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第一幕 板東編
一夜限りの幻か
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「たとえ兄上のお言葉でも、俺はその言葉に従う事は出来ません」
「……正気か、秋成?」
秋成の出した答えに、一瞬驚きを見せながらも、小次郎の目が細められる。
「はい、俺の主は千紗姫様です。俺は千紗姫様の命令を最優先に動きます。姫様が帰らぬとおっしゃるのなら、俺はその言葉に従います」
迷いなく小次郎の意に逆らう姿勢を見せる義弟に、小次郎の目は更に細められ、秋成を威圧した。
その鋭く冷たい視線に、秋成は堪らず息をのむ。
「……」
「……俺の知らない間に、立派な主従関係が出来上がったみたいだな。……分かった。ならば好きにしろ。だが悪いが俺はお前達を歓迎しない。坂東は弱肉強食の世界だ。強きが生き、弱きが死ぬ。またいつ戦が起こるともしれん。賊に襲われる事も日常茶飯事。ここにいる間、お前達の命の保証はないぞ。それでも残ると言うのならば、もう止めはしない」
小次郎からの忠告に、秋成は静かに頷く。
秋成の強い覚悟に、小次郎も諦めたように小さく溜息を吐いた。
「分かった。ならば自分達の身は自分達で守れ。自分の大切なものは、自分の手で守り抜いて見せろ。良いな秋成」
「……はい」
「もし、もしも千紗に何かあったその時は……俺はお前を許さないからな」
「……」
“許さない”
そう口にした小次郎の瞳は、殺気すら感じる程に冷たい。
秋成は小次郎の"本気"を感じた。
そして千紗の事を心配するからこそ、わざと突き放すような態度をとっているだろう事も悟った。
小次郎の想いをまっすぐに受け止めて、秋成はコクンと力強く頷いた。
秋成の反応を確認した事で、小次郎は二人に背を向け、二人のもとから離れて行く。
「ま、待て。待ってくれ小次郎」
二人の元を離れて行こうとする小次郎の背中を、千紗は慌てて呼び止める。
秋成が悟った小次郎なりの気遣いは、どうやら千紗にはまだ届いていない様子で――
「何故急にそんな、私達を冷たく突き放そうとする? この二年の間に、お前は本当に変わってしまったのか?」
急に冷たく素っ気なくなった小次郎へ向かって、千紗は必死に問いかける。
だが、そんな千紗の必死の呼びかけも虚しく、小次郎は歩を止めようとはしなかった。
否定も肯定もすることなく、暗闇へと消えて行こうとする。
「待て、頼むから何か言ってくれ、言ってくれなければ何も分からぬ。分からぬではないか小次郎!小次郎!!」
兄のように慕っていたはずの小次郎の、初めて見せる突き放すような冷たい態度。
まるで別人であるかのようなその態度に、千紗の脳裏にふっと、貞盛のある言葉が思い起こされた。
――『平小次郎将門。奴は、私の従兄弟であると同時に…………私の父の、仇なのですよ』
とても信じられなかった貞盛の言葉。
けれど今の小次郎ならば――?
千紗の中、小次郎に対して抱いてしまった疑念が、拭いきれない程大きな不安となって膨らんで行く。
そうして不安が大きくなる程に焦りを覚えた千紗は、気がつけば小次郎へ向けて、その疑念をぶつけてしまっていた。
「なぁ小次郎、一つ教えてはくれないか? 以前貞盛から、お主が貞盛の父を……お主にとっては伯父にあたる者を殺したと聞いた。私には到底信じられない話だったが……まさか本当に?」
そんな千紗の言葉に、ついに小次郎の歩みが止まる。
その後、ゆっくりと振り返った小次郎は、ただ一言
「……あぁ、本当だ。俺が殺した」
感情の読み取れな声と表情で、肯定を示した。
返ってきた答えに、千紗は衝撃のあまり思わずその場にへなへなと力なく座り込んでしまう。
「千紗姫様っ」
慌てて駆け寄る秋成。
二人の様子を暫くの間、冷めた瞳で見つめた後、小次郎はくるりと背を向けて、ついに暗闇へと姿を消して行ってしまった。
「………」
「千紗姫様、大丈夫ですか?」
「知らない……あんな冷たい小次郎など、私は知らない。本当にあやつは、この二年の間に変わってしまったのか……?」
不安、恐怖、悲しみ、苛立ち。
色々な感情に襲われ、困惑した様子で小さく千紗が呟く。
「……姫様……」
そんな千紗を、只傍で見つめる事しか出来ない秋成は、自身の無力さに拳を握りしめた。
もう悲しませたくない。泣かせたくないのに。
昔のように、ただ無邪気に千紗には笑っていて欲しいのに。
力の籠るその手で、秋成は千紗の体を引き寄せると、強く――ただ強く抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫ですよ姫様。兄上は何も変わってなどいない。姫様はただ信じてあげてください。姫様の良く知る兄上の事を――」
◆◆◆
――次の日
千紗達は四郎に連れられ、小次郎の屋敷へと招き入れられた。
だが屋敷の主である小次郎は、千紗達と共に屋敷へ帰る事はなかった。
