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第一幕 板東編
見えなかった真実②
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「さて、話を戻しましょうか。貴方は何が知りたいのですか、千紗殿?」
「……小次郎の事が知りたい。今の話合いの中、民衆達は土地を奪われたと申していた。小次郎は己が土地を奪われた事があるのか? 何も抵抗せずにとは、一体どう言う事なのじゃ? もしそれが本当なのだとしたら、何故小次郎は貞盛の父を殺した事になっているのだ?」
矢継ぎ早になされる質問に、景行は静かに問い返した。
「小次郎殿や四郎からは何も?」
「聞いていない。小次郎はただ、自分が伯父を殺したと、それしか答えてはくれなかった」
「……そうですか。確かに小次郎殿が伯父上を殺したと言う、その話は事実です。ですが、そうなった経緯にはそれなりの理由がありました」
景行の話に、千紗と秋成は互いに顔を見合わせると、「やっぱり」とそう小さく漏らした。
漏らしながら千紗は、今度は景行に掴み掛かる勢いでその理由をしつこく問いただした。
「教えてくれ景行殿、その理由を私にも教えてくれ。私の知らない間に、小次郎の身に一体何があったのだ? どうして伯父を殺さなければならなかったのだ? 教えてくれ!」
そんな彼女の必死な様子に、景行はゆっくりと語り始める。千紗と離れていた間の小次郎の事を――
「そうですね。どこからお話しましょうか。事の始まりは、小次郎殿や四郎のお父上がお亡くなりになった事。その際に小次郎殿がお父上から譲り受けるはずだった土地の一部を、彼の伯父達に騙しとられた事から始まります」
「騙しとられた?!」
「はい。詳しい経緯までは私には分かりません。ですが、どうやら小次郎殿が京から坂東に戻られる前に、小次郎殿のお父上が残した遺言状を偽造したとか」
「……偽造とは……なんと卑怯な……」
「騙し取られたと分かった後、小次郎殿は何度となく伯父達の元を訊ね、話し合いの上で土地を返してもらうよう説得に努めていました。私はもともと彼の伯父、国香殿の領地である真壁郡に身を置いていたのですが、熱心に何度も国香殿を訊ね来る姿をよく見かけましたよ。……ですが、残念ながら国香殿には満足に話も聞いてもらえず、追いかえされるばかりだったそうです」
「……それで戦になったのか? その戦で、小次郎は貞盛の父であるその国香と言う男を……」
「いいえ、その時小次郎殿は、何度邪険にされようとも決して武力に出る事はしませんでした」
「……え?」
「奪われた土地を取り戻す事はせず、変わりに奪われた分だけの土地を、自らの手で新たに開墾する道を選んだのです」
景行の口から語られた話は、全く想像もしていなかった事柄で、秋成と千紗は絶句した。
「何故小次郎は、武力に出る事をしなかったのだ?」
「私も疑問に思って一度訊ねた事があります。その時小次郎殿がおっしゃっていたのは、自分達身内同士のいざこざに、関係のない民を巻き込むわけにはいかないと。戦となれば、どうしても民人達の手を借りる事になりますからね」
「個のよりも多を重んじたと言う事か?」
「はい。あの方は優しい方です。だからこそ、こうして多くの者達から好かれているのでしょうね」
そう言って小次郎の帰還を聞きつけ集まった、目の前の多くの民人達に目を向ける景行。
千紗と秋成もまた庭いっぱいに広がる彼、彼女らを見渡した。
まさか民人達の為、奪われた土地を諦め自らの手で新しい土地を開墾しようとは。
京に住まう強欲な貴族達には絶対に真似できない、酷く馬鹿げた選択だ。
そして争う以上に辛く困難な選択だっただろう。
けれども小次郎らしいと妙に納得出来た。
だって千紗も秋成も知っているから。
己を犠牲にして他の為に尽くそうとする小次郎の心の強さと優しさを。
