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第一幕 板東編
平氏の成り立ち③
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「高望王は、任期を機に家族を連れこの地に移り住んだんだ。そして任期が終わった後も、京へ戻る事はせずこの地に留まった」
「どうして? どうしてこんな田舎に留まったの? こんな僻地に飛ばされて、僕なら絶対堪えられないよ」
驚きに俯いていた顔を持ち上げると、朱雀帝は再び四郎にそんな疑問を投げかける。
「だからだよ」
「え?」
「お前の言った通り、こんな京から離れた田舎へ飛ばされると言う事は、つまりは体の良い厄介払いだ。皇族の地位を失った高望王は、京での出世は望めないと悟った。そんな出世の望めない地にいつまでも留まっていても意味はない。だからこそ、この地で開墾し、財を高める道を選んだ。そっちの方が賢いと思ったから。高望王は地位を捨て、財を取ったんだ」
「…………」
朱雀帝は、まだ納得出来ていないと言った顔で四郎から視線を逸らした。
「……のう、四郎? 何故、開墾する事で財が高まるのだ?」
千紗からなされる四度目質問。
ついに四郎は酷く呆れた様子で盛大なため息を吐いた。
「……はぁ、さっきから姫さんは何で、どうして、ばっかりだな。姫さんあんた、貴族のくせに本当に何も知らないんだな」
「………う゛……すまぬ」
四郎の指摘に、流石の千紗もしゅんと肩をすくめる。
「いや別に、謝る事はないけどさ。貴族のお姫様が教わる教養なんて、詩や楽、遊びの教養ばかりなんだろうし。そうだなぁ、この説明はどこからしたら良いか――姫さんは、墾田永年私財方と言う法を聞いた事はない?」
「墾田永年私財法?」
「そう。自ら開墾した土地は永久的に自分達の土地にして良いよって言う法律。その法ができるまで、土地は全て国の物であり、皆国の土地を借りている状態だったんだ」
「ほお」
「例え自分達が苦労して開墾し、豊かにした土地であっても、いつかは国に返さなければならなかった。自分のものにもならない人様の土地を一生懸命耕すなんて馬鹿らしいと思わない? だから農地開拓は思うように進まなかった。農地開拓が進まなければ朝廷の財政も潤わない。財政困難な状況に、これではいけないと新しく定められた法律が、墾田永年私財法。自ら開墾した土地は、永久的に自分達のものにしても良いよって法律だ。頑張ったら頑張った分だけ自分の土地が増える。土地が増えれば自ずと収穫も増えて行くってわけ」
「そうか。だから、高望王はこの地に残り己が力で新たに土地を開墾したのじゃな。元は皇族でありながら、自らの力で土地を開き富を築いた。やはり立派な方ではないか。そんな立派な方の子孫であるお前達が何故貴族とは呼ばれない? やはり解せぬぞ四郎」
「簡単な事だ。この地に留まるにあたり、高望王は板東に元々住んでいた有力者達との結び付きを強めて行った。子供を板東の有力者の娘と結婚させ、子を成し、そうして生まれてきたのが俺たちだ。貴族としての血が薄まった俺達が、もう貴族であれるはずはない。血筋を重んじる京の貴族世界で、異端児である俺達の居場所など、ありはしないんだ」
「……四郎……」
それまで楽しそうに話していた四郎が、突然何の感情も読み取れない無表情で語った言葉。
そんな彼を見つめながら、千紗は思った。
四郎は怨んでいるのではないかと。
自分達一族を、貴族として認めない京の貴族達を。
異様な程に血筋を重んじる貴族社会というものを。
彼は恨んでいるのではないかと――
「別に、姫さんがそんなに悲しそうな顔をする必要はないよ。俺も兄貴も、今の自分達に不満なんて何もないんだから。この地で俺達を慕ってくれる人間がたくさんいる。今の俺達の居場所は、間違いなくここだから」
無表情で感情の読み取れなかった四郎から、不意にいつものヒョウヒョウとした四郎に戻る。
四郎の笑顔に、千紗は安堵した。
安堵しながらも悔しさを滲ませた。
「……に……本に貴族とはつまらぬ生き物よの」
「どうした姫さん。急にそんな怖い顔して?」
「血筋ばかりを重んじる貴族社会などくだらん! 四郎は立派な貴族じゃ! この国の事を何も知らなかった私などよりも、よっぽど政を動かしうる天皇の臣下じゃ」
「…………」
力強く、言い切る千紗の姿に、四郎は一瞬目を丸く見開いた。
その後で、「ぷっ」と吹き出して大きな笑い声を上げ始めた。
「な、何故急にそのような馬鹿笑いをするのだ四郎?」
目に涙を溜めて笑い転げる四郎の姿に、千紗は段々と恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしながらそう怒鳴った。
「わ、笑うでない無礼者!」
「ゴメンゴメン、姫さん。でもやっぱりあんた、面白いな」
「だから何がそんなに面白いと申すのだ。私は今は真面目な話を――」
「面白いよ。面白い。他人の事をまるで自分の事のように悔しがれるあんたは面白い。ありがとな、姫さん」
ポンポンと千紗の頭を優しい手つきで撫でながら、真っすぐに千紗を見つめた四郎は、穏やかに微笑みながらこんな事を千紗に語った。
