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第一幕 板東編
貞盛の野望
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「貴族とはいったい、何なのでしょうかね? 私達坂東平氏の先祖は、私から5世遡れば桓武帝に辿りつきます。恒武帝の孫にあたる高望王、私からすれば祖父にあたる人物ですが、その方が国司の任を受け坂東の地へと赴いた。それが私達一族の興りです。つまり私も小次郎も、天皇家の血筋を少なからず継いでいるはず」
「……」
「なのに辺境の地で暮らす私達と、京で暮らす貴族の方々とのこの生活の差は何だ? その時思ったのですよ。私にも少なからず貴族の資質があるのだから、京での出世を望んでも良いはずだと。貴女方貴族のように、遊んで暮らす日々を望んでも良いはずだと。だから私は、京で貴族としての身分を得る事を誓ったのです。その為の一番の武器がこの笑顔。笑顔で貴族共に媚びへつらい、高価な貢ぎ物を送る事が出世する為の一番の近道だったと言うわけですよ」
「お主……誠小次郎と従兄弟なのか?」
貞盛が語る彼の考え方が、千紗が良く知る小次郎のものとはあまりにも掛け離れたもので、思わず漏れた疑問。
だが貞盛は、さも当たり前であるかのように肯定した。
「えぇ。私と小次郎は間違いなく従兄弟です」
「……小次郎とは似ても似つかんな。あやつは、坂東での畑仕事が好きだと言った。坂東にいた頃のように土に塗れて京でもあくせく働きたいと申しておった。働きもせず、日々を遊び暮らす貴族の暮らしなどつまらぬと言った。坂東での暮らしこそ、生きがいがあって楽しいと言った」
「坂東の暮らしが、楽しい? はは、笑わせる」
「お主、坂東が好きではないのか?」
「私はね、坂東と言う土地が大嫌いでしたよ。田舎くさくて血の気が多い。欲しいものあらば武力で奪い取ろうとするがさつさ。あんな場所、本当なら二度と帰らないつもりだった」
「……ならば何故、今こうして我等と共に旅している。お主の故郷である坂東が心配だったからではないのか?」
「心配? 申し訳ないが坂東がどうなろうと私にはどうでも良い。私に似つかわしい場所は京。京で出世する事こそが私の生きがい。この旅に同行したのだって、帝や大政大臣様から信頼を得られれば、この先私の人生に有利に働くと思ったからだ」
「………お主、寂しい奴じゃな。出世ばかりに捕われて、誠の幸せが何かを分かっておらん」
「そんなもの、いかに財に溺れ、不自由なく楽に暮らすかですよ」
「本当にそうかの? 私は生まれながらに身分は高い。財もあって、不自由のない生活を送って来た。だがそれを幸せだと思った事は一度もなかった。逆に身分と言うものが患わしいと感じる事ばかりだ。身分が違うからと、くだらぬ言い訳をして、私の大切な者達が私から離れて行こうとする。それを、私は寂しいと思う」
そう言って千紗は、先を歩く秋成の背を、寂しそうな瞳で見つめた。
「小次郎が昔、人に甘える事を知らなかった幼い私にこんな事を話して聞かせてくれた。本当に貧しい人間は、心を許せる者もなく、一人孤独な人間なんじゃないかと。どんなに貧しい生活を送っていても、家族や仲間、友人と呼べる者達と絆を深め、助け合っていければ、人は幸せを感じる事が出来ると」
「ほお、小次郎がそのような事を?」
「そうじゃ。小次郎の話に私は感銘を受けた。京に住まう貴族達は、己の欲に溺れ、互いに互いを蹴落とす事しか考えてはおらぬからな。中には血の繋がった親戚どおし、兄弟同士が出世を争い互いを陥れようと謀をする愚かな者までいる。そのような醜い争いをしている貴族社会が、私には酷く虚しい世界に感じられてならなかった。己しか愛せない貧しい人間ばかりが集まって、何処に幸せなどあるのかと。逆に私は、幼い頃から小次郎が話して聞かせてくれた坂東の地。一族同士の結束が固く、家族の絆が深いと聞く坂東の方が、幸せの溢れた夢の都だと思った」
