時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 板東編

不安な心

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「――……め……さま…………千紗姫様!」

「っ!」


その日の夜――
神社を宿代わりに、皆が身を寄せ各々夢の世界に落ちていた頃、千紗は自分を呼ぶ声に目を覚ました。


「……秋成」

「どうされたのですか?酷くうなされていたご様子でしたが……」


千紗を呼び起こした主は秋成。
夢見が悪かったのか、酷くうなされた様子の千紗を心配して起こしてくれたらしい。


「秋成………秋成……」


目の前にある見慣れた顔に、千紗は一瞬ホッとしたような表情を見せながら、秋成の名前を何度も何度も呼びながら、彼の首元に抱きついた。

その姿はまるで母親に甘える幼子のよう。

珍しい千紗の態度に、秋成も一瞬驚きの表情を浮かべながらも、ふと冷静に夕食時にもどこか元気のなかった千紗の様子を思い出していた。

いつもと違う主の様子に秋成はある提案をした。


「姫様、少し外へ出ましょうか」と。


昼間の喧嘩など、まるでなかったかのように優しく穏やかな秋成の声。
千紗もまた秋成の提案に素直にコクンと頷いた。

寝ている皆を起こさないよう、最小限に足音を抑えて二人はこっそり社から境内へと出て行った。

社を出て真っ直ぐ先にそびえ立つ鳥居。
そのすぐ脇には鳥居より更に大きな木が鳥居を見下ろすように立派に生えていて、二人はその木の下に仲良く並んで腰かけた。

腰掛けながら、千紗は秋成の右腕にぎゅっとしがみつき、膝を抱えて小さく丸まっていた。
そんな主の、らしくない姿に、秋成がまず口を開き始める。


「姫様、夕食時からずっと元気のないご様子でしたが、何があったか話して頂けませんか?」

「…………」

「姫様?」

「…………」


なかなか口を開こうとしたい千紗に、困っているのか、それとも呆れているのか、秋成は小さな溜息を漏らしながら諦めを口にする。


「…………分かりました。話したくないようでしたら無理に聞く事はいたしません」


それだけ言って、立ち上がる。


「っ?!」


自分の腕の中から、すり抜けていこうとする秋成の腕を慌てて千紗は引っ張る。
引っ張られた事で、立つ事を妨害された秋成は少し驚いたように千紗を見た。


「………姫様?」

「……何処へ行くつもりだ?」

「何処へって、少し肌寒いかと思いまして、何か羽織るものを取りに戻ろうと――」


しただけ。そう続けようとした秋成の言葉を遮って、千紗は必死に訴えた。


「お前はっ……お前だけは……私を置いて何処かへ行ってしまわないでくれ……」


彼女の今にも泣き出しそうな必死の訴えに、秋成は小さく彼女の名を呼んだ。


「千紗……姫様……」


一体彼女は何に怯えていると言うのだろう。
秋成には彼女を怯えさせているものの正体はわからなかったのだけれども、彼女を怯えから解放する方法は分かっていた。

だから秋成は、秋成なりの精一杯の優しさで千紗と向き合う事にした。


「何処へも行きませんよ。俺は何処へも行きません。どんな時でも俺はこうして千紗姫様の側にいます」

「……本当に?」

「はい。だって、前にそう約束したじゃないですか」

「……」

「今日はどうしたんですか? 弱気な姫様なんて、貴方らしくないですよ。不安な事があるのなら俺に話して下さい。人に話す事で不安が半分になるかもしれない。貴方の不安を俺も共有したい」

「……」

「…………」


千紗と向き合おうとする秋成の姿勢が伝わったのか、暫く沈黙した後、千紗がゆっくりと話し始めた。
貞盛から聞いた小次郎の話を。

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