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第一幕 板東編
平氏の成り立ち
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渡り廊下を渡り、去って行く桔梗達の後ろ姿を見送りながら、四郎がこっそり千紗に耳打ちする。
「良いのかい姫さん?あんたの従兄弟って言うチビっ子、大分拗ねてるみたいだけど」
「良い良い、いつもの事じゃ。気にするな」
「ふ~ん……」
四郎はチラリと、不機嫌に顔を歪める朱雀帝へと視線を向けながら、彼の様子を暫くの間、興味深そうに観察していた。
「だがしかし、まさか私達は監禁も、監視もされていなかったとは、驚きだったな」
桔梗達の姿が見えなくなった頃、千紗がそんな言葉を口にした。
朱雀帝へと向けられていた四郎の視線が、千紗へと移される。
「姫さんは兄貴の大事なお客様なんだから、そんな事するわけないだろ」
「本当にそうか? でもな四郎、小次郎と再会したあの日、私は奴から言われたのだ。私達の事を歓迎しない。京へ帰れと。そして屋敷に来た私達に用意された部屋が母屋から離れたこの場所だったら、疑いたくもなってしまうだろう。小次郎は京へ帰らない私達を疎んで、厄介者の如く監禁や監視をするつもりなのではないかと」
「兄貴が帰れって言ったのはきっと、姫さんの事を心配してるからだよ。歓迎しないって言ったのは、今の兄貴にその余裕がないから。屋敷の離れに位置するこの部屋を姫さん達に用意したのは、この部屋が屋敷の中で一番日当たりが良くて、静かで過ごしやすい部屋だからだ」
四郎が語った思いもよらない話に千紗は絶句する。
「……そう……なのか?」
「そうだよ。全部姫さんの為を思っての言動なんだ、兄貴のあれは」
「……そう……なのか?」
四郎の説得に、千紗はどこか嬉しそうに微笑んだ。
そんな彼女の久しぶりに見せる笑顔を、秋成は庭から遠くに見つめていた。
「全ては私の勘違いだったのか。それなら良かったのだけれど……でも桔梗やこの館の者達は、今まで怖がって私に近づいては来なかった。それは紛れも無い事実だ」
「ん? 今度は何の不満だ、姫さん?」
「京から来た貴族と言うだけで、すぐに周りから壁をつくられる。貴族と言うだけで、そんなに畏まるものかの?私かと四郎や桔梗と同じただの人間だぞ。同じ人間であるはずなのに、何故人は私を恐れる?この地に来てつくづく思うぞ。貴族とはほんと、寂しい生き物だなと」
「まぁなぁ、桔梗も言ってたが、俺達からしたらお貴族様ってのは縁も所縁もない遠い遠い世界の存在だからな。ましてや京に住まう上流貴族ともなれば、俺たちからしたら物語の中でしか存在し得なかった、未知の存在だからな」
「待て四郎、貴族が縁も所縁もないと言うのは違うであろう。だって、お主達かて貴族なのだから。貴族なのであろう? 四郎も小次郎も。前にそう貞盛が話しておったぞ」
そう言いながら、千紗はチラリと朱雀帝のご機嫌取りに勤しんでいた貞盛を見た。
「ん~……俺達は、貴族とは少し違うな。貴族と言うよりは、豪族と言った方が正しいだろう」
「豪族?」
「そう、財はあれども権力はない。成り上がりの野蛮者。俺達の力なんて、この下総の地でしか通用しないよ」
「そんな事は――」
“ない”と言いかけた千紗の言葉を四郎が制止する。
「あるんだよ。姫さんもよく知っての通り、京へ上った兄貴は結局これと言った役職を賜る事は出来なかった」
「検非違使の仕事をしておったではないか」
「あれは単なる手伝いで、役職でもなんでもなかったって前に兄貴が言っていたよ。検非違使の役職に取り立てて貰えるよえに頑張ってたらしいんだけど、結局は出自を理由に見習い止まりだったんだって。だからやっぱり俺達は貴族とは違うんだ」
「……だが、前に貞盛が言っておったぞ。お主達の先祖は、京に都を移したあの桓武帝なのだと。ならばやはりお主達はもとは貴族……いや、貴族よりももっと上の、皇族の血をひいているのではないのか」
「確かに俺や兄貴、太郎さんから五世遡った先祖は桓武帝だ。だが桓武帝の孫――俺達にとっては祖父にあたる高望王は、臣籍降下され皇族の地位から格下げされた」
「……のう四郎?口を挟むようで悪いのだが……臣籍降下とはなんじゃ?」
聞き慣れない単語に千紗が会話の腰を折る。
