106 / 279
第一幕 板東編
苦悩と対話
しおりを挟む
「小次郎っ!」
小次郎の後を追いかけ来た千紗は、彼の部屋の前でやっと追いついた。
自室へ入って行こうとする所を大きな声で呼び止める。
振り向き様、もの凄い勢いで抱きつかれた小次郎は、その勢いのまま尻餅をついた。
「千紗?! 急にどうしたんだ?」
甘えた子供のように抱きついて離れない千紗の姿に、小次郎は困ったようにぽりぽりと頬をかいた。
「何故、何も教えてくれなかった?」
「? 何の話だ?」
「景行殿から聞いた。お主が伯父を殺さなければならなかった経緯を」
「……その話は、お前には関係ない」
「そうやって私を突き放そうとするな」
小次郎の胸に押しあてられていた千紗の顔が不意に上げられたかと思うと、真っ直ぐ小次郎を見つめる。
痛い程の千紗の視線に、小次郎は思わず顔を背けた。
「っ……」
「辛かった。小次郎が小次郎の伯父上を殺したと聞いて。京にいた頃の、私のよく知る小次郎がいなくなってしまったのかと思って。だが違った。お主は何も変わってなどいなかった。ずっと一人で苦しんでいたのだな」
「……」
「伯父に裏切られて、悲しかったのだな。血の繋がる伯父に刃を向けて……辛かったのだな。己の意志と反して争いを止められぬ事が悔しくて仕方ないのだろ。それでも今のお主の立場から、その辛い気持ちを人に見せるわけにはいかないと、わざと強がってみせていたのであろう」
「…………」
「そんな事も知らないで私は……小次郎から文が来ないと拗ねて、離れている間に小次郎は変わってしまったのだと疑って、伯父を殺したと責めた。私は……目に写る物事しか見ていなかった」
「………」
「すまぬ。もう二度とお主を一人で苦しめたりしない。私も何かお前の役に立ちたい。お前の痛みを知りたい」
「……千……紗……」
千紗の言葉に、小次郎の瞳が小さく揺れる。
「私にお前の苦しみをわけてくれ」
そう言って再び小次郎を優しく抱き締めた千紗に、小次郎は驚いた顔をしながらも、ほんの一瞬彼女の体を強く抱き締め返した。
だが、その力はすぐに緩められて――
千紗の体を強引に引き剥がす。
「……小次郎?」
「俺は……伯父を殺した。それが事実で、それが全てだ。俺はもうお前のよく知る俺じゃない。お前の望むような人間にはもうなれない。だからもう俺に構うな」
更に言葉でも彼女を突き放す小次郎。
「い、いやじゃ!私は小次郎の……小次郎の力になりた――」
「必要ない!」
千紗の言葉を最後まで待たず、突然怒鳴り声を上げた小次郎に、千紗の肩がビクンと跳ねた。
「…………こじ……ろう……」
「お前は、お前の居場所に帰るんだ。京に、忠平様の元に帰るんだ」
そう言って、強引に千紗を立たせると、部屋から出て行くよう彼女の背中を押しやった。
「嫌じゃ……千紗は……小次郎の側に……」
「千紗っ!!」
「……」
小次郎の怒りに怯えた瞳を向けながらも、唇を噛み締め必死に小次郎を睨み付ける千紗。
これしか術を持たない彼女なりの、必死の抵抗。
「帰るんだ! 頼むから……帰ってくれ………」
だが、そんな抵抗も虚しく、千紗の体を強引に外へと押し出した小次郎は、千紗が部屋へと入ってこれぬよう、ピシャリと乱暴に板扉を閉めた。
そして閉めた後、くずおれるようにその場に座り込みながら、板扉が開かれるを必死に防いだ。
「小次郎、開けてくれ!開けてくれ小次郎!!小次郎っ!!」
ドンドンと、何度となく目の前の扉を叩きなから、小次郎を呼び続ける千紗。
「何で……何で来たんだ千紗。お前にだけはこんな姿、見られたくなかったのに……」
いつまでも自分の名を呼び続ける千紗の声を聞きながら、小次郎は膝を抱え、項垂れていた。
小次郎の後を追いかけ来た千紗は、彼の部屋の前でやっと追いついた。
自室へ入って行こうとする所を大きな声で呼び止める。
振り向き様、もの凄い勢いで抱きつかれた小次郎は、その勢いのまま尻餅をついた。
「千紗?! 急にどうしたんだ?」
甘えた子供のように抱きついて離れない千紗の姿に、小次郎は困ったようにぽりぽりと頬をかいた。
「何故、何も教えてくれなかった?」
「? 何の話だ?」
「景行殿から聞いた。お主が伯父を殺さなければならなかった経緯を」
「……その話は、お前には関係ない」
「そうやって私を突き放そうとするな」
小次郎の胸に押しあてられていた千紗の顔が不意に上げられたかと思うと、真っ直ぐ小次郎を見つめる。
痛い程の千紗の視線に、小次郎は思わず顔を背けた。
「っ……」
