮かべていた。
「? 何を気持ち悪い顔をしてブツブツ言っている?」
「いやっ! 何でも、何でもない! と、とにかくだ。そんな信用出来ない人間じゃなくて、もっと信用のおける人間に頼もうとは思わないのか?」
「……あぁ。これは、他の誰にも頼めない。お前にしか……頼めないんだ」
「どっ、どどどどうして?!」
小次郎の発言にますます動揺を浮かべる玄明。
「お前が、太郎と言う男と、唯一関わりを持っていないからさ。他の者には酷だろう。偵察なんて、信じている者を疑わせるような事……」
「……なんだ。つまりは消去法で俺様くらいしか頼める奴がいなかったってだけか」
小次郎から返って来た答えに、玄明は見るからにガックリと肩を落としながら、「はぁ」と小さな溜息を漏らした。
「どうした、またブツブツと?」
「何でもねぇ! っつかよ、貞盛って奴が裏切るんだったら、信じてた奴等が傷つくのは、結局は同じ事だろ? それが遅いか早いかだけだ。だったら、別に俺じゃなくたって」
「まだあいつが裏切るとは決まっていない!!」
玄明の言葉を遮って、小次郎が突然声を荒げる。
「裏切る前から疑って、皆の不安を仰ぎたくない。今奴を疑うのは、俺一人で十分だ」
かと思えば、今度は今にも消えてしまいそうな弱々しい声で呟いて――
彼の感情の起伏に、玄明は呆れたように問い掛ける。
「あんた、結局太郎って奴の事を信じてるのか? 信じてないのか? どっちなんだ?」
「……信じたい。あいつは、俺の従兄弟で、俺の友だ。友を疑う事などしたくはない。だが昔から良く知る友だからこそ、あいつの性格は俺が一番良く知っている。あいつはお調子者で、意志が弱くて……風が吹けばすぐどこかへ飛ばされてしまいそうになる、そういう奴だ」
「………」
「一族を預かる者としては、俺は奴を警戒しないわけにはいかない」
「……たく、なんちゅう顔してんだよ」
「…………え?」
「分かった。分かったから……そんな苦しそうな……今にも泣き出しそうな顔すんな。その仕事、引き受けてやっから」
「本当か?」
「あぁ。俺様はこう見えて情に脆いんだ。そんな顔見せられたら断れねぇ。但し! 俺様も太郎って奴同様、気分屋でな。途中で気が変わってとんずら! ってな事をしないとは約束出来ねぇ。もし裏切ったとしても、恨みっこなしだぜ?」
「あぁ、分かっている。」
「よし、じゃあ交渉成立って事で、この縄ほどいてくれや」
小次郎に向けて縄でグルグル巻きにされた両手を差し出した玄明。
そんな彼の縄をほどきながら、小次郎がぽつりと呟く。
「……すまないな」
「? 何がだ?」
「関係のないお前まで巻き込んで」
「…………」
小次郎の言葉にまたしても面食らう玄明。
この短い間に、小次郎の言葉に一体何度面食らわされただろうか?
思い返しながら玄明は大声を上げて笑いだす。
常人とはどこか変わった小次郎と言う男。玄明は、彼に少しずつ興味を抱き始めていたのだった。
「謝るのはまだ早いって。言ったろ。裏切っても恨みっこなしだって。俺様はまだ何も巻き込まれちゃいねぇよ。細かい事をいちいち気にすんな」
ガハハと豪快に笑いながら自由になった手で小次郎の背中をバシバシ叩く玄明。
「そうだな」
つられて小次郎も小さく笑った。
そうして、小次郎に見送られる中、玄明が屋敷を出たのは昼前の、まだ日が真上に昇りきらない時分の事。
その後夕方まで、玄明の脱走が気付かれる事はなく。
夕方になってようやく、食事を運んで来た下女によって彼の脱走が周知の事実となった。
だが、小次郎が意図的に彼を逃がしたと言う事実を、逃がした理由を、知る者は誰もいなかった。
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