98 / 287
第一幕 板東編
自称大悪党 藤原玄明見参!
しおりを挟む
――それから数日後。
五月も半ばに入る頃、四郎や桔梗の話通り、ついに小次郎が豊田屋敷へと帰って来た。
「小次郎様!お帰りなさいませ!」
「お帰り、兄貴!」
四郎を始めとした屋敷の者達が待ちきれなかったとばかりに、屋敷の門まで出て小次郎を出迎える。
周辺の村々からもたくさんの人々が豊田屋敷へ集まり、小次郎の帰郷を喜んでいた。
「あぁ。今戻った。長い間、留守にしてしまってすまなかったな。俺が留守の間、豊田は何もなかったか?」
「あぁ、兄貴の働きのおかげで何の問題もなく、こっちは平和に過ごしていたさ。そっちはどうだった?」
「いや、こちらも大した問題はなかった。が……」
何やら言いよどむ小次郎の態度に、四郎は彼の手に縄が握られている事に気付く。
その縄の先を視線で辿ると、小次郎の後ろに、縄でぐるぐに縛り上げられた一人の見知らぬ男の姿を見つけた。
「ん?兄貴、兄貴の後ろにいるそのおっさんは何?」
「実は、一匹賊を捕まえたんだ」
小次郎が“賊”と呼んだその男は、こんがりと日焼けした肌に、延び放題の無精髭を蓄え、酷く不潔感を漂わせていた。ゴツゴツと骨ばった厳つい顔は、見るからに悪人と言わんばかりの風貌だ。
「へぇ、兄貴が賊を捕らえて連れてくるなんて珍しいな。いつも小者は逃がしてやるくせに」
「おい、お前。誰が小者だと。訊いて驚け、俺様の名前はなぁ、泣く子も黙る大悪党、藤原玄明様だぁ!」
四郎の“小者”発言が気に触ったのか、賊の男は囚われの身でありながらも、臆する事無く誇らしげに高々と名乗りを上げた。
「……うん、ごめん、知らないや。ちょっと悪いけどあんたは黙っててくれる」
「な……」
だが、彼の名乗りに呆れ顔を浮かべた四郎は、バッサリと自称大悪党の発言を切り捨てる。
周囲からはクスクスと笑いが溢れていた。
赤っ恥をかいたとばかりに顔を真っ赤に染めながら、屈辱に震える賊の男に哀れみの視線を向けながら、小次郎は四郎との会話を続けた。
「俺だって何度かこいつの事は見逃してやったさ。だがこいつは、懲りもせず何度も盗みを働いてな、俺が行く先々で騒ぎを起こしては小領主や役人達を困らせていた。こいつの手癖の悪さと諦めの悪さには、ほとほと手を焼いてな、仕方なくこうして捕まえたんだ」
「いやいや、捕まえたからって豊田に連れて来られてもさ、こっちだって困るんだけど。正直邪魔なだけでしょ、こんなおっさん。どっか遠くに捨てて来てよ」
「おい、誰がおっさんだ! 俺様はまだ二十代――」
再び四郎の発言に待ったをかける自称大悪党、藤原玄明。
今度はおっさんと呼ばれた事が気に触ったらしい。が、二回目の割り込みは、完全なる無視に終わる。
五月も半ばに入る頃、四郎や桔梗の話通り、ついに小次郎が豊田屋敷へと帰って来た。
「小次郎様!お帰りなさいませ!」
「お帰り、兄貴!」
四郎を始めとした屋敷の者達が待ちきれなかったとばかりに、屋敷の門まで出て小次郎を出迎える。
周辺の村々からもたくさんの人々が豊田屋敷へ集まり、小次郎の帰郷を喜んでいた。
「あぁ。今戻った。長い間、留守にしてしまってすまなかったな。俺が留守の間、豊田は何もなかったか?」
「あぁ、兄貴の働きのおかげで何の問題もなく、こっちは平和に過ごしていたさ。そっちはどうだった?」
「いや、こちらも大した問題はなかった。が……」
何やら言いよどむ小次郎の態度に、四郎は彼の手に縄が握られている事に気付く。
その縄の先を視線で辿ると、小次郎の後ろに、縄でぐるぐに縛り上げられた一人の見知らぬ男の姿を見つけた。
「ん?兄貴、兄貴の後ろにいるそのおっさんは何?」
「実は、一匹賊を捕まえたんだ」
小次郎が“賊”と呼んだその男は、こんがりと日焼けした肌に、延び放題の無精髭を蓄え、酷く不潔感を漂わせていた。ゴツゴツと骨ばった厳つい顔は、見るからに悪人と言わんばかりの風貌だ。
「へぇ、兄貴が賊を捕らえて連れてくるなんて珍しいな。いつも小者は逃がしてやるくせに」