「でもな姫さん。俺は血筋を重んじるこの国の仕来たり、嫌いじゃないんだ。もう一つだけ面白い話を聞かせてやるよ」
「?」
「どうして? どうしてこんな田舎に留まったの? こんな僻地に飛ばされて、僕なら絶対堪えられないよ」
驚きに俯いていた顔を持ち上げると、朱雀帝は再び四郎にそんな疑問を投げかける。
「だからだよ」
「え?」
「お前の言った通り、こんな京から離れた田舎へ飛ばされると言う事は、つまりは体の良い厄介払いだ。皇族の地位を失った高望王は、京での出世は望めないと悟った。そんな出世の望めない地にいつまでも留まっていても意味はない。だからこそ、この地で開墾し、財を高める道を選んだ。そっちの方が賢いと思ったから。高望王は地位を捨て、財を取ったんだ」
「…………」
朱雀帝は、まだ納得出来ていないと言った顔で四郎から視線を逸らした。
「……のう、四郎? 何故、開墾する事で財が高まるのだ?」
千紗からなされる四度目質問。
ついに四郎は酷く呆れた様子で盛大なため息を吐いた。
「……はぁ、さっきから姫さんは何で、どうして、ばっかりだな。姫さんあんた、貴族のくせに本当に何も知らないんだな」
「………う゛……すまぬ」
四郎の指摘に、流石の千紗もしゅんと肩をすくめる。
「いや別に、謝る事はないけどさ。貴族のお姫様が教わる教養なんて、詩や楽、遊びの教養ばかりなんだろうし。そうだなぁ、この説明はどこからしたら良いか――姫さんは、墾田永年私財方と言う法を聞いた事はない?」
「墾田永年私財法?」
「そう。自ら開墾した土地は永久的に自分達の土地にして良いよって言う法律。その法ができるまで、土地は全て国の物であり、皆国の土地を借りている状態だったんだ」
「ほお」
「例え自分達が苦労して開墾し、豊かにした土地であっても、いつかは国に返さなければならなかった。自分のものにもならない人様の土地を一生懸命耕すなんて馬鹿らしいと思わない? だから農地開拓は思うように進まなかった。農地開拓が進まなければ朝廷の財政も潤わない。財政困難な状況に、これではいけないと新しく定められた法律が、墾田永年私財法。自ら開墾した土地は、永久的に自分達のものにしても良いよって法律だ。頑張ったら頑張った分だけ自分の土地が増える。土地が増えれば自ずと収穫も増えて行くってわけ」
「そうか。だから、高望王はこの地に残り己が力で新たに土地を開墾したのじゃな。元は皇族でありながら、自らの力で土地を開き富を築いた。やはり立派な方ではないか。そんな立派な方の子孫であるお前達が何故貴族とは呼ばれない? やはり解せぬぞ四郎」
「簡単な事だ。この地に留まるにあたり、高望王は板東に元々住んでいた有力者達との結び付きを強めて行った。子供を板東の有力者の娘と結婚させ、子を成し、そうして生まれてきたのが俺たちだ。貴族としての血が薄まった俺達が、もう貴族であれるはずはない。血筋を重んじる京の貴族世界で、異端児である俺達の居場所など、ありはしないんだ」
「……四郎……」
それまで楽しそうに話していた四郎が、突然何の感情も読み取れない無表情で語った言葉。
そんな彼を見つめながら、千紗は思った。
四郎は怨んでいるのではないかと。
自分達一族を、貴族として認めない京の貴族達を。
異様な程に血筋を重んじる貴族社会というものを。
彼は恨んでいるのではないかと――
「別に、姫さんがそんなに悲しそうな顔をする必要はないよ。俺も兄貴も、今の自分達に不満なんて何もないんだから。この地で俺達を慕ってくれる人間がたくさんいる。今の俺達の居場所は、間違いなくここだから」
無表情で感情の読み取れなかった四郎から、不意にいつものヒョウヒョウとした四郎に戻る。
四郎の笑顔に、千紗は安堵した。
安堵しながらも悔しさを滲ませた。
「……に……本に貴族とはつまらぬ生き物よの」
「どうした姫さん。急にそんな怖い顔して?」
「血筋ばかりを重んじる貴族社会などくだらん! 四郎は立派な貴族じゃ! この国の事を何も知らなかった私などよりも、よっぽど政を動かしうる天皇の臣下じゃ」
「…………」
力強く、言い切る千紗の姿に、四郎は一瞬目を丸く見開いた。
その後で、「ぷっ」と吹き出して大きな笑い声を上げ始めた。
「な、何故急にそのような馬鹿笑いをするのだ四郎?」
目に涙を溜めて笑い転げる四郎の姿に、千紗は段々と恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしながらそう怒鳴った。
「わ、笑うでない無礼者!」
「ゴメンゴメン、姫さん。でもやっぱりあんた、面白いな」
「だから何がそんなに面白いと申すのだ。私は今は真面目な話を――」
「面白いよ。面白い。他人の事をまるで自分の事のように悔しがれるあんたは面白い。ありがとな、姫さん」
ポンポンと千紗の頭を優しい手つきで撫でながら、真っすぐに千紗を見つめた四郎は、穏やかに微笑みながらこんな事を千紗に語った。
「でもな姫さん。俺は血筋を重んじるこの国の仕来たり、嫌いじゃないんだ。もう一つだけ面白い話を聞かせてやるよ」
「?」
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