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第一幕 板東編
忠平と道真②
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――坂東
小次郎の屋敷 四郎の部屋
千紗が忠平に宛てた手紙にも書かれていた四郎の師、菅原景行が四郎を訪ね、小次郎の屋敷へと訪れていた。
彼は週に二回程、四郎に学問を教える為やって来る。
そしていつの頃からか、四郎と共に千紗も景行の教え子として学びの場に参加するようになっていた。
その学びの場で弟子二人を前に静かに語られた景行自身と、父道真の過去。
千紗は少し躊躇いながらも師と仰ぐ景行に、こんな質問を投げかけた。
「のう、景行殿。そなたの父……道真殿は、私の父の事も恨んでいると思うか?」
唐突に成された千紗からの質問に、景行は暫し間を置いた後に目を閉じ、静かな口調でこう返した。
「さぁ、私には分かりかねます。父の最後の姿を見送る事の敵わなかった私には」と。
「……景行殿……」
景行から返された言葉からは、怒っているのか憎んでいるのか、それとも悲しんでいるのか。感情を読み取る事はとても困難に感じられて、何ともはっきりしない答えに千紗はしょんぼりと俯いた。
俯く千紗達の様子を、秋成はどこか心配そうに、いつもの如く庭から見守っていた。
そんな秋成の元に風に乗って微かな囁き声が届く。
「おのれ、道真の息子め。千紗姫をあのように悲しませおって!」
「……?? 今の声は……?」
どこからともなく聞こえて来た憎しみの籠もる囁き声。
キョロキョロと辺りを見回しながらも声の主の姿を探す秋成。
だが、誰の姿も確認はできない。
首を傾げながらも、四郎の部屋の縁側付近に立っていた秋成は、その場にしゃがみ込み今度は軒下を覗き込んだ。
すると、いつの間にそこにいたのか、縁側の床下には、地に這いつくばるようにして身を隠す、朱雀帝と貞盛の姿があった。
「……お前等、そんな所で一体何してるんだ?」
珍妙な二人の格好に呆れ顔の秋成は、冷たい視線を向けながら、面倒臭そうに二人に訪ねた。
「むむ、うるさいぞ。私達の事は気にせず、お前はお前の仕事をしておれ!」
間抜けな体制に似合わぬ朱雀帝の生意気な態度。
秋成はまるで二人を馬鹿にでもするかのような視線を向けながら、「へいへい」と短く返事をしながら、何事もなかったように立ち上がった。
秋成の態度を朱雀帝は、全く気にしていない様子だったが、彼の隣にいた貞盛は違った。
秋成の侮蔑にも似た冷たい視線に、急にいたたまれない気持ちになる。
良い歳をして、帝とは言え子供と一緒にこんな所で、自分は一体何をしているのだろうかと。
それまで朱雀帝のどんな我が儘にも大人しく従っていた貞盛だったが、この時ばかりは顔を赤く染めながら、絶望感に頭を抱えていた。
「あの寛明様……失礼ながら私もお尋ねして宜しいでしょうか?私達はここで一体何をしているのでしょう?」
「何だ貞盛まで、急にどうした」
「何故我々はこのような所に隠れて、コソコソと彼らの話を盗み聞かねばならないのでしょうか? そんなにあの景行と言う者の話が気になるのでしたら、帝も千紗様達とご一緒に学びを請えば宜しいのでは?」
「そんな恐ろしい事が出来るか! あの者は我が父を殺した道真の息子ぞ!そんな危ない者に近付いたら私の命が危ない」
「では恐ろしいと言いながらも、ここへ来たがる理由は何ですか? 怖いのならばそもそも近づかなければ宜しいのではないでしょうか。それをこのような暗く狭い場所に隠れて、しかもこのような醜い格好をされてまで、あの者の話に耳を傾ける理由はなんですか?」
「……それは……怖いけど……気になってしまうのだ。あの景行とか言う男の話が……」
