時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 板東編

小次郎と貞盛③

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「四郎にも話したが、私には小次郎や四郎達と戦う意志はないよ。勿論、伯父上達ともね。出来る事ならば身内同士、争いなどして欲しくはない。それが私の素直な気持ちだ」

「俺だって……伯父上達と争いたくなどない」

「だったらしなければ良い。争いなんて」

「………簡単に言ってくれる」

「簡単な事さ」

「太郎!事はもう、そう簡単な話ではなくなっているんだ!」

「いいや、簡単な話だ。私が、父がお前達から奪った土地を返せばよい」

「……何?」

「もとはと言えば、私の父がお前達から無理矢理土地を奪った事が争いの始まりなのだろう? ならばその土地をお前に返せば良い。違うか?」

「本気か貞盛? 本気で言っているのか?」


突然貞盛からなされた突拍子もない発言に、本気で驚いている様子の小次郎。


「あぁ。本気さ。さっきのお前の言葉で決心がついたよ。私の大事な友に、これ以上辛い顔はさせられない」

「……さっきの言葉?」


貞盛が言わんとしている事が、わからないといった様子で首を傾げる小次郎。

そんな彼の姿に、貞盛はまた小さく笑った。


「駆け引きが苦手で、馬鹿がつくほど正直で、友として私を信じたいくせに、一国を預かる長としては私にも疑いをかけなければならない。すまないと、小さく零したあの瞬間、お前の真意がしっかり顔に出ていたよ。小次郎、お前はそれで良い。そのままのお前が、私は気に入ってるんだ」

「……貞盛……。だがそれではお前の兄弟や叔母上は納得すまい。父を殺された上に、一度手に入れた土地まで失っては」

「そうだね。だからこう言うのはどうだろう。あくまで表向きは私の土地としておこう。だが、その土地の管理をお前に一任するんだ。私は何も口を出さないし、必要以上の税も取らない。お前の好きなように管理すれば良い。そうする事で実質的な土地の権力者は小次郎、お前と言う事にならないだろうか。これでお互い、平和的解決にならないかい?」

「……それは確かに有難い話だが、お前の兄弟達は、本当にそれを納得するだろうか?」

「父が死んだ今、父に代わって一国を預かる頭は、長男であるこの私だ。私の遣り方に文句は言わせないよ」

「……伯父上達は? 納得するだろうか?」

「もともとこれは、私と小次郎の家同士のいざこざだ。関係のない伯父上達が口を挟む事の方がおかしいのだ。伯父上達の事は私が何とかして説得してみせるさ」

「…………」

「さぁ、他に何か質問は?」

「…………お前は父親を殺した俺が、憎くはないのか?」

「憎いさ。だが、その憎いはずのお前とて、私にとっては血の繋がった従兄弟だ。そして、幼い時を共に過ごした友でもある。父と同じくらいに大切な友を、恨む事など出来るはずがないだろう。故に私は、お前との争いを望まない。もう誰も死んで欲しくはないのだ」

「…………太郎」

「私達はお互いに平和的解決を望んでいる。もう争う事を考える必要などない。苦しむ必要などないのだ、小次郎」

「………」

「この先は、お前と私、二人で力を合わせて争いを止める事だけを考えよう」

「…………」


貞盛からなされた提案、そして演説に、聴衆からは大きな歓声が沸き起こった。

「太郎様」、「貞盛様」と囃し立てる賑やかな声を遠くに聞きながら、小次郎は何やら無言で考えこむ。


「兄貴?」


四郎の呼び掛けに、はっと我に返った小次郎は、自分に向かって貞盛が手を差し出している事に気付いた。


「さぁ小次郎、私と共にこの争いを止めよう」

「………」

「さぁ!」

「………」


何度となく握手を求める貞盛。

だが小次郎は貞盛の手をなかなか握る事が出来なかった。

幼い頃から共に過ごして来た友であるが故、小次郎は貞盛の良い所も悪い所も、よく知りすぎていたから。

なかなか貞盛の手を取ろうとしない小次郎に、四郎が再び兄を呼ぶ。


「兄貴?」

「……四郎、お前はどう思う? 貞盛のこの誘い」

「勿論賛成だよ。何の犠牲も払わずに戦を止められるなら、それに越した事はない」

「あぁ、そうだな……。まったくその通りだ」


自分一人の個人的な疑心のせいで、皆を守れるかもしれないその可能性を、潰すわけにはいかない――

いかないんだと小次郎は、心の奥に残る不安を一所懸命押し殺して、貞盛の差し出す手を握りしめた。


「信じるぞ太郎。信じているからな……」

「あぁ。共にこの戦を止めようぞ。小次郎」

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