時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
86 / 279
第一幕 板東編

千紗からの手紙

しおりを挟む
――『拝啓、父上様。いかがお過ごしでしょうか? 千紗は無事、坂東の地で小次郎と再会を果たし、今は小次郎の屋敷で世話になっています。こちらの生活も早いもので1ヶ月が過ぎました。

最初は、京から来た貴族と言う事で、屋敷の者達は皆萎縮して私達に近付く者もおらず、何とも退屈な日々を過ごしておりました。
けれど今は、年の近い女友達もたくさんでき、屋敷の皆と楽しく、とても充実した日々を過ごしております。

そうそう、京にいた頃は屋敷で働く者達と食事を共にするなんて事はした事がありませんでしたが、坂東では屋敷の主と、その主に仕える下働きの者達が、身分など関係なく皆で一緒に食事をとるのですよ。それはもう、毎日が宴のように賑やかです。
京へ戻ったら是非、藤原の屋敷でもやってみたいと思います。

他にも、畑仕事を手伝わせて貰ったり、狩りをしに山へ連れて行ってもらったり、京では経験できなような貴重な経験をたくさんさせて貰ってます。

そのせいかな。こっちで食べるご飯はどれもとても美味しいのですよ。自分で採った野菜なんて格別です。いつか父上にも食べさせてあげたいなぁ、私の収穫した野菜を。本当に美味しいんですから。

他にも坂東の食事は、京で食べた事ないような珍しい食べ物で溢れています。
狩りで捕った鳥や猪の肉を焼いて食べたり、道端に生えているような草花ですら、ここでは美味しい食材になるのです。

あぁ、でもチビ助は好き嫌いが多いみたいで、なかなか見慣れない食べ物を口にしようとはしません。いつも駄々をこねて、食べさせるのが大変です。

それなのに最近は妙に背が伸びてきていて困ります。千紗と目線の高さがあまり変わらなくなってきてしまいました。そろそろ“チビ”助とは呼べそうにないかな。

まぁ体ばかりが大きくなって、中身は相変わらずの我が儘小僧のままなんですけどね。皆奴の我が儘には手をやいてます。

我が儘と言えば秋成も……
京でのしきたりなど、板東では気にする必要はないと何度も言い聞かせているのですが、秋成だけは京にいた頃同様、「自分は千紗の護衛だから」、「そのような身分ではないから」と、せっかくの皆で囲う楽しい食事にも参加しようとしません。一日中ずっと怖い顔をして、庭から屋敷の様子を見守ってるんです。

そんな秋成に、小次郎の屋敷の者達もどう接して良いのか困ってるみたいで、何だか皆から怖がられています。全く秋成も、仕事熱心なのは良いけれど、融通のきかない堅物で困ります。

融通のきかない堅物と言えば……
聞いて下さい父上。小次郎も小次郎で、仕事仕事とせっかく千紗が京から坂東まではるばる小次郎に会いに来たと言うのに、私の事などまるで無視。領地の見廻りだとか言って、全く屋敷に帰って来ないのです。

男と言う生き物は全く、我が儘で、堅物で、仕事馬鹿ばかり』――



「父上? 何を楽しそうに読みふけっておられるのですか?」

「おお、高志か」

「夕餉をお持ちいたしましたよ」

「ありがとう」


――京・忠平の屋敷――
娘から届いた便りに目を通していた忠平のもとへ、夕餉の乗った膳を持って彼の息子、高志が尋ねて来ていた。


「何か楽しい事でも書いてあるのですか?」

「ん?あぁ、まぁな。坂東の千紗からな、文が届いたのだ」

「え?姉上から? 何と書かれておいでなのですか?」

「帝や秋成、それに小次郎に対する愚痴だよ。それから坂東での暮らしぶりも書かれていたか。坂東では自分の身分や立場も忘れて、小次郎の屋敷の者達と一緒に畑仕事やら狩りやらの手伝いをしているらしい」

「ふふふ、相変わらずのようですね姉上は。お変わりなく、元気でお過ごしのようで良かった」

「まったくだ。我が娘ながら、奴の適応能力には感心するばかりだよ」


怒っている様子でもなく、穏やかに微笑みながらそんな愚痴を零す父の姿を、高志もまた穏やかな瞳で見ていた。


「そんな男の子顔負けの活発な姉上がいなくなって、この屋敷は火が消えたみたいに静かになってしまって……寂しいですね。姉上と帝はいつお戻りになるのですか?」

「さて、いつ戻ってくる気なのだろうな。まだ暫くは戻って来る気はなさそうだぞ」

「えぇ、そうなのですか? では私はいつまで帝の影武者をしなければならないのですか?」

「さぁ? それは私にもわからんよ。お前にも苦労をかけてすまないな、高志」

「そんなぁ~。姉上ばっかり楽しい思いをしていてずるいです」

 
ガッカリと肩を落とす息子の姿にまた笑いを零しながら、忠平は再び手紙に目を落とし始める。



――『そうだ。父上は、菅原景行すがわらのかげゆきと言う男をご存知ですか?』――

「………菅原……」


千紗の手紙の一文にあった、聞き覚えのある名前に忠平は声を出して呟いた。


「? 父上? どうかなさいましたか?」

「あ、あぁ。……何でもない」

「そうですか? それなら良いのですが。では父上、私はこれにて失礼致します」


どこか戸惑いの漂う忠平の表情に首を傾げつつも、高行は一礼し、忠平の部屋を後にした。


「……あぁ。ご苦労であったな」


一人になって、しんと静まりかえった部屋の中、忠平はまた千紗からの手紙へと視線を落とした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

浅井長政は織田信長に忠誠を誓う

ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。

連合航空艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。 デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!

明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。 当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。 ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。 空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。 空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。 日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。 この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。 共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。 その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

処理中です...