「おい、お前。誰が小者だと。訊いて驚け、俺様の名前はなぁ、泣く子も黙る大悪党、藤原玄明様だぁ!」
四郎の“小者”発言が気に触ったのか、賊の男は囚われの身でありながらも、臆する事無く誇らしげに高々と名乗りを上げた。
「……うん、ごめん、知らないや。ちょっと悪いけどあんたは黙っててくれる」
「な……」
だが、彼の名乗りに呆れ顔を浮かべた四郎は、バッサリと自称大悪党の発言を切り捨てる。
周囲からはクスクスと笑いが溢れていた。
赤っ恥をかいたとばかりに顔を真っ赤に染めながら、屈辱に震える賊の男に哀れみの視線を向けながら、小次郎は四郎との会話を続けた。
「俺だって何度かこいつの事は見逃してやったさ。だがこいつは、懲りもせず何度も盗みを働いてな、俺が行く先々で騒ぎを起こしては小領主や役人達を困らせていた。こいつの手癖の悪さと諦めの悪さには、ほとほと手を焼いてな、仕方なくこうして捕まえたんだ」
「いやいや、捕まえたからって豊田に連れて来られてもさ、こっちだって困るんだけど。正直邪魔なだけでしょ、こんなおっさん。どっか遠くに捨てて来てよ」
「おい、誰がおっさんだ! 俺様はまだ二十代――」
再び四郎の発言に待ったをかける自称大悪党、藤原玄明。
今度はおっさんと呼ばれた事が気に触ったらしい。が、二回目の割り込みは、完全なる無視に終わる。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
水野勝成 居候報恩記
尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。
⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。
⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。
⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/
備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。
→本編は完結、関連の話題を適宜更新。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】
3巻からは戦争編になります。
戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。
※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
youtubeチャンネル名:heroher agency
insta:herohero agency
拾われ子だって、姫なのです!
田古みゆう
歴史・時代
南蛮人、南蛮人って。わたくしはれっきとした倭人よ!
お江戸の町で与力をしている井上正道と、部下の高山小十郎は、二人の赤子をそれぞれ引き取り、千代と太郎と名付け育てることに。
月日は流れ、二人の赤子はすくすくと成長した。見目麗しい姿と珍しい青眼を持つため、周囲からは奇異の眼で見られる。こそこそと噂をされるたび、千代は自分は一体何者なのだろうかと、自身の出自について悩んでいた。唯一同じ青眼を持つ太郎と悩みを分かち合おうにも、何かを知っていそうな太郎はあまり多くを語らない。それがまた千代を悶々とさせていた。
そんな千代を周囲の者は遠巻きに見ながらも、その麗しさに心奪われる者は多く、やがて年頃の千代にも縁談話が持ち上がる。
しかし、当の千代はそんなことには興味がなく。寄ってくる男を、口八丁手八丁で退けてばかり。
果たして勝気な姫様の心を射止める者が、このお江戸にいるのかっ!?
痛快求婚譚、これよりはじまりはじまり〜♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる