時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
86 / 285
第一幕 板東編

千紗からの手紙

しおりを挟む
――『拝啓、父上様。いかがお過ごしでしょうか? 千紗は無事、坂東の地で小次郎と再会を果たし、今は小次郎の屋敷で世話になっています。こちらの生活も早いもので1ヶ月が過ぎました。

最初は、京から来た貴族と言う事で、屋敷の者達は皆萎縮して私達に近付く者もおらず、何とも退屈な日々を過ごしておりました。
けれど今は、年の近い女友達もたくさんでき、屋敷の皆と楽しく、とても充実した日々を過ごしております。

そうそう、京にいた頃は屋敷で働く者達と食事を共にするなんて事はした事がありませんでしたが、坂東では屋敷の主と、その主に仕える下働きの者達が、身分など関係なく皆で一緒に食事をとるのですよ。それはもう、毎日が宴のように賑やかです。
京へ戻ったら是非、藤原の屋敷でもやってみたいと思います。

他にも、畑仕事を手伝わせて貰ったり、狩りをしに山へ連れて行ってもらったり、京では経験できなような貴重な経験をたくさんさせて貰ってます。

そのせいかな。こっちで食べるご飯はどれもとても美味しいのですよ。自分で採った野菜なんて格別です。いつか父上にも食べさせてあげたいなぁ、私の収穫した野菜を。本当に美味しいんですから。

他にも坂東の食事は、京で食べた事ないような珍しい食べ物で溢れています。
狩りで捕った鳥や猪の肉を焼いて食べたり、道端に生えているような草花ですら、ここでは美味しい食材になるのです。

あぁ、でもチビ助は好き嫌いが多いみたいで、なかなか見慣れない食べ物を口にしようとはしません。いつも駄々をこねて、食べさせるのが大変です。

それなのに最近は妙に背が伸びてきていて困ります。千紗と目線の高さがあまり変わらなくなってきてしまいました。そろそろ“チビ”助とは呼べそうにないかな。

まぁ体ばかりが大きくなって、中身は相変わらずの我が儘小僧のままなんですけどね。皆奴の我が儘には手をやいてます。

我が儘と言えば秋成も……
京でのしきたりなど、板東では気にする必要はないと何度も言い聞かせているのですが、秋成だけは京にいた頃同様、「自分は千紗の護衛だから」、「そのような身分ではないから」と、せっかくの皆で囲う楽しい食事にも参加しようとしません。一日中ずっと怖い顔をして、庭から屋敷の様子を見守ってるんです。

そんな秋成に、小次郎の屋敷の者達もどう接して良いのか困ってるみたいで、何だか皆から怖がられています。全く秋成も、仕事熱心なのは良いけれど、融通のきかない堅物で困ります。

融通のきかない堅物と言えば……
聞いて下さい父上。小次郎も小次郎で、仕事仕事とせっかく千紗が京から坂東まではるばる小次郎に会いに来たと言うのに、私の事などまるで無視。領地の見廻りだとか言って、全く屋敷に帰って来ないのです。

男と言う生き物は全く、我が儘で、堅物で、仕事馬鹿ばかり』――



「父上? 何を楽しそうに読みふけっておられるのですか?」

「おお、高志か」

「夕餉をお持ちいたしましたよ」

「ありがとう」


――京・忠平の屋敷――
娘から届いた便りに目を通していた忠平のもとへ、夕餉の乗った膳を持って彼の息子、高志が尋ねて来ていた。


「何か楽しい事でも書いてあるのですか?」

「ん?あぁ、まぁな。坂東の千紗からな、文が届いたのだ」

「え?姉上から? 何と書かれておいでなのですか?」

「帝や秋成、それに小次郎に対する愚痴だよ。それから坂東での暮らしぶりも書かれていたか。坂東では自分の身分や立場も忘れて、小次郎の屋敷の者達と一緒に畑仕事やら狩りやらの手伝いをしているらしい」

「ふふふ、相変わらずのようですね姉上は。お変わりなく、元気でお過ごしのようで良かった」

「まったくだ。我が娘ながら、奴の適応能力には感心するばかりだよ」


怒っている様子でもなく、穏やかに微笑みながらそんな愚痴を零す父の姿を、高志もまた穏やかな瞳で見ていた。


「そんな男の子顔負けの活発な姉上がいなくなって、この屋敷は火が消えたみたいに静かになってしまって……寂しいですね。姉上と帝はいつお戻りになるのですか?」

「さて、いつ戻ってくる気なのだろうな。まだ暫くは戻って来る気はなさそうだぞ」

「えぇ、そうなのですか? では私はいつまで帝の影武者をしなければならないのですか?」

「さぁ? それは私にもわからんよ。お前にも苦労をかけてすまないな、高志」

「そんなぁ~。姉上ばっかり楽しい思いをしていてずるいです」

 
ガッカリと肩を落とす息子の姿にまた笑いを零しながら、忠平は再び手紙に目を落とし始める。



――『そうだ。父上は、菅原景行すがわらのかげゆきと言う男をご存知ですか?』――

「………菅原……」


千紗の手紙の一文にあった、聞き覚えのある名前に忠平は声を出して呟いた。


「? 父上? どうかなさいましたか?」

「あ、あぁ。……何でもない」

「そうですか? それなら良いのですが。では父上、私はこれにて失礼致します」


どこか戸惑いの漂う忠平の表情に首を傾げつつも、高行は一礼し、忠平の部屋を後にした。


「……あぁ。ご苦労であったな」


一人になって、しんと静まりかえった部屋の中、忠平はまた千紗からの手紙へと視線を落とした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...