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第一幕 板東編
千紗からの手紙
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――『拝啓、父上様。いかがお過ごしでしょうか? 千紗は無事、坂東の地で小次郎と再会を果たし、今は小次郎の屋敷で世話になっています。こちらの生活も早いもので1ヶ月が過ぎました。
最初は、京から来た貴族と言う事で、屋敷の者達は皆萎縮して私達に近付く者もおらず、何とも退屈な日々を過ごしておりました。
けれど今は、年の近い女友達もたくさんでき、屋敷の皆と楽しく、とても充実した日々を過ごしております。
そうそう、京にいた頃は屋敷で働く者達と食事を共にするなんて事はした事がありませんでしたが、坂東では屋敷の主と、その主に仕える下働きの者達が、身分など関係なく皆で一緒に食事をとるのですよ。それはもう、毎日が宴のように賑やかです。
京へ戻ったら是非、藤原の屋敷でもやってみたいと思います。
他にも、畑仕事を手伝わせて貰ったり、狩りをしに山へ連れて行ってもらったり、京では経験できなような貴重な経験をたくさんさせて貰ってます。
そのせいかな。こっちで食べるご飯はどれもとても美味しいのですよ。自分で採った野菜なんて格別です。いつか父上にも食べさせてあげたいなぁ、私の収穫した野菜を。本当に美味しいんですから。
他にも坂東の食事は、京で食べた事ないような珍しい食べ物で溢れています。
狩りで捕った鳥や猪の肉を焼いて食べたり、道端に生えているような草花ですら、ここでは美味しい食材になるのです。
あぁ、でもチビ助は好き嫌いが多いみたいで、なかなか見慣れない食べ物を口にしようとはしません。いつも駄々をこねて、食べさせるのが大変です。
それなのに最近は妙に背が伸びてきていて困ります。千紗と目線の高さがあまり変わらなくなってきてしまいました。そろそろ“チビ”助とは呼べそうにないかな。
まぁ体ばかりが大きくなって、中身は相変わらずの我が儘小僧のままなんですけどね。皆奴の我が儘には手をやいてます。
我が儘と言えば秋成も……
京でのしきたりなど、板東では気にする必要はないと何度も言い聞かせているのですが、秋成だけは京にいた頃同様、「自分は千紗の護衛だから」、「そのような身分ではないから」と、せっかくの皆で囲う楽しい食事にも参加しようとしません。一日中ずっと怖い顔をして、庭から屋敷の様子を見守ってるんです。
そんな秋成に、小次郎の屋敷の者達もどう接して良いのか困ってるみたいで、何だか皆から怖がられています。全く秋成も、仕事熱心なのは良いけれど、融通のきかない堅物で困ります。
融通のきかない堅物と言えば……
聞いて下さい父上。小次郎も小次郎で、仕事仕事とせっかく千紗が京から坂東まではるばる小次郎に会いに来たと言うのに、私の事などまるで無視。領地の見廻りだとか言って、全く屋敷に帰って来ないのです。
男と言う生き物は全く、我が儘で、堅物で、仕事馬鹿ばかり』――
「父上? 何を楽しそうに読みふけっておられるのですか?」
「おお、高志か」
「夕餉をお持ちいたしましたよ」
「ありがとう」
――京・忠平の屋敷――
娘から届いた便りに目を通していた忠平のもとへ、夕餉の乗った膳を持って彼の息子、高志が尋ねて来ていた。
「何か楽しい事でも書いてあるのですか?」
「ん?あぁ、まぁな。坂東の千紗からな、文が届いたのだ」
「え?姉上から? 何と書かれておいでなのですか?」
「帝や秋成、それに小次郎に対する愚痴だよ。それから坂東での暮らしぶりも書かれていたか。坂東では自分の身分や立場も忘れて、小次郎の屋敷の者達と一緒に畑仕事やら狩りやらの手伝いをしているらしい」
「ふふふ、相変わらずのようですね姉上は。お変わりなく、元気でお過ごしのようで良かった」
「まったくだ。我が娘ながら、奴の適応能力には感心するばかりだよ」
怒っている様子でもなく、穏やかに微笑みながらそんな愚痴を零す父の姿を、高志もまた穏やかな瞳で見ていた。
「そんな男の子顔負けの活発な姉上がいなくなって、この屋敷は火が消えたみたいに静かになってしまって……寂しいですね。姉上と帝はいつお戻りになるのですか?」
「さて、いつ戻ってくる気なのだろうな。まだ暫くは戻って来る気はなさそうだぞ」
「えぇ、そうなのですか? では私はいつまで帝の影武者をしなければならないのですか?」
「さぁ? それは私にもわからんよ。お前にも苦労をかけてすまないな、高志」
「そんなぁ~。姉上ばっかり楽しい思いをしていてずるいです」
ガッカリと肩を落とす息子の姿にまた笑いを零しながら、忠平は再び手紙に目を落とし始める。
――『そうだ。父上は、菅原景行と言う男をご存知ですか?』――
「………菅原……」
千紗の手紙の一文にあった、聞き覚えのある名前に忠平は声を出して呟いた。
「? 父上? どうかなさいましたか?」
「あ、あぁ。……何でもない」
「そうですか? それなら良いのですが。では父上、私はこれにて失礼致します」
