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第一幕 板東編
千紗と秋成の大喧嘩
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「ふわ~…」
「眠そうですね、千紗姫様」
――次の日
昨日と同じく千紗が秋成の操る馬に揺られ坂東へと続く道を進んでいると、何度となく欠伸を繰り返す千紗に、秋成はそんな言葉を掛けた。
「……のう、秋成」
「はい?」
「昨日の夜、ヒナと何を話しておったのじゃ?」
「起きていらっしゃったのですか?」
「まぁな」
「それで先程から欠伸を?」
「……まぁな。で?主ら二人で何を仲良く話しておったのじゃ?」
「仲良く、だったかは分かりませんが、別に大した話はしていません。何せヒナは言葉を発することはありませんし、何より俺はヒナに嫌われていますから。ただ、彼女が眠れない様子だったので、眠るまで側に付き添っていただけです」
「嘘を申せ。どこが嫌われている。いつの間に仲良くなったかは知らぬが、ヒナは十分お前に懐いておるではないか。そもそもだ、他人に全く興味を示さない冷酷人間のお前が人に優しくする姿など私は初めて見たぞ。私にはいつも冷たい態度のくせに……何故ヒナには優しくする? お主、私とヒナに対しての扱いが随分と違うのではないか?」
千紗が少しムスっとした顔で、後ろに座る秋成の顔を見上げてくる。
秋成は思わず「はぁ?」と不満げに、顔を一瞬引き攣らせた。
「冷酷って……人聞きの悪い事言わないでください。お言葉ですが千紗姫様、俺は今まで貴方様の我が儘に文句も言わず付き合ってきたつもりです。それでも俺の優しさが足りないとおぢしゃるのですか?」
「文句も言わずだと? お主、散々に私の命令に逆らっておいて良く言う」
「それは、貴方様が無茶な命令をするからでしょう」
「ほらみろ、その口答え!私を小ばかにしたようなその目! その態度!! どこが優しいと申すのじゃ。ヒナには優しく出来て、何故私には出来ぬ。あきらかな態度の違いに、私は腹が立って仕方ない!!」
「…………はぁ」
また千紗の我が儘が始まったかと、秋成は面倒臭そうに大きな大きな溜息を吐いた。
そんな秋成の態度にカチンときたのか、千紗は彼の腹に肘鉄を食らわせる。
「い~~~っ……てぇじゃないですか! いきなり何すんですかあんたは!」
「ふん。躾のなっていない飼い犬に、主の威厳を見せつけたまでじゃ」
「はぁ~? ったく、何でそんなに不機嫌なのか知りませんが、貴方がもっとヒナのように女らしく、可愛げがあって、おしとやかだったら俺ももう少し優しく出来たかもしれませんね」
「…………」
秋成の言葉に、千紗は無言のまま二度目となる肘鉄を食らわせる。
「っ……」
今度は痛みで声もでないらしい秋成に、千紗は罵声を浴びせた。
「もうよい、下ろせ! 私は他の馬に乗る! お主などもう知らん!」
千紗が突然、歩みを止めぬままの馬から下りようとするものだから、秋成は慌てて馬を止めた。
先頭を歩く馬が急に歩みを止めたものだから、すぐ後ろを馬で歩いていた清太もびっくりして慌てて止まる。
そして言い争っている様子の二人の元へと馬を下り駆け寄った。
「姫さん、秋成の兄貴、急に止まってびっくりするじゃないか。一体どうしたって言うんだよ?」
「清太、お主良い所に来た。私をお前の馬に乗せろ」
「えぇ?! おいらの馬に姫さんを?!」
3人のやり取りに、今度は朱雀帝が駆け寄って来る。
3人が千紗の乗る馬について揉めていると知った朱雀帝は、ここぞとばかりに口を挟んだ。
