時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
57 / 285
第一幕 板東編

珍道中

しおりを挟む
それから数日の後――


「秋成の兄貴~……もうおいらには姫さんの御守おもりは無理だ~」


秋成に代わって千紗の護衛を任されていた清太が泣き言を口にし始めていた。

その言葉通り、清太の顔は数日前と比べて疲れきった顔をしており、体つきも心なしかやせ細ったように見える。


「清太、お前の苦労は分かる。だが千紗姫様がお前に対て我が儘を言うのは、お前が信頼されている証だ。嘆かずとも良い。むしろ喜べ」


秋成の励ましに、清太は激しく首を横に振った。


「信頼してくれるのはありがてぇ。……でも、おいらはまだその信頼に応えるだけの器じゃねぇ。頼むから、おいらを姫さんから解放してくれよ、秋成の兄貴ぃ~!!」


清太の必死の懇願に、ムッとした様子で千紗が口を挟む。


「失礼な。お前に対して私はそこまでの我が儘を申してはおらぬだろ?」

「………」

まさかの千紗の発言に清太は目を見開いて、ギョッとした顔で千紗を見た。


「な、なんじゃ清太、その顔は? もう良い! もう清太にも頼まん!」


秋成の時と同様、清太の態度に拗ねた千紗は、そんな捨て台詞を吐きながら馬を下りる。
その様子を、千紗達が乗る馬と平行して歩く馬に貞盛と共に乗っていた朱雀帝が、すかさず口を挟んだ。


「では千紗姫様、是非私と一緒の馬に――」


だが、聞こえているのかいないのか、朱雀帝の提案は今回も華麗に無視されて、千紗は後方を歩く春太郎に向けて大声で命令した。


「春太郎、私は今日からお主の馬に乗る。私をお前の馬に乗せろ!」と。


千紗の下した命令に、現在の同乗者である清太は“ぱぁ”っと顔を輝かせるも、新たに指名された春太郎の顔からは一瞬にして血の気が引いていく。


「で、でも姫様、僕の馬にはヒナを乗せているから、姫様まで乗せては馬が可哀相だ……」


何とか千紗の命令を回避したいのか、春太郎は慌てて言い訳を口にする。
だが、春太郎が断る為に並べた言い訳はあっさりと千紗によって打ち砕かれてしまった。


「ヒナは清太の馬に乗れば良い。頼まれてくれぬな、ヒナ」


千紗のお願いに、素直にコクリと頷くヒナ。
ヒナが了承してしまっては、言い訳が通じない。
更に顔を青く染めながら、春太郎は絶望感に頭を抱え込むしかなかった。



「千紗姫様……だから私ならば喜んで千紗姫様を馬にお乗せすると申しているのに……」


そんな千紗達の遣り取りを、蚊帳の外から見ていた朱雀帝は、寂しげにそう小さく呟いた。



  ◆◆◆



さらに数日後――


「秋成の兄貴……僕も、もう限界だよ。姫様の御守りを変わって下さい……」


生気を吸われた青白い顔で、春太郎が必死にお願いする。
お願いされた秋成は、またかと面倒臭そうに清太の時と同じような励ましを春太郎に説き始める。


「春太郎、千紗姫様が我が儘を申されるのは、お主に心を許してるからであって」
「許してもらわなくて良いから、だから僕を一日も早く千紗姫様から解放して下さい。お願いします、秋成の兄貴~!」


だが、やはり返って来た言葉は清太と同じで、早く千紗から解放してくれと言う切実な訴え。

更にはこれまた数日前と同様に千紗まで会話に加わって来て――


「まったく、どいつもこいつも情けない! 私のどこが我が儘だと申すのだ!!」


癇癪を起こした千紗は、自分の何が悪いのかと、顔を真っ赤にして怒りながら春太郎に問い掛けた。

そしてやはり春太郎から返された反応は、数日前の清太同じ。「信じられない!」と言った驚きの表情。


「はぁ……自覚がないから厄介なんだ……」


同じような遣り取りを、何度繰り返すつもりなのかと、呆れかえった秋成が、堪らず春太郎に代わって口を開いた。

千紗の鋭い視線が秋成へと注がれる。

その視線さえも面倒だと言わんばかりにポリポリと頭をかきながら秋成は、千紗に対する辛辣な批判を無遠慮に突きつけた。


「貴方様は、よく言えば好奇心旺盛。悪く言えば落ち着きがない。何かに興味を示せば、周りの制止も聞かず興味の示すままに追いかけて行こうとなさる。危険な事にも自ら進んで首を突っ込んで行くのだからたちが悪い。だから片時も目を離せず、次は何を仕出かすのかと、一日中気をもんでいなければならないのです。それがどれ程大変か。周りが貴方を我が儘だと言う理由はそれですよ」
「くっ…………」


秋成が示した批判点には、思い当たるふしが有りすぎて流石の千紗も反論が出来なかった。

道端に咲く花を見つければ許可もなく馬を下りて摘みに走り、皆が怖がる薄気味悪い森の中でも奥へ奥へと構わず足を踏み入れた。お腹が減ったらそこら辺に生えている植物の実を食べ、人と出会えば誰彼構わず馴れ馴れしく話しかけた。

それら全てに周りからは制止の声が上がっていたのに、全く聞く耳を持たずに好奇心のままに行動し続けて来たのだから。


「だから言ったでしょう、俺は十分貴方に優しくしていると。文句を言いながらも貴方の我が儘に付き合って来たのだから。貴方の我が儘に付き合い続ける事が出来るのは、この中では俺くらいしかいないんですよ。ご理解頂けましたなら、これ以上犠牲者が出ないうちに、大人しく俺の馬に……」

「嫌じゃ!!」

「って……言ってる側からまた我が儘を。貴方が嫌だと申されても、清太と春太郎には断られているのです。もう他に選択肢はないでしょう」

「それは………」


確かに二人揃って拒否されては、もう秋成以外の選択肢は無いに等しい。

それでも今更、引くに引けなくなってしまった千紗は頑なに秋成を拒み続けた。

そんな二人の言い争いに、これは好気とばかりに割って入る人間が現れる――

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...