「ですが、小次郎殿の優しさがその後、仇となってしまった」
「………え?」
「……小次郎の事が知りたい。今の話合いの中、民衆達は土地を奪われたと申していた。小次郎は己が土地を奪われた事があるのか? 何も抵抗せずにとは、一体どう言う事なのじゃ? もしそれが本当なのだとしたら、何故小次郎は貞盛の父を殺した事になっているのだ?」
矢継ぎ早になされる質問に、景行は静かに問い返した。
「小次郎殿や四郎からは何も?」
「聞いていない。小次郎はただ、自分が伯父を殺したと、それしか答えてはくれなかった」
「……そうですか。確かに小次郎殿が伯父上を殺したと言う、その話は事実です。ですが、そうなった経緯にはそれなりの理由がありました」
景行の話に、千紗と秋成は互いに顔を見合わせると、「やっぱり」とそう小さく漏らした。
漏らしながら千紗は、今度は景行に掴み掛かる勢いでその理由をしつこく問いただした。
「教えてくれ景行殿、その理由を私にも教えてくれ。私の知らない間に、小次郎の身に一体何があったのだ? どうして伯父を殺さなければならなかったのだ? 教えてくれ!」
そんな彼女の必死な様子に、景行はゆっくりと語り始める。千紗と離れていた間の小次郎の事を――
「そうですね。どこからお話しましょうか。事の始まりは、小次郎殿や四郎のお父上がお亡くなりになった事。その際に小次郎殿がお父上から譲り受けるはずだった土地の一部を、彼の伯父達に騙しとられた事から始まります」
「騙しとられた?!」
「はい。詳しい経緯までは私には分かりません。ですが、どうやら小次郎殿が京から坂東に戻られる前に、小次郎殿のお父上が残した遺言状を偽造したとか」
「……偽造とは……なんと卑怯な……」
「騙し取られたと分かった後、小次郎殿は何度となく伯父達の元を訊ね、話し合いの上で土地を返してもらうよう説得に努めていました。私はもともと彼の伯父、国香殿の領地である真壁郡に身を置いていたのですが、熱心に何度も国香殿を訊ね来る姿をよく見かけましたよ。……ですが、残念ながら国香殿には満足に話も聞いてもらえず、追いかえされるばかりだったそうです」
「……それで戦になったのか? その戦で、小次郎は貞盛の父であるその国香と言う男を……」
「いいえ、その時小次郎殿は、何度邪険にされようとも決して武力に出る事はしませんでした」
「……え?」
「奪われた土地を取り戻す事はせず、変わりに奪われた分だけの土地を、自らの手で新たに開墾する道を選んだのです」
景行の口から語られた話は、全く想像もしていなかった事柄で、秋成と千紗は絶句した。
「何故小次郎は、武力に出る事をしなかったのだ?」
「私も疑問に思って一度訊ねた事があります。その時小次郎殿がおっしゃっていたのは、自分達身内同士のいざこざに、関係のない民を巻き込むわけにはいかないと。戦となれば、どうしても民人達の手を借りる事になりますからね」
「個のよりも多を重んじたと言う事か?」
「はい。あの方は優しい方です。だからこそ、こうして多くの者達から好かれているのでしょうね」
そう言って小次郎の帰還を聞きつけ集まった、目の前の多くの民人達に目を向ける景行。
千紗と秋成もまた庭いっぱいに広がる彼、彼女らを見渡した。
まさか民人達の為、奪われた土地を諦め自らの手で新しい土地を開墾しようとは。
京に住まう強欲な貴族達には絶対に真似できない、酷く馬鹿げた選択だ。
そして争う以上に辛く困難な選択だっただろう。
けれども小次郎らしいと妙に納得出来た。
だって千紗も秋成も知っているから。
己を犠牲にして他の為に尽くそうとする小次郎の心の強さと優しさを。
「ですが、小次郎殿の優しさがその後、仇となってしまった」
「………え?」
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