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第一幕 板東編
道真と千紗
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「のう、景行殿。そなたの父……道真殿は、私の父の事も恨んでいると思うか?」
「さぁ。私には分かりかねます。父の最後の姿を見送る事の敵わなかった私には」
「……景行殿……」
「………………でも、ただ一つ言える事は――」
その頃、上では――
先程の千紗の問いに、長い時間をかけて考え込んでいた景行が、自身の中で導き出した問いの答えを語ろうと再び口を開きかけていた所。
「生前父は、忠平様の事を友として信頼していました。それだけは、紛れもない事実です」
「……信頼?」
景行の口から出た信頼の単語に千紗は、ゆっくりと顔を上げる。
上げた先には、穏やかに微笑む景行の顔があった。
「はい。父は忠平様に二つの大事なものを預けました。一つは、この国の行く末を。そしてもう一つは……貴方の母君を」
「……母上を? それは一体……どう言う意味じゃ?」
景行の言葉の意味がわからず、キョトンとした顔をする千紗。
「おや、千紗様はご存じありませんか? 貴方の母君、順子様は、我が父道真にとって孫にあたるお方だと言う事を。私にとっても腹違いではありますが我が姉が産んだ子供。貴方の母君は私にとっても姪にあたります。……と言っても、幼少の頃に宇多天皇の養女となり皇室に入られましたので、実際に会った事はありませんが」
初めて訊く話に、千紗は驚いた様子で首を横に振った。
「知らなかった……。母上は皇族の出身だとばかり」
「……そうでしたか、娘の貴方にも知らされていませんでしたか。まぁ……そうですよね。ただの学者である中級家系の菅原から、天皇家の養女を取ったとあっては天皇家の威信にかかわりますからね。世間にはあまり知られたくない事実だったのでしょう。ですが、それ程までに宇多天皇は父を気に入り、身分の低かった父に箔をつけようと動いて下さっていました」
「なる程、道真公に向けられたその天皇の信頼が、逆に周囲からは嫉妬や妬みの対象となってしまったわけですね」
景行が語った話に、不意に四郎が横から口を挟む。
彼の予想は的を射ていたのか景行は苦々しく笑っていた。
千紗はと言えば、未だ驚きに目を見開くばかりで、二人の会話もなかなか頭には入って来ていない様子だった。
そしてもう一人、景行の語った話に千紗と同様驚きを隠せない人物が、床下にも――
「寛明様? 寛明様、どうなされたのですか?」
景行の話を盗み訊きながら、突然小刻みに震え出した朱雀帝。
彼の異変に気付いた貞盛が彼に呼びかける。
だが、朱雀帝には貞盛の声など届いていない様子で、焦点の定まらない虚ろな瞳で譫言のようにブツブツと何事かを呟き続けていた。
「……だ。嘘だ………。千紗姫が………道真の血縁者? ……嘘だ……嘘だ……嘘だ……嘘だ……嘘だ………………」
「寛明様? ……寛明様? 一体どうされたのですか、寛明様?」
「嘘だぁぁぁ~~~!!」
そしてついに朱雀帝は、狂ったように叫び出した。
「な、何じゃ? 何事じゃ?」
突然に、どこからか聞こえてきた叫び声に、千紗はビクンと肩を跳ね上げて驚いた。
「寛明様?! 寛明様っ?! どうなされたのですか?? しっかりして下さい!!」
そして叫び声の後、次に焦りの含んだ呼びかけ声が聞こえて来たかと思うと、朱雀帝を抱き抱えて、貞盛が床下から姿を表した。
「さぁ。私には分かりかねます。父の最後の姿を見送る事の敵わなかった私には」
「……景行殿……」
「………………でも、ただ一つ言える事は――」
その頃、上では――
先程の千紗の問いに、長い時間をかけて考え込んでいた景行が、自身の中で導き出した問いの答えを語ろうと再び口を開きかけていた所。
「生前父は、忠平様の事を友として信頼していました。それだけは、紛れもない事実です」
「……信頼?」
景行の口から出た信頼の単語に千紗は、ゆっくりと顔を上げる。
上げた先には、穏やかに微笑む景行の顔があった。
「はい。父は忠平様に二つの大事なものを預けました。一つは、この国の行く末を。そしてもう一つは……貴方の母君を」
「……母上を? それは一体……どう言う意味じゃ?」
景行の言葉の意味がわからず、キョトンとした顔をする千紗。
「おや、千紗様はご存じありませんか? 貴方の母君、順子様は、我が父道真にとって孫にあたるお方だと言う事を。私にとっても腹違いではありますが我が姉が産んだ子供。貴方の母君は私にとっても姪にあたります。……と言っても、幼少の頃に宇多天皇の養女となり皇室に入られましたので、実際に会った事はありませんが」
初めて訊く話に、千紗は驚いた様子で首を横に振った。
「知らなかった……。母上は皇族の出身だとばかり」
「……そうでしたか、娘の貴方にも知らされていませんでしたか。まぁ……そうですよね。ただの学者である中級家系の菅原から、天皇家の養女を取ったとあっては天皇家の威信にかかわりますからね。世間にはあまり知られたくない事実だったのでしょう。ですが、それ程までに宇多天皇は父を気に入り、身分の低かった父に箔をつけようと動いて下さっていました」
「なる程、道真公に向けられたその天皇の信頼が、逆に周囲からは嫉妬や妬みの対象となってしまったわけですね」
景行が語った話に、不意に四郎が横から口を挟む。
彼の予想は的を射ていたのか景行は苦々しく笑っていた。
千紗はと言えば、未だ驚きに目を見開くばかりで、二人の会話もなかなか頭には入って来ていない様子だった。
そしてもう一人、景行の語った話に千紗と同様驚きを隠せない人物が、床下にも――
「寛明様? 寛明様、どうなされたのですか?」
景行の話を盗み訊きながら、突然小刻みに震え出した朱雀帝。
彼の異変に気付いた貞盛が彼に呼びかける。
だが、朱雀帝には貞盛の声など届いていない様子で、焦点の定まらない虚ろな瞳で譫言のようにブツブツと何事かを呟き続けていた。
「……だ。嘘だ………。千紗姫が………道真の血縁者? ……嘘だ……嘘だ……嘘だ……嘘だ……嘘だ………………」
「寛明様? ……寛明様? 一体どうされたのですか、寛明様?」
「嘘だぁぁぁ~~~!!」
そしてついに朱雀帝は、狂ったように叫び出した。
「な、何じゃ? 何事じゃ?」
突然に、どこからか聞こえてきた叫び声に、千紗はビクンと肩を跳ね上げて驚いた。
「寛明様?! 寛明様っ?! どうなされたのですか?? しっかりして下さい!!」
そして叫び声の後、次に焦りの含んだ呼びかけ声が聞こえて来たかと思うと、朱雀帝を抱き抱えて、貞盛が床下から姿を表した。
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