「辛かった。小次郎が小次郎の伯父上を殺したと聞いて。京にいた頃の、私のよく知る小次郎がいなくなってしまったのかと思って。だが違った。お主は何も変わってなどいなかった。ずっと一人で苦しんでいたのだな」
「……」
「伯父に裏切られて、悲しかったのだな。血の繋がる伯父に刃を向けて……辛かったのだな。己の意志と反して争いを止められぬ事が悔しくて仕方ないのだろ。それでも今のお主の立場から、その辛い気持ちを人に見せるわけにはいかないと、わざと強がってみせていたのであろう」
「…………」
「そんな事も知らないで私は……小次郎から文が来ないと拗ねて、離れている間に小次郎は変わってしまったのだと疑って、伯父を殺したと責めた。私は……目に写る物事しか見ていなかった」
「………」
「すまぬ。もう二度とお主を一人で苦しめたりしない。私も何かお前の役に立ちたい。お前の痛みを知りたい」
「……千……紗……」
千紗の言葉に、小次郎の瞳が小さく揺れる。
「私にお前の苦しみをわけてくれ」
そう言って再び小次郎を優しく抱き締めた千紗に、小次郎は驚いた顔をしながらも、ほんの一瞬彼女の体を強く抱き締め返した。
だが、その力はすぐに緩められて――
千紗の体を強引に引き剥がす。
「……小次郎?」
「俺は……伯父を殺した。それが事実で、それが全てだ。俺はもうお前のよく知る俺じゃない。お前の望むような人間にはもうなれない。だからもう俺に構うな」
更に言葉でも彼女を突き放す小次郎。
「い、いやじゃ!私は小次郎の……小次郎の力になりた――」
「必要ない!」
千紗の言葉を最後まで待たず、突然怒鳴り声を上げた小次郎に、千紗の肩がビクンと跳ねた。
「…………こじ……ろう……」
「お前は、お前の居場所に帰るんだ。京に、忠平様の元に帰るんだ」
そう言って、強引に千紗を立たせると、部屋から出て行くよう彼女の背中を押しやった。
「嫌じゃ……千紗は……小次郎の側に……」
「千紗っ!!」
「……」
小次郎の怒りに怯えた瞳を向けながらも、唇を噛み締め必死に小次郎を睨み付ける千紗。
これしか術を持たない彼女なりの、必死の抵抗。
「帰るんだ! 頼むから……帰ってくれ………」
だが、そんな抵抗も虚しく、千紗の体を強引に外へと押し出した小次郎は、千紗が部屋へと入ってこれぬよう、ピシャリと乱暴に板扉を閉めた。
そして閉めた後、くずおれるようにその場に座り込みながら、板扉が開かれるを必死に防いだ。
「小次郎、開けてくれ!開けてくれ小次郎!!小次郎っ!!」
ドンドンと、何度となく目の前の扉を叩きなから、小次郎を呼び続ける千紗。
「何で……何で来たんだ千紗。お前にだけはこんな姿、見られたくなかったのに……」
いつまでも自分の名を呼び続ける千紗の声を聞きながら、小次郎は膝を抱え、項垂れていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
連合航空艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。
デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。
浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!
明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。
当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。
ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。
空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。
空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。
日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。
この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。
共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。
その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる