時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 板東編

自称大悪党 藤原玄明見参!

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――それから数日後。
五月も半ばに入る頃、四郎や桔梗の話通り、ついに小次郎が豊田屋敷へと帰って来た。


「小次郎様!お帰りなさいませ!」

「お帰り、兄貴!」


四郎を始めとした屋敷の者達が待ちきれなかったとばかりに、屋敷の門まで出て小次郎を出迎える。

周辺の村々からもたくさんの人々が豊田屋敷へ集まり、小次郎の帰郷を喜んでいた。


「あぁ。今戻った。長い間、留守にしてしまってすまなかったな。俺が留守の間、豊田は何もなかったか?」

「あぁ、兄貴の働きのおかげで何の問題もなく、こっちは平和に過ごしていたさ。そっちはどうだった?」

「いや、こちらも大した問題はなかった。が……」


何やら言いよどむ小次郎の態度に、四郎は彼の手に縄が握られている事に気付く。
その縄の先を視線で辿ると、小次郎の後ろに、縄でぐるぐに縛り上げられた一人の見知らぬ男の姿を見つけた。


「ん?兄貴、兄貴の後ろにいるそのおっさんは何?」

「実は、一匹賊を捕まえたんだ」


小次郎が“賊”と呼んだその男は、こんがりと日焼けした肌に、延び放題の無精髭を蓄え、酷く不潔感を漂わせていた。ゴツゴツと骨ばった厳つい顔は、見るからに悪人と言わんばかりの風貌だ。


「へぇ、兄貴が賊を捕らえて連れてくるなんて珍しいな。いつも小者は逃がしてやるくせに」

「おい、お前。誰が小者だと。訊いて驚け、俺様の名前はなぁ、泣く子も黙る大悪党、藤原玄明ふじわらのはるあき様だぁ!」


四郎の“小者”発言が気に触ったのか、賊の男は囚われの身でありながらも、臆する事無く誇らしげに高々と名乗りを上げた。


「……うん、ごめん、知らないや。ちょっと悪いけどあんたは黙っててくれる」

「な……」


だが、彼の名乗りに呆れ顔を浮かべた四郎は、バッサリと自称大悪党の発言を切り捨てる。
周囲からはクスクスと笑いが溢れていた。

赤っ恥をかいたとばかりに顔を真っ赤に染めながら、屈辱に震える賊の男に哀れみの視線を向けながら、小次郎は四郎との会話を続けた。


「俺だって何度かこいつの事は見逃してやったさ。だがこいつは、懲りもせず何度も盗みを働いてな、俺が行く先々で騒ぎを起こしては小領主や役人達を困らせていた。こいつの手癖の悪さと諦めの悪さには、ほとほと手を焼いてな、仕方なくこうして捕まえたんだ」

「いやいや、捕まえたからって豊田に連れて来られてもさ、こっちだって困るんだけど。正直邪魔なだけでしょ、こんなおっさん。どっか遠くに捨てて来てよ」

「おい、誰がおっさんだ! 俺様はまだ二十代――」


再び四郎の発言に待ったをかける自称大悪党、藤原玄明。
今度はおっさんと呼ばれた事が気に触ったらしい。が、二回目の割り込みは、完全なる無視に終わる。
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