時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 板東編

小さな恋の軌跡②

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その日の夜は、運良く見つけた神社のお社を宿に借りる事となった。


「なんだ、この汚なさは。埃っぽいうえに蜘蛛の巣だらけ。我にこんな所で寝起きをしろと申すのか?それにこの貧相な食べ物は何だ? 米は形を成してはおずドロドロ。こっちの黄色い物体は奇妙な匂いを放っておるぞ。本当にこれは人が食して良いものなのか?」

だが一人、不満顔の朱雀帝。
食事時、寝床に対する不満から始まりヒナが用意した夕食に対する不満を漏らし始める朱雀帝。
道中も散々聞かされた不満に、またかと呆れた様子の秋成は小さく溜息を吐いた。


「嫌なら食わなければよいだろう」


そしてただ一言、何とも冷たい言葉で朱雀帝を突き放す。

ヒナも清太も春太郎も、秋成とは全く同意見らしく、朱雀帝を慰める者は誰もいなかった。

それどころか3人は、バチバチ火花をぶつかり合わせる秋成と朱雀帝の遣り取りにはもうすっかり慣れた様子で、全く気にした様子も見せず、ただもくもくと食事を続けていた。

一人、貞盛だけが慌てた様子で朱雀帝を慰めるべく口を開く。
だが貞盛より先に、意外にも千紗が不機嫌な朱雀帝へ向けて声を掛けた。



「チビ助、食べないのならば変わりに私が食べよう。せっかくヒナが用意してくれたものだ。残してしまってはもったいない」

「……千紗姫様、それでは私のお腹が満たされません」

「ならば文句を言わず食うしかあるまい。お主、父上の前で約束したであろう。旅の間贅沢はせぬと。私を坂東へ連れて行くと申したあの言葉は嘘だったのか?」

「それは…………」


千紗の窘めに、それ以上なんの反論も出来なくなった朱雀帝は、渋々とドロドロの粥へ箸をつけ始めた。

案外素直な彼の様子を満足そうに見守る千紗。
どうやら千紗は、朱雀帝の扱いが少し分かってきたようだ。

慣れてしまえば可愛いものと、千紗はクスリと小さく笑った。

今朝見た朱雀帝の姿が気になって、千紗はどこか今までのように彼を突き放せなくなっていたのかもしれない。




食事を終えて、まだ日が沈んだばかりだと言うのに千紗達は早くも床に入る。

明日もまた一日動きっぱなしなわけなのだから、疲れを残さない為にもその日は早く就寝を迎える事になったのだ。
 
持って来ていた荷物で仕切りを作り、男女で床を分ける。
ここでも朱雀帝が、「千紗と一緒に寝るのだ」と駄々をこね周囲を困らせたが、秋成のゲンコツですぐに大人しくなった。

今の季節は秋。

秋も深まりはじめた最近は、夜になると少し肌寒く感じる。

千紗は持ってきていた着物を掛布に使い、それをヒナと共有して眠りにつく事に。

皆が寝静まった中、秋成だけは見張りの為眠る事をせず、壁に寄り掛かりながら座していた。

しんと静まり返った社内、外から聞こえる虫の音が耳に心地好い。

暫くの間、虫の音に耳を澄ませていると、突然に一人、ムクリと起き上がる姿があった。


「……すまないヒナ、起こしてしまったか?」


物音でも立てて起こしてしまったかと、秋成は起き上がったヒナに向けて小声で質問する。
と、ヒナはふるふると小さく首を横に振ってみせた。


「ならば眠れないのか?」


二度目の質問に、再び首は横に振られる。

では一体どうしたと言うのだろうか?

秋成が首を傾げると、ヒナは荷物を漁り出し、何かを持って秋成の元へ近付いて来た。

ヒナが荷物の中から持ってきたもの。
それは掛布用にともう一枚持ってきていた着物だった。

それをヒナが秋成へかけてやる。



「あぁ、すまない。気を遣わせてしまったか。けれど俺なら大丈夫だ。これはお前が使うと良い」

「…………」


秋成の言葉に今度は何の反応も返さないまま、ヒナはちょこんと秋成の隣に座った。


「今日は疲れただろう。明日も早い、お前はもう寝ると」


秋成の言葉を遮って、三度目の今回は激しく首を横に振ってみせるヒナ。
激しい否定に秋成はやっと、ヒナの真の行動の理由を理解した、そんな気がした。


「……もしかして、お前も一緒に見張りをしてくれるのか?」


何度目かの問い掛けに、やっとコクんと頷くヒナ。
と同時に「くしゅん」と小さくくしゃみをした。

彼女なりの気遣いに、秋成は小さく微笑みながら「寒いだろ。ほら、こっちに来い」と、くしゃみをしたヒナをそっと自分の元へと抱き寄せると、彼女がかけてくれた着物を半分わけてやる。

1枚の着物に二人で包まった瞬間、ヒナの頬はほのかに赤く染まった。


そんなヒナの様子など、秋成は全く気づいてはいないだろう。けれどヒナは、秋成の与える温もりに、一人胸の高鳴りと喜びを感じて、秋成の腕の中嬉しそうにはにかんでいた。

社内に小さく聞こえていた秋成の話し声。
いつの間に目を覚ましていたのか、千紗は月明かりが差し込む薄暗い社の中、ぼんやりと見える二人の寄り添う影を、少し離れた場所から暫くの間、静観していた。

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