朱雀帝は貞盛からの質問に、自分でも理由が分からないと言った様子で呟きながら、再び上から漏れ聞こえる千紗達の会話へと意識を集中させた。
小次郎の屋敷 四郎の部屋
千紗が忠平に宛てた手紙にも書かれていた四郎の師、菅原景行が四郎を訪ね、小次郎の屋敷へと訪れていた。
彼は週に二回程、四郎に学問を教える為やって来る。
そしていつの頃からか、四郎と共に千紗も景行の教え子として学びの場に参加するようになっていた。
その学びの場で弟子二人を前に静かに語られた景行自身と、父道真の過去。
千紗は少し躊躇いながらも師と仰ぐ景行に、こんな質問を投げかけた。
「のう、景行殿。そなたの父……道真殿は、私の父の事も恨んでいると思うか?」
唐突に成された千紗からの質問に、景行は暫し間を置いた後に目を閉じ、静かな口調でこう返した。
「さぁ、私には分かりかねます。父の最後の姿を見送る事の敵わなかった私には」と。
「……景行殿……」
景行から返された言葉からは、怒っているのか憎んでいるのか、それとも悲しんでいるのか。感情を読み取る事はとても困難に感じられて、何ともはっきりしない答えに千紗はしょんぼりと俯いた。
俯く千紗達の様子を、秋成はどこか心配そうに、いつもの如く庭から見守っていた。
そんな秋成の元に風に乗って微かな囁き声が届く。
「おのれ、道真の息子め。千紗姫をあのように悲しませおって!」
「……?? 今の声は……?」
どこからともなく聞こえて来た憎しみの籠もる囁き声。
キョロキョロと辺りを見回しながらも声の主の姿を探す秋成。
だが、誰の姿も確認はできない。
首を傾げながらも、四郎の部屋の縁側付近に立っていた秋成は、その場にしゃがみ込み今度は軒下を覗き込んだ。
すると、いつの間にそこにいたのか、縁側の床下には、地に這いつくばるようにして身を隠す、朱雀帝と貞盛の姿があった。
「……お前等、そんな所で一体何してるんだ?」
珍妙な二人の格好に呆れ顔の秋成は、冷たい視線を向けながら、面倒臭そうに二人に訪ねた。
「むむ、うるさいぞ。私達の事は気にせず、お前はお前の仕事をしておれ!」
間抜けな体制に似合わぬ朱雀帝の生意気な態度。
秋成はまるで二人を馬鹿にでもするかのような視線を向けながら、「へいへい」と短く返事をしながら、何事もなかったように立ち上がった。
秋成の態度を朱雀帝は、全く気にしていない様子だったが、彼の隣にいた貞盛は違った。
秋成の侮蔑にも似た冷たい視線に、急にいたたまれない気持ちになる。
良い歳をして、帝とは言え子供と一緒にこんな所で、自分は一体何をしているのだろうかと。
それまで朱雀帝のどんな我が儘にも大人しく従っていた貞盛だったが、この時ばかりは顔を赤く染めながら、絶望感に頭を抱えていた。
「あの寛明様……失礼ながら私もお尋ねして宜しいでしょうか?私達はここで一体何をしているのでしょう?」
「何だ貞盛まで、急にどうした」
「何故我々はこのような所に隠れて、コソコソと彼らの話を盗み聞かねばならないのでしょうか? そんなにあの景行と言う者の話が気になるのでしたら、帝も千紗様達とご一緒に学びを請えば宜しいのでは?」
「そんな恐ろしい事が出来るか! あの者は我が父を殺した道真の息子ぞ!そんな危ない者に近付いたら私の命が危ない」
「では恐ろしいと言いながらも、ここへ来たがる理由は何ですか? 怖いのならばそもそも近づかなければ宜しいのではないでしょうか。それをこのような暗く狭い場所に隠れて、しかもこのような醜い格好をされてまで、あの者の話に耳を傾ける理由はなんですか?」
「……それは……怖いけど……気になってしまうのだ。あの景行とか言う男の話が……」
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