どこか戸惑いの漂う忠平の表情に首を傾げつつも、高行は一礼し、忠平の部屋を後にした。
「……あぁ。ご苦労であったな」
一人になって、しんと静まりかえった部屋の中、忠平はまた千紗からの手紙へと視線を落とした。
最初は、京から来た貴族と言う事で、屋敷の者達は皆萎縮して私達に近付く者もおらず、何とも退屈な日々を過ごしておりました。
けれど今は、年の近い女友達もたくさんでき、屋敷の皆と楽しく、とても充実した日々を過ごしております。
そうそう、京にいた頃は屋敷で働く者達と食事を共にするなんて事はした事がありませんでしたが、坂東では屋敷の主と、その主に仕える下働きの者達が、身分など関係なく皆で一緒に食事をとるのですよ。それはもう、毎日が宴のように賑やかです。
京へ戻ったら是非、藤原の屋敷でもやってみたいと思います。
他にも、畑仕事を手伝わせて貰ったり、狩りをしに山へ連れて行ってもらったり、京では経験できなような貴重な経験をたくさんさせて貰ってます。
そのせいかな。こっちで食べるご飯はどれもとても美味しいのですよ。自分で採った野菜なんて格別です。いつか父上にも食べさせてあげたいなぁ、私の収穫した野菜を。本当に美味しいんですから。
他にも坂東の食事は、京で食べた事ないような珍しい食べ物で溢れています。
狩りで捕った鳥や猪の肉を焼いて食べたり、道端に生えているような草花ですら、ここでは美味しい食材になるのです。
あぁ、でもチビ助は好き嫌いが多いみたいで、なかなか見慣れない食べ物を口にしようとはしません。いつも駄々をこねて、食べさせるのが大変です。
それなのに最近は妙に背が伸びてきていて困ります。千紗と目線の高さがあまり変わらなくなってきてしまいました。そろそろ“チビ”助とは呼べそうにないかな。
まぁ体ばかりが大きくなって、中身は相変わらずの我が儘小僧のままなんですけどね。皆奴の我が儘には手をやいてます。
我が儘と言えば秋成も……
京でのしきたりなど、板東では気にする必要はないと何度も言い聞かせているのですが、秋成だけは京にいた頃同様、「自分は千紗の護衛だから」、「そのような身分ではないから」と、せっかくの皆で囲う楽しい食事にも参加しようとしません。一日中ずっと怖い顔をして、庭から屋敷の様子を見守ってるんです。
そんな秋成に、小次郎の屋敷の者達もどう接して良いのか困ってるみたいで、何だか皆から怖がられています。全く秋成も、仕事熱心なのは良いけれど、融通のきかない堅物で困ります。
融通のきかない堅物と言えば……
聞いて下さい父上。小次郎も小次郎で、仕事仕事とせっかく千紗が京から坂東まではるばる小次郎に会いに来たと言うのに、私の事などまるで無視。領地の見廻りだとか言って、全く屋敷に帰って来ないのです。
男と言う生き物は全く、我が儘で、堅物で、仕事馬鹿ばかり』――
「父上? 何を楽しそうに読みふけっておられるのですか?」
「おお、高志か」
「夕餉をお持ちいたしましたよ」
「ありがとう」
――京・忠平の屋敷――
娘から届いた便りに目を通していた忠平のもとへ、夕餉の乗った膳を持って彼の息子、高志が尋ねて来ていた。
「何か楽しい事でも書いてあるのですか?」
「ん?あぁ、まぁな。坂東の千紗からな、文が届いたのだ」
「え?姉上から? 何と書かれておいでなのですか?」
「帝や秋成、それに小次郎に対する愚痴だよ。それから坂東での暮らしぶりも書かれていたか。坂東では自分の身分や立場も忘れて、小次郎の屋敷の者達と一緒に畑仕事やら狩りやらの手伝いをしているらしい」
「ふふふ、相変わらずのようですね姉上は。お変わりなく、元気でお過ごしのようで良かった」
「まったくだ。我が娘ながら、奴の適応能力には感心するばかりだよ」
怒っている様子でもなく、穏やかに微笑みながらそんな愚痴を零す父の姿を、高志もまた穏やかな瞳で見ていた。
「そんな男の子顔負けの活発な姉上がいなくなって、この屋敷は火が消えたみたいに静かになってしまって……寂しいですね。姉上と帝はいつお戻りになるのですか?」
「さて、いつ戻ってくる気なのだろうな。まだ暫くは戻って来る気はなさそうだぞ」
「えぇ、そうなのですか? では私はいつまで帝の影武者をしなければならないのですか?」
「さぁ? それは私にもわからんよ。お前にも苦労をかけてすまないな、高志」
「そんなぁ~。姉上ばっかり楽しい思いをしていてずるいです」
ガッカリと肩を落とす息子の姿にまた笑いを零しながら、忠平は再び手紙に目を落とし始める。
――『そうだ。父上は、菅原景行と言う男をご存知ですか?』――
「………菅原……」
千紗の手紙の一文にあった、聞き覚えのある名前に忠平は声を出して呟いた。
「? 父上? どうかなさいましたか?」
「あ、あぁ。……何でもない」
「そうですか? それなら良いのですが。では父上、私はこれにて失礼致します」
どこか戸惑いの漂う忠平の表情に首を傾げつつも、高行は一礼し、忠平の部屋を後にした。
「……あぁ。ご苦労であったな」
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