「……結束が固い? 家族の絆? 坂東が、夢の都?」
千紗が話しに突然貞盛が大きな声を上げて笑い出す。
一体何事かと、千紗は目を丸くして驚く。
「……」
「なのに辺境の地で暮らす私達と、京で暮らす貴族の方々とのこの生活の差は何だ? その時思ったのですよ。私にも少なからず貴族の資質があるのだから、京での出世を望んでも良いはずだと。貴女方貴族のように、遊んで暮らす日々を望んでも良いはずだと。だから私は、京で貴族としての身分を得る事を誓ったのです。その為の一番の武器がこの笑顔。笑顔で貴族共に媚びへつらい、高価な貢ぎ物を送る事が出世する為の一番の近道だったと言うわけですよ」
「お主……誠小次郎と従兄弟なのか?」
貞盛が語る彼の考え方が、千紗が良く知る小次郎のものとはあまりにも掛け離れたもので、思わず漏れた疑問。
だが貞盛は、さも当たり前であるかのように肯定した。
「えぇ。私と小次郎は間違いなく従兄弟です」
「……小次郎とは似ても似つかんな。あやつは、坂東での畑仕事が好きだと言った。坂東にいた頃のように土に塗れて京でもあくせく働きたいと申しておった。働きもせず、日々を遊び暮らす貴族の暮らしなどつまらぬと言った。坂東での暮らしこそ、生きがいがあって楽しいと言った」
「坂東の暮らしが、楽しい? はは、笑わせる」
「お主、坂東が好きではないのか?」
「私はね、坂東と言う土地が大嫌いでしたよ。田舎くさくて血の気が多い。欲しいものあらば武力で奪い取ろうとするがさつさ。あんな場所、本当なら二度と帰らないつもりだった」
「……ならば何故、今こうして我等と共に旅している。お主の故郷である坂東が心配だったからではないのか?」
「心配? 申し訳ないが坂東がどうなろうと私にはどうでも良い。私に似つかわしい場所は京。京で出世する事こそが私の生きがい。この旅に同行したのだって、帝や大政大臣様から信頼を得られれば、この先私の人生に有利に働くと思ったからだ」
「………お主、寂しい奴じゃな。出世ばかりに捕われて、誠の幸せが何かを分かっておらん」
「そんなもの、いかに財に溺れ、不自由なく楽に暮らすかですよ」
「本当にそうかの? 私は生まれながらに身分は高い。財もあって、不自由のない生活を送って来た。だがそれを幸せだと思った事は一度もなかった。逆に身分と言うものが患わしいと感じる事ばかりだ。身分が違うからと、くだらぬ言い訳をして、私の大切な者達が私から離れて行こうとする。それを、私は寂しいと思う」
そう言って千紗は、先を歩く秋成の背を、寂しそうな瞳で見つめた。
「小次郎が昔、人に甘える事を知らなかった幼い私にこんな事を話して聞かせてくれた。本当に貧しい人間は、心を許せる者もなく、一人孤独な人間なんじゃないかと。どんなに貧しい生活を送っていても、家族や仲間、友人と呼べる者達と絆を深め、助け合っていければ、人は幸せを感じる事が出来ると」
「ほお、小次郎がそのような事を?」
「そうじゃ。小次郎の話に私は感銘を受けた。京に住まう貴族達は、己の欲に溺れ、互いに互いを蹴落とす事しか考えてはおらぬからな。中には血の繋がった親戚どおし、兄弟同士が出世を争い互いを陥れようと謀をする愚かな者までいる。そのような醜い争いをしている貴族社会が、私には酷く虚しい世界に感じられてならなかった。己しか愛せない貧しい人間ばかりが集まって、何処に幸せなどあるのかと。逆に私は、幼い頃から小次郎が話して聞かせてくれた坂東の地。一族同士の結束が固く、家族の絆が深いと聞く坂東の方が、幸せの溢れた夢の都だと思った」
「……結束が固い? 家族の絆? 坂東が、夢の都?」
千紗が話しに突然貞盛が大きな声を上げて笑い出す。
一体何事かと、千紗は目を丸くして驚く。
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