数人の兵を引き連れ、暫くは村に残るらしいと、そう四郎の口から聞かされた。
小次郎との二年ぶりの再会は、一夜だけの呆気ないものに終わった。
「……正気か、秋成?」
秋成の出した答えに、一瞬驚きを見せながらも、小次郎の目が細められる。
「はい、俺の主は千紗姫様です。俺は千紗姫様の命令を最優先に動きます。姫様が帰らぬとおっしゃるのなら、俺はその言葉に従います」
迷いなく小次郎の意に逆らう姿勢を見せる義弟に、小次郎の目は更に細められ、秋成を威圧した。
その鋭く冷たい視線に、秋成は堪らず息をのむ。
「……」
「……俺の知らない間に、立派な主従関係が出来上がったみたいだな。……分かった。ならば好きにしろ。だが悪いが俺はお前達を歓迎しない。坂東は弱肉強食の世界だ。強きが生き、弱きが死ぬ。またいつ戦が起こるともしれん。賊に襲われる事も日常茶飯事。ここにいる間、お前達の命の保証はないぞ。それでも残ると言うのならば、もう止めはしない」
小次郎からの忠告に、秋成は静かに頷く。
秋成の強い覚悟に、小次郎も諦めたように小さく溜息を吐いた。
「分かった。ならば自分達の身は自分達で守れ。自分の大切なものは、自分の手で守り抜いて見せろ。良いな秋成」
「……はい」
「もし、もしも千紗に何かあったその時は……俺はお前を許さないからな」
「……」
“許さない”
そう口にした小次郎の瞳は、殺気すら感じる程に冷たい。
秋成は小次郎の"本気"を感じた。
そして千紗の事を心配するからこそ、わざと突き放すような態度をとっているだろう事も悟った。
小次郎の想いをまっすぐに受け止めて、秋成はコクンと力強く頷いた。
秋成の反応を確認した事で、小次郎は二人に背を向け、二人のもとから離れて行く。
「ま、待て。待ってくれ小次郎」
二人の元を離れて行こうとする小次郎の背中を、千紗は慌てて呼び止める。
秋成が悟った小次郎なりの気遣いは、どうやら千紗にはまだ届いていない様子で――
「何故急にそんな、私達を冷たく突き放そうとする? この二年の間に、お前は本当に変わってしまったのか?」
急に冷たく素っ気なくなった小次郎へ向かって、千紗は必死に問いかける。
だが、そんな千紗の必死の呼びかけも虚しく、小次郎は歩を止めようとはしなかった。
否定も肯定もすることなく、暗闇へと消えて行こうとする。
「待て、頼むから何か言ってくれ、言ってくれなければ何も分からぬ。分からぬではないか小次郎!小次郎!!」
兄のように慕っていたはずの小次郎の、初めて見せる突き放すような冷たい態度。
まるで別人であるかのようなその態度に、千紗の脳裏にふっと、貞盛のある言葉が思い起こされた。
――『平小次郎将門。奴は、私の従兄弟であると同時に…………私の父の、仇なのですよ』
とても信じられなかった貞盛の言葉。
けれど今の小次郎ならば――?
千紗の中、小次郎に対して抱いてしまった疑念が、拭いきれない程大きな不安となって膨らんで行く。
そうして不安が大きくなる程に焦りを覚えた千紗は、気がつけば小次郎へ向けて、その疑念をぶつけてしまっていた。
「なぁ小次郎、一つ教えてはくれないか? 以前貞盛から、お主が貞盛の父を……お主にとっては伯父にあたる者を殺したと聞いた。私には到底信じられない話だったが……まさか本当に?」
そんな千紗の言葉に、ついに小次郎の歩みが止まる。
その後、ゆっくりと振り返った小次郎は、ただ一言
「……あぁ、本当だ。俺が殺した」
感情の読み取れな声と表情で、肯定を示した。
返ってきた答えに、千紗は衝撃のあまり思わずその場にへなへなと力なく座り込んでしまう。
「千紗姫様っ」
慌てて駆け寄る秋成。
二人の様子を暫くの間、冷めた瞳で見つめた後、小次郎はくるりと背を向けて、ついに暗闇へと姿を消して行ってしまった。
「………」
「千紗姫様、大丈夫ですか?」
「知らない……あんな冷たい小次郎など、私は知らない。本当にあやつは、この二年の間に変わってしまったのか……?」
不安、恐怖、悲しみ、苛立ち。
色々な感情に襲われ、困惑した様子で小さく千紗が呟く。
「……姫様……」
そんな千紗を、只傍で見つめる事しか出来ない秋成は、自身の無力さに拳を握りしめた。
もう悲しませたくない。泣かせたくないのに。
昔のように、ただ無邪気に千紗には笑っていて欲しいのに。
力の籠るその手で、秋成は千紗の体を引き寄せると、強く――ただ強く抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫ですよ姫様。兄上は何も変わってなどいない。姫様はただ信じてあげてください。姫様の良く知る兄上の事を――」
◆◆◆
――次の日
千紗達は四郎に連れられ、小次郎の屋敷へと招き入れられた。
だが屋敷の主である小次郎は、千紗達と共に屋敷へ帰る事はなかった。
数人の兵を引き連れ、暫くは村に残るらしいと、そう四郎の口から聞かされた。
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