少し呆れ顔の四郎は、仕方が無いと溜息交じりに話を脱線して“臣籍降下”についての説明を始めた。
「良いのかい姫さん?あんたの従兄弟って言うチビっ子、大分拗ねてるみたいだけど」
「良い良い、いつもの事じゃ。気にするな」
「ふ~ん……」
四郎はチラリと、不機嫌に顔を歪める朱雀帝へと視線を向けながら、彼の様子を暫くの間、興味深そうに観察していた。
「だがしかし、まさか私達は監禁も、監視もされていなかったとは、驚きだったな」
桔梗達の姿が見えなくなった頃、千紗がそんな言葉を口にした。
朱雀帝へと向けられていた四郎の視線が、千紗へと移される。
「姫さんは兄貴の大事なお客様なんだから、そんな事するわけないだろ」
「本当にそうか? でもな四郎、小次郎と再会したあの日、私は奴から言われたのだ。私達の事を歓迎しない。京へ帰れと。そして屋敷に来た私達に用意された部屋が母屋から離れたこの場所だったら、疑いたくもなってしまうだろう。小次郎は京へ帰らない私達を疎んで、厄介者の如く監禁や監視をするつもりなのではないかと」
「兄貴が帰れって言ったのはきっと、姫さんの事を心配してるからだよ。歓迎しないって言ったのは、今の兄貴にその余裕がないから。屋敷の離れに位置するこの部屋を姫さん達に用意したのは、この部屋が屋敷の中で一番日当たりが良くて、静かで過ごしやすい部屋だからだ」
四郎が語った思いもよらない話に千紗は絶句する。
「……そう……なのか?」
「そうだよ。全部姫さんの為を思っての言動なんだ、兄貴のあれは」
「……そう……なのか?」
四郎の説得に、千紗はどこか嬉しそうに微笑んだ。
そんな彼女の久しぶりに見せる笑顔を、秋成は庭から遠くに見つめていた。
「全ては私の勘違いだったのか。それなら良かったのだけれど……でも桔梗やこの館の者達は、今まで怖がって私に近づいては来なかった。それは紛れも無い事実だ」
「ん? 今度は何の不満だ、姫さん?」
「京から来た貴族と言うだけで、すぐに周りから壁をつくられる。貴族と言うだけで、そんなに畏まるものかの?私かと四郎や桔梗と同じただの人間だぞ。同じ人間であるはずなのに、何故人は私を恐れる?この地に来てつくづく思うぞ。貴族とはほんと、寂しい生き物だなと」
「まぁなぁ、桔梗も言ってたが、俺達からしたらお貴族様ってのは縁も所縁もない遠い遠い世界の存在だからな。ましてや京に住まう上流貴族ともなれば、俺たちからしたら物語の中でしか存在し得なかった、未知の存在だからな」
「待て四郎、貴族が縁も所縁もないと言うのは違うであろう。だって、お主達かて貴族なのだから。貴族なのであろう? 四郎も小次郎も。前にそう貞盛が話しておったぞ」
そう言いながら、千紗はチラリと朱雀帝のご機嫌取りに勤しんでいた貞盛を見た。
「ん~……俺達は、貴族とは少し違うな。貴族と言うよりは、豪族と言った方が正しいだろう」
「豪族?」
「そう、財はあれども権力はない。成り上がりの野蛮者。俺達の力なんて、この下総の地でしか通用しないよ」
「そんな事は――」
“ない”と言いかけた千紗の言葉を四郎が制止する。
「あるんだよ。姫さんもよく知っての通り、京へ上った兄貴は結局これと言った役職を賜る事は出来なかった」
「検非違使の仕事をしておったではないか」
「あれは単なる手伝いで、役職でもなんでもなかったって前に兄貴が言っていたよ。検非違使の役職に取り立てて貰えるよえに頑張ってたらしいんだけど、結局は出自を理由に見習い止まりだったんだって。だからやっぱり俺達は貴族とは違うんだ」
「……だが、前に貞盛が言っておったぞ。お主達の先祖は、京に都を移したあの桓武帝なのだと。ならばやはりお主達はもとは貴族……いや、貴族よりももっと上の、皇族の血をひいているのではないのか」
「確かに俺や兄貴、太郎さんから五世遡った先祖は桓武帝だ。だが桓武帝の孫――俺達にとっては祖父にあたる高望王は、臣籍降下され皇族の地位から格下げされた」
「……のう四郎?口を挟むようで悪いのだが……臣籍降下とはなんじゃ?」
聞き慣れない単語に千紗が会話の腰を折る。
少し呆れ顔の四郎は、仕方が無いと溜息交じりに話を脱線して“臣籍降下”についての説明を始めた。
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