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第一幕 板東編
御田植祭③
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その後、横一列に並んだ早乙女達は、笛や太鼓の音色に美しい歌声を乗せ、その唄に一年の豊作の祈りを込めながら、田に稲の苗を植え付けていく。
その姿は何とも楽しげで律動的。
慣れた手つきで次々に田植えが進められて行く中、千紗とヒナ、二人の動作だけが遅く、周囲からは浮いて見えた。
「ははは、ありゃ何とも頼りない早乙女だな」
「一年の豊作を祈るはずの早乙女が、あんなに不慣れで大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫~」
千紗達の不慣れさを心配する秋成に対して、四郎は全く気にした様子を見せず、千紗達の不慣れを豪快に笑い飛ばしていた。
「だが……これは単なる田植えではなく、豊作を祈る奉りのための田植えなのだろう? あのような不慣れな姫様まで参加させて本当に良かったのか? 田の神に失礼はないか?」
「だから大丈夫だって。あっきー心配しすぎ。奉りは奉りだけど、祭りでもあるんだ。要は楽しめれば良いんだよ。一番大切なのは、皆が楽しんでいるかどうかなんだからさ」
「………」
四郎の言葉に秋成が周囲を見渡せば、彼の言う通り、千紗とヒナの不慣れさを笑う者こそいれど、呆れたり怒ったりしている者は誰一人いなかった。
苗を植えてる早乙女達も、笛や太鼓の音色を奏でる楽士達も、それを見守る観客達も、皆が皆、不慣れな二人を受け入れて、祭りに浮かれ、笑い、歌い、踊り、子供は勿論、大人達も皆が一緒になってはしゃいでいる。
その光景は、秋成にとって、とても新鮮に映って見えた。
京で目にした貴族達の奉りは、形式を重んじる堅苦しい印象のものばかりだったから。
小次郎の屋敷付近に住む、大小いくつかの集落が集まり、開かれているらしいこの祭りでは、集落の垣根を越え、皆が一様に心から笑いあっている。
そんな姿を、京で見た事があっただろうか?
今、目の前に広がる光景は、とても希有なもので、京では決して見る事のできなかった光景だろう。
その光景に、秋成の口から思わずポツリと言葉が漏れた。
「ここは……良い国だな。笑顔に満ちた平和な……。こうしていると、戦とはとても無縁に見える」
秋成の呟きに、四郎はどこか嬉しそうに微笑んだ。
「一時でもそう思って貰えるなら、俺達にとっては本望だ」
四郎の言葉の意味が分からず、秋成は四郎を見る。
「……初めてこの地に足を踏み入れた時、兄上はこの地は危険だと言った。だが、板東に来て半年、その言葉通りの出来事は、まだ自らの身で体験してはいない。この地は誠に危険な地なのだろうか? 奪い奪われ……野蛮な地なのか?」
「この板東が野蛮な地だと言う、兄貴の言葉を否定は出来ない。いつ誰に土地を奪われるかもしれな。力がある者は、当たり前に武力で財を奪って行く。奪われた者を哀れむ者など誰もいない。奪われる者は弱いから悪いのだと、誰もが口を揃えて言うだろう。弱い事がここでは罪。それがこの板東と言う土地に住まう人間達の感性」
秋成は四郎の話に、信じられないと言った顔をして驚いた。
京では゛奪う゛と言う行為を行った者は法によって裁かれる。
今でこそ治安が悪く、賊が増えてはいるものの、それでも京には京の治安を護るべき検非違士が存在する。
賊を裁く法が存在する。
奪う事を良しとはしない。
それらは京だけでなく、全国でも機能していると思っていたから。
「信じられないって顔してるな」
「……」
「勿論、坂東でも奪うって行為自体は罪だ。だが、罪を犯した所で罰はない。咎める者が、ここにはいないんだ」
「……いない?」
「いや、“いない”って表現は少し違うか。前にも話したが、坂東にも朝廷から派遣されて来た役人、国司が存在している。本来ならば、国司が坂東の政治を司り、そして法を司る。だがここでは裁くべき側の人間が進んで罪を犯すんだ。国司と言う立場を利用してな。奴らは朝廷から定められた以上の税を民から絞り取り、己の私腹を肥やすんだ。奴等国司こそが、税と称して俺達の財を奪いとって行く、賊そのものだ」
「………」
「そんな役人の仮面を被った卑劣な賊が治める国で、もはや法など機能すると思うか? するはずがないんだ。だから力ある者達は国司の真似をし、力尽くで他人の土地や財を奪い取って行く。力ない者は力の前に泣く事しかできない」
「…………なる程。それで奪い奪われ、弱肉強食の世界になったと。だが訊けば訊くほど分からないな。それ程までに弱肉強食の世界で、何故“豊田”に住まう人間達はああも呑気に祭りを楽しんでいられるんだ? とても俺には彼らが死と隣り合わせの生活をしているようには見えない」
「……その為の、俺達なんだよ」
「?」
四郎から返された応えに、秋成はキョトンとした。
彼らの暢気さと四郎と、何の関係があると言うのだろうか?
