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第一幕 板東編
貞盛の本性
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「初めてですね、姫様とこのようにちゃんとお話するのは」
「…………」
退屈な道中、貞盛が千紗と世間話を楽しもうとまず先に口を開いた。
だが千紗は貞盛の振った話題に乗ろうとはせず。
会話にならない一方通行のおしゃべりに、にこやかな笑みを浮かべながらも貞盛はチクリと嫌味を溢した。
「おやおや、まただんまりですか。私とは口も聞けませんか? これでも私は、板東ではそれなりに名の知れた家柄。それなのに私だけ口を聞いてもらえぬとは、私はあの下人の者達以下と言うわけですか」
貞盛が口にした嫌味に、ムッとした千紗は思わず反論の為口を開く。
「気に入らない。お主は秋成達を下人と見下すか。私はそもそも、その考え方が気に入らぬのだ。私は身分になど興味は無い。お主と口を聞かぬ理由はただ一つ、お主が嫌いだからだ」
「これはこれは、はっきりと言われてしまいましたな」
嫌味を嫌味で返した千紗の元へ振り返る貞盛。
その表情に怒っている様子はなく、穏やかな笑みを浮かべていた。
「それだ。お主のその能面のような氷ついた笑顔が、何とも不気味で好かんのだ」
「………」
2度目の千紗の嫌味。
しかし今度は貞盛の笑顔が一瞬凍り付いたように見えた。
そして、その表情を隠すように貞盛は視線を前へと戻した。
彼の纏う空気に、明らかな苛立ちが混ざり始める。
だが千紗は、彼の纏っていた空気が変わった事に気付きながらも、挑発を止める事はしなかった。
「初めて会った時にも感じた。お主の笑顔はどこか作り物のようで、まるで面でも被っているようだと。一見爽やかな笑顔を浮かべ、誠実そうに見せてはいるが、お主腹の中では貴族をバカにしているだろう。違うか?」
「……そうですか。貴方様にはこの笑顔が作り物に見えると」
「…………」
「笑顔を取り繕って貢ぎ物を送り、ご機嫌取りさえしていれば馬鹿な貴族共は簡単に騙されると思っていたが、どうやら貴方は違うようだ」
それまで嫌味を含みながらも柔和な態度を見せていた貞盛が、突然口にした貴族を蔑むような言葉。
言葉の端々に感じる侮蔑にも似た感情に、千紗は疑問を投げずにはいられなかった。
「なるほど、それがお主の本性か。わざわざ己を偽ってまで、何故馬鹿な貴族の機嫌をとろうとする?」
「何故かと問われるならば、全ては出世の為だと答えましょう。出世の為、私は馬鹿な貴族共に貢ぎ物と笑顔を振り撒いては、従順なふりをしてみせているのですよ」
「ふん、出世の為か。何ともくだらん理由だな」
「位の高い家に生まれた貴方様には分からないでしょう。身分と言うものが如何に残酷なものなのか。位が低いばかりに私達平氏が、坂東の地でどんな惨めな生活を送ってきたか」
「………」
「私は初めて京へ来た時、衝撃を受けましたよ。貴族の方々の何とも暢気で贅沢な暮らしにぶりに。私達坂東人が来る日も来る日も泥や汗に塗れながら働いている間、貴方方貴族は、政もろくにせず、日々楽を奏で、短歌を詠み、持つ才をひけらかしては男女の恋の駆け引きを楽しんでいるばかり。私達が京から課せられた税を納める為に日々費やしてきた苦労、それら全ては極限られた貴族連中が遊んで暮らす為に強いられた苦労だったのだと知った時、それまでの私の坂東での暮らしが、凄く馬鹿げたものに思えてしまった」
「………」
そう語る貞盛の声は低い。
低く、冷たいものだった。
まるで千紗に対して怨み辛みでもぶつけているかのように。
「…………」
退屈な道中、貞盛が千紗と世間話を楽しもうとまず先に口を開いた。
だが千紗は貞盛の振った話題に乗ろうとはせず。
会話にならない一方通行のおしゃべりに、にこやかな笑みを浮かべながらも貞盛はチクリと嫌味を溢した。
「おやおや、まただんまりですか。私とは口も聞けませんか? これでも私は、板東ではそれなりに名の知れた家柄。それなのに私だけ口を聞いてもらえぬとは、私はあの下人の者達以下と言うわけですか」
貞盛が口にした嫌味に、ムッとした千紗は思わず反論の為口を開く。
「気に入らない。お主は秋成達を下人と見下すか。私はそもそも、その考え方が気に入らぬのだ。私は身分になど興味は無い。お主と口を聞かぬ理由はただ一つ、お主が嫌いだからだ」
「これはこれは、はっきりと言われてしまいましたな」
嫌味を嫌味で返した千紗の元へ振り返る貞盛。
その表情に怒っている様子はなく、穏やかな笑みを浮かべていた。
「それだ。お主のその能面のような氷ついた笑顔が、何とも不気味で好かんのだ」
「………」
2度目の千紗の嫌味。
しかし今度は貞盛の笑顔が一瞬凍り付いたように見えた。
そして、その表情を隠すように貞盛は視線を前へと戻した。
彼の纏う空気に、明らかな苛立ちが混ざり始める。
だが千紗は、彼の纏っていた空気が変わった事に気付きながらも、挑発を止める事はしなかった。
「初めて会った時にも感じた。お主の笑顔はどこか作り物のようで、まるで面でも被っているようだと。一見爽やかな笑顔を浮かべ、誠実そうに見せてはいるが、お主腹の中では貴族をバカにしているだろう。違うか?」
「……そうですか。貴方様にはこの笑顔が作り物に見えると」
「…………」
「笑顔を取り繕って貢ぎ物を送り、ご機嫌取りさえしていれば馬鹿な貴族共は簡単に騙されると思っていたが、どうやら貴方は違うようだ」
それまで嫌味を含みながらも柔和な態度を見せていた貞盛が、突然口にした貴族を蔑むような言葉。
言葉の端々に感じる侮蔑にも似た感情に、千紗は疑問を投げずにはいられなかった。
「なるほど、それがお主の本性か。わざわざ己を偽ってまで、何故馬鹿な貴族の機嫌をとろうとする?」
「何故かと問われるならば、全ては出世の為だと答えましょう。出世の為、私は馬鹿な貴族共に貢ぎ物と笑顔を振り撒いては、従順なふりをしてみせているのですよ」
「ふん、出世の為か。何ともくだらん理由だな」
「位の高い家に生まれた貴方様には分からないでしょう。身分と言うものが如何に残酷なものなのか。位が低いばかりに私達平氏が、坂東の地でどんな惨めな生活を送ってきたか」
「………」
「私は初めて京へ来た時、衝撃を受けましたよ。貴族の方々の何とも暢気で贅沢な暮らしにぶりに。私達坂東人が来る日も来る日も泥や汗に塗れながら働いている間、貴方方貴族は、政もろくにせず、日々楽を奏で、短歌を詠み、持つ才をひけらかしては男女の恋の駆け引きを楽しんでいるばかり。私達が京から課せられた税を納める為に日々費やしてきた苦労、それら全ては極限られた貴族連中が遊んで暮らす為に強いられた苦労だったのだと知った時、それまでの私の坂東での暮らしが、凄く馬鹿げたものに思えてしまった」
「………」
そう語る貞盛の声は低い。
低く、冷たいものだった。
まるで千紗に対して怨み辛みでもぶつけているかのように。
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