時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
90 / 285
第一幕 板東編

道真と千紗②

しおりを挟む
「貞盛?! お主、そのような所でいったい何を?!」

「申し訳ございません。千紗様達の話を盗み聞いていた詫びは後ほど致します。それよりも今は、寛明様が……」

「チビ助がいったいどうしたのじゃ?」

「分かりません。急に小刻みに震え出したかと思ったら、突然狂ったように叫ばれて、そのまま気絶なされてしまいました」

「……その方をこちらに」


顔を真っ青に染めながら、落ち着かない様子の貞盛に、景行が冷静に声をかける。

貞盛は景行の指示に素直に従い、朱雀帝を抱えたまま屋敷へと駆け上がると、景行の元へ朱雀帝を預けた。

景行は、朱雀帝を一度横にさせると、口元に耳を当て呼吸を確認する。


「寛明様は……大丈夫ですか? もしや本当に、寛明様が恐れていたとおり道真公の呪いにかかってしまわれたのですか?」

「馬鹿を申せ! 何でもかんでも道真公の呪いのせいにするでない」


景行の前で、あまりにも失礼な貞盛の発言に、千紗は強い口調で窘める。
 

「そうだよ太郎さん。ちょっと落ち着いて。先生に任せておけば大丈夫だから」


加えて四郎が貞盛を落ち着かせようと千紗に加勢した。

その間、テキパキと朱雀帝の様態を調べた景行は、ほっと小さく息を吐くと、穏やかな口調で診断結果を語り出した。


「大丈夫。体には何の異常も見当たりません。それから、これは呪いでも何でもない。理由は分かりませんが、精神的に追い詰められて一時的な錯乱状態に陥ったのでしょう。このまま静かに、寝かせていれば大丈夫ですよ」

「……良かった」


景行の診断に、貞盛はへなへなと力無くその場に座り込んだ。



「全く人騒がせな。秋成、こやつを部屋まで運んでやれ」

「仰せのままに」 

 
言葉とは裏腹に、秋成に抱え上げられた朱雀帝を見つめながら、千紗もまた安堵の溜め息を漏らしていた。


こうして朱雀帝の無事に、事なきを得たかに見えた。
だが、この時はまだ誰も気付いいなかったのだ。朱雀帝の心に巣くっている闇の深さに――



  ◆◆◆



――数刻後


「…………ん……」

「目を覚まされましたか、寛明様。ご気分はいかがですか?」


眠っている間、ずっと彼の傍に付き添っていた貞盛が、朱雀帝の目覚めに気づき優しく声を掛ける。


「……貞盛? 私は……いったい………」

「暫くの間、気を失っておったのだ。全く迷惑をかけおって」

「…………」


そんな貞盛の後ろからヒョッコリと顔を覗かせた千紗が貞盛に代わって答えた。

突然目の前に現れた千紗に、朱雀帝の顔がみるみると青ざめて行く。

そして――


「うわぁぁぁ~~~~~…………」


朱雀帝は再び、狂ったように叫び出した。


「なんじゃ、なんじゃ? また、急にどうしたと言うんじゃ?」


朱雀帝の様子に、一体何事かと困惑しながらも彼を落ち着かせようと朱雀帝に向かって手を伸ばす千紗。

だが、それは全くの逆効果だったようで、朱雀帝は落ち着くどころか更に錯乱した様子で、千紗の手を強く払いのけると、まるで千紗から身を守るかのように地にうずくまり、頭を抱えた。

そして、まるで天敵に命を狙われ怯えている子ウサギのように、小刻みに体を震わせていた。


「……………」


朱雀帝のその態度に、周囲はやっと理解する。
朱雀帝が何に怯えているのか。

そう。あれ程までに懐いていたはずの千紗に怯えていたのだ。


「………チビ助?」


朱雀帝に払いのけられた手を宙にさ迷わせながら、千紗はただただ戸惑うしかなかった。

そしてこの日を境に、朱雀帝は床に伏せる事が多くなり、部屋に閉じ籠り気味の生活を送るようになって行った。

京にいた頃の、幼かった日々のように――


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...