その姿は何とも楽しげで律動的。
慣れた手つきで次々に田植えが進められて行く中、千紗とヒナ、二人の動作だけが遅く、周囲からは浮いて見えた。
「ははは、ありゃ何とも頼りない早乙女だな」
「一年の豊作を祈るはずの早乙女が、あんなに不慣れで大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫~」
千紗達の不慣れさを心配する秋成に対して、四郎は全く気にした様子を見せず、千紗達の不慣れを豪快に笑い飛ばしていた。
「だが……これは単なる田植えではなく、豊作を祈る奉りのための田植えなのだろう? あのような不慣れな姫様まで参加させて本当に良かったのか? 田の神に失礼はないか?」
「だから大丈夫だって。あっきー心配しすぎ。奉りは奉りだけど、祭りでもあるんだ。要は楽しめれば良いんだよ。一番大切なのは、皆が楽しんでいるかどうかなんだからさ」
「………」
四郎の言葉に秋成が周囲を見渡せば、彼の言う通り、千紗とヒナの不慣れさを笑う者こそいれど、呆れたり怒ったりしている者は誰一人いなかった。
苗を植えてる早乙女達も、笛や太鼓の音色を奏でる楽士達も、それを見守る観客達も、皆が皆、不慣れな二人を受け入れて、祭りに浮かれ、笑い、歌い、踊り、子供は勿論、大人達も皆が一緒になってはしゃいでいる。
その光景は、秋成にとって、とても新鮮に映って見えた。
京で目にした貴族達の奉りは、形式を重んじる堅苦しい印象のものばかりだったから。
小次郎の屋敷付近に住む、大小いくつかの集落が集まり、開かれているらしいこの祭りでは、集落の垣根を越え、皆が一様に心から笑いあっている。
そんな姿を、京で見た事があっただろうか?
今、目の前に広がる光景は、とても希有なもので、京では決して見る事のできなかった光景だろう。
その光景に、秋成の口から思わずポツリと言葉が漏れた。
「ここは……良い国だな。笑顔に満ちた平和な……。こうしていると、戦とはとても無縁に見える」
秋成の呟きに、四郎はどこか嬉しそうに微笑んだ。
「一時でもそう思って貰えるなら、俺達にとっては本望だ」
四郎の言葉の意味が分からず、秋成は四郎を見る。
「……初めてこの地に足を踏み入れた時、兄上はこの地は危険だと言った。だが、板東に来て半年、その言葉通りの出来事は、まだ自らの身で体験してはいない。この地は誠に危険な地なのだろうか? 奪い奪われ……野蛮な地なのか?」
「この板東が野蛮な地だと言う、兄貴の言葉を否定は出来ない。いつ誰に土地を奪われるかもしれな。力がある者は、当たり前に武力で財を奪って行く。奪われた者を哀れむ者など誰もいない。奪われる者は弱いから悪いのだと、誰もが口を揃えて言うだろう。弱い事がここでは罪。それがこの板東と言う土地に住まう人間達の感性」
秋成は四郎の話に、信じられないと言った顔をして驚いた。
京では゛奪う゛と言う行為を行った者は法によって裁かれる。
今でこそ治安が悪く、賊が増えてはいるものの、それでも京には京の治安を護るべき検非違士が存在する。
賊を裁く法が存在する。
奪う事を良しとはしない。
それらは京だけでなく、全国でも機能していると思っていたから。
「信じられないって顔してるな」
「……」
「勿論、坂東でも奪うって行為自体は罪だ。だが、罪を犯した所で罰はない。咎める者が、ここにはいないんだ」
「……いない?」
「いや、“いない”って表現は少し違うか。前にも話したが、坂東にも朝廷から派遣されて来た役人、国司が存在している。本来ならば、国司が坂東の政治を司り、そして法を司る。だがここでは裁くべき側の人間が進んで罪を犯すんだ。国司と言う立場を利用してな。奴らは朝廷から定められた以上の税を民から絞り取り、己の私腹を肥やすんだ。奴等国司こそが、税と称して俺達の財を奪いとって行く、賊そのものだ」
「………」
「そんな役人の仮面を被った卑劣な賊が治める国で、もはや法など機能すると思うか? するはずがないんだ。だから力ある者達は国司の真似をし、力尽くで他人の土地や財を奪い取って行く。力ない者は力の前に泣く事しかできない」
「…………なる程。それで奪い奪われ、弱肉強食の世界になったと。だが訊けば訊くほど分からないな。それ程までに弱肉強食の世界で、何故“豊田”に住まう人間達はああも呑気に祭りを楽しんでいられるんだ? とても俺には彼らが死と隣り合わせの生活をしているようには見えない」
「……その為の、俺達なんだよ」
「?」
四郎から返された応えに、秋成はキョトンとした。
彼らの暢気さと四郎と、何の関係があると言うのだろうか?
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