時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
71 / 285
第一幕 板東編

祝いの宴

しおりを挟む
良正軍を追撃中だったと言う小次郎軍。
千紗達との再会に足止めを受け、すっかり追撃の機会を逃した彼らは、その日は来た道を引き返し、山を下りる事にした。

そして眼下に見えていた村に宿を借り、夜を明かす事にした。


「小次郎すまなかったな。私達のせいでせっかくの追撃を邪魔してしまって」

「いや……気にするな。追撃は叔父上の軍を我が領土内から追い出す事が目的。目的は十分達成できたし、あれ以上深追いする気は最初からなかったからな」

「ほお、追い出すだけで十分とは、相変わらず甘い奴だな。それでは再び叔父上に攻め込まれても文句はいえぬぞ」

「……ああ、分かっている。それも覚悟の上さ。再び叔父上に責められたら、その時はまた戦うまでの事」

「それではいつまで立っても争いを収束できぬぞ」

「……あぁ、それもよく分かっている」

「ふむ。その様子だとお前、未だに覚悟は決まっていないようだな。叔父上達と殺し合いをする覚悟が」

「…………」


麓の村を目指す道中、先頭を歩く小次郎の隣を貞盛が並んで歩く。
その数歩後ろを、秋成が操る馬に揺られながら千紗も続いていた。

そして何やら前から漏れ聞こえてくる二人の会話が気になりながらも、何も現状が分からない千紗には彼らの会話に割って入る事は躊躇われて――

結局千紗は山を下りる道中も最後まで小次郎に声を掛ける事は出来なかった。



  ◆◆◆



山を下りはじめて、四半刻(しはんどき)ほどで千紗達は麓の村へと辿り着く。

村に着く頃にはすっかり日も暮れ、空には月が輝きを放ち始めていた。

辿り着いた村には、藁でつくられた簡素な家が数棟身を寄せ合って並んでいる。
村と呼ぶには少し躊躇を覚えるような、本当に小さな集落。

だがその小さな集落が、小次郎率いる数十名の軍隊と、そして千紗達流れ者七人、大人数での突然の訪問を快く受け入れてくれた。

それどころか小次郎達の来訪を、酷く感激した様子で盛大に宴まで催してくれる歓迎ぶり。


「突然の訪問にも関わらず、宴まで催してもらうとは、気を使わせてしまってすまないな」

「何をおっしゃいますか将門様。将門様ならいつでも大歓迎ですよ。なんせ将門様が我らのようような小さな村をも気に掛けて下さるおかげで、我等はこうして日々の生活を送る事が出来ているのですから。若い娘達なんかは、最近めっきり将門様の来訪がないと寂しがっていた所なんですよ。わしらからしたら、一日と言わず何日でも滞在して頂きたいくらいですよ」


一夜の宿泊を許可してくれ、更には宴まで開いてくれた村人達に、感謝の言葉を伝えた小次郎。

だが小次郎からの感謝に、この村の長らしき初老の男性は、満面の笑みを浮かべて歓迎した。

小次郎が手に持つ杯に酒を注いで遠慮気味の小次郎に酒を勧める長老。
長老以外にも、小次郎の周りには村の若い娘達が彼にお酌をしよと群がっている。

更に小次郎率いる血気盛んな若い兵士達も、小次郎に群がる村の娘達からお酌を受けようと群がって、小次郎の周りは人で溢れかえっていた。

とても余所者の千紗達が近づるような雰囲気ではなく、せっかく再会を果たしたと言うのに、未だ千紗は小次郎と大した会話は交わせずにいる。

宴の席でもまた千紗は遠くから小次郎を見つめる事しか出来はしなかった。

知らない人々に囲まれ、多くの者達から慕われる小次郎の姿はどこか遠い存在に感じられて、まるで知らない人のようだと千紗は思った。

小次郎を見つめる千紗の瞳は、どこか切なげに揺れていた。

そんな千紗の様子を気にかけてか、小次郎を囲む群れの中から、顔を真っ赤に染めた四郎が千紗の元へとやって来る。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...