「千紗姫様!千紗姫様、是非共私と共に馬に乗りましょう!!」
「なんだ、嫌だと申すか。清太」
だが、朱雀帝の存在に千紗は気づいていないのか、彼の発言は華麗に無視されてしまう。
清太はと言えば、困った様子で秋成に視線を向けていた。
清太のまるで救いを求めているかのような憂い目に、秋成は申し訳なく思いながらも観念しろとばかりに首を横に振って見せた。
「悪いな清太。千紗姫様は、俺の馬には乗りたくないらしい。嫌だと言うのだから仕方がない。お前の馬に乗せてやってくれ」
「そんなぁ、秋成の兄貴。姫様の相手なんておいらには無理だよ。そもそも、どうして姫さんは急にそんな事を言い出さんだよ。喧嘩でもしたのか兄貴?」
清太の問いに、秋成は短く「さぁな」とだけ答えると、ぷいと千紗から顔をそらして止めていた馬の歩みを再び進め始めた。
「あ、兄貴、ちょっと待ってよ。おいらを見捨てないでくれ。兄貴~」
秋成から見捨てられた清太は、今にも泣き出しそうな情けない声で秋成を呼ぶも、秋成はもう後ろを振り返る事はなかった。
千紗も千紗で、自力で清太の乗っていた馬によじ登ろうとしていて、どうやらもう清太に拒否権はなさそうだ。
「では清太、参ろうか!」
「うぅぅぅ……はぁい……」
もうこれは逃げられないと悟った清太は、げっそりとした顔で返事をして、何とも重い足取りで、自身の馬へと戻った。
そして千紗を乗せた先頭を行く秋成の後を追いかける。
手綱を握る人間の気持ち感じ取っているのか、清太と千紗、二人を乗せた馬の足取りもまた、とぼとぼと重たいものだった。
そしてこちら、完全に存在を無視されたままの朱雀帝はと言えば――
「千紗姫様……私ならば喜んでお乗せいたしますものを、何故お乗りくださらぬのか……」
千紗と清太の背中を寂しそうに見つめながら何とも寂しげに独り言を呟く。
朱雀帝の漏らした独り言は、勿論千紗の耳に届くはずはなく、風に攫われ虚しく空へ消えて行った。
「眠そうですね、千紗姫様」
――次の日
昨日と同じく千紗が秋成の操る馬に揺られ坂東へと続く道を進んでいると、何度となく欠伸を繰り返す千紗に、秋成はそんな言葉を掛けた。
「……のう、秋成」
「はい?」
「昨日の夜、ヒナと何を話しておったのじゃ?」
「起きていらっしゃったのですか?」
「まぁな」
「それで先程から欠伸を?」
「……まぁな。で?主ら二人で何を仲良く話しておったのじゃ?」
「仲良く、だったかは分かりませんが、別に大した話はしていません。何せヒナは言葉を発することはありませんし、何より俺はヒナに嫌われていますから。ただ、彼女が眠れない様子だったので、眠るまで側に付き添っていただけです」
「嘘を申せ。どこが嫌われている。いつの間に仲良くなったかは知らぬが、ヒナは十分お前に懐いておるではないか。そもそもだ、他人に全く興味を示さない冷酷人間のお前が人に優しくする姿など私は初めて見たぞ。私にはいつも冷たい態度のくせに……何故ヒナには優しくする? お主、私とヒナに対しての扱いが随分と違うのではないか?」
千紗が少しムスっとした顔で、後ろに座る秋成の顔を見上げてくる。
秋成は思わず「はぁ?」と不満げに、顔を一瞬引き攣らせた。
「冷酷って……人聞きの悪い事言わないでください。お言葉ですが千紗姫様、俺は今まで貴方様の我が儘に文句も言わず付き合ってきたつもりです。それでも俺の優しさが足りないとおぢしゃるのですか?」
「文句も言わずだと? お主、散々に私の命令に逆らっておいて良く言う」
「それは、貴方様が無茶な命令をするからでしょう」
「ほらみろ、その口答え!私を小ばかにしたようなその目! その態度!! どこが優しいと申すのじゃ。ヒナには優しく出来て、何故私には出来ぬ。あきらかな態度の違いに、私は腹が立って仕方ない!!」
「…………はぁ」
また千紗の我が儘が始まったかと、秋成は面倒臭そうに大きな大きな溜息を吐いた。
そんな秋成の態度にカチンときたのか、千紗は彼の腹に肘鉄を食らわせる。
「い~~~っ……てぇじゃないですか! いきなり何すんですかあんたは!」
「ふん。躾のなっていない飼い犬に、主の威厳を見せつけたまでじゃ」
「はぁ~? ったく、何でそんなに不機嫌なのか知りませんが、貴方がもっとヒナのように女らしく、可愛げがあって、おしとやかだったら俺ももう少し優しく出来たかもしれませんね」
「…………」
秋成の言葉に、千紗は無言のまま二度目となる肘鉄を食らわせる。
「っ……」
今度は痛みで声もでないらしい秋成に、千紗は罵声を浴びせた。
「もうよい、下ろせ! 私は他の馬に乗る! お主などもう知らん!」
千紗が突然、歩みを止めぬままの馬から下りようとするものだから、秋成は慌てて馬を止めた。
先頭を歩く馬が急に歩みを止めたものだから、すぐ後ろを馬で歩いていた清太もびっくりして慌てて止まる。
そして言い争っている様子の二人の元へと馬を下り駆け寄った。
「姫さん、秋成の兄貴、急に止まってびっくりするじゃないか。一体どうしたって言うんだよ?」
「清太、お主良い所に来た。私をお前の馬に乗せろ」
「えぇ?! おいらの馬に姫さんを?!」
3人のやり取りに、今度は朱雀帝が駆け寄って来る。
3人が千紗の乗る馬について揉めていると知った朱雀帝は、ここぞとばかりに口を挟んだ。
「千紗姫様!千紗姫様、是非共私と共に馬に乗りましょう!!」
「なんだ、嫌だと申すか。清太」
だが、朱雀帝の存在に千紗は気づいていないのか、彼の発言は華麗に無視されてしまう。
清太はと言えば、困った様子で秋成に視線を向けていた。
清太のまるで救いを求めているかのような憂い目に、秋成は申し訳なく思いながらも観念しろとばかりに首を横に振って見せた。
「悪いな清太。千紗姫様は、俺の馬には乗りたくないらしい。嫌だと言うのだから仕方がない。お前の馬に乗せてやってくれ」
「そんなぁ、秋成の兄貴。姫様の相手なんておいらには無理だよ。そもそも、どうして姫さんは急にそんな事を言い出さんだよ。喧嘩でもしたのか兄貴?」
清太の問いに、秋成は短く「さぁな」とだけ答えると、ぷいと千紗から顔をそらして止めていた馬の歩みを再び進め始めた。
「あ、兄貴、ちょっと待ってよ。おいらを見捨てないでくれ。兄貴~」
秋成から見捨てられた清太は、今にも泣き出しそうな情けない声で秋成を呼ぶも、秋成はもう後ろを振り返る事はなかった。
千紗も千紗で、自力で清太の乗っていた馬によじ登ろうとしていて、どうやらもう清太に拒否権はなさそうだ。
「では清太、参ろうか!」
「うぅぅぅ……はぁい……」
もうこれは逃げられないと悟った清太は、げっそりとした顔で返事をして、何とも重い足取りで、自身の馬へと戻った。
そして千紗を乗せた先頭を行く秋成の後を追いかける。
手綱を握る人間の気持ち感じ取っているのか、清太と千紗、二人を乗せた馬の足取りもまた、とぼとぼと重たいものだった。
そしてこちら、完全に存在を無視されたままの朱雀帝はと言えば――
「千紗姫様……私ならば喜んでお乗せいたしますものを、何故お乗りくださらぬのか……」
千紗と清太の背中を寂しそうに見つめながら何とも寂しげに独り言を呟く。
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