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第一幕 板東編
朱雀帝の過去
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「秋成、京を出る前に少し寄りたい所があるのだが、良いか?」
「寄りたい所?」
「あぁ」
藤原の屋敷を出発して、まださほど時間が経っていないと言うのに、早くも寄り道したいと口にする千紗。
列の先頭で馬を牽いていた秋成は、千紗の言葉に従い道をはずれた。
「ん? 秋成の兄貴~、兄貴は今、何処へ向かっているんだ?」
彼の後ろを付いてきていた清太達が、寄り道の目的地付近まで来て、やっと本来の道から逸れていた事に気付き声を上げる。
「ここだ。姫様が平安京を出る前に、旅の無事を祈って参拝したいと、おっしゃられたので」
そう言いながら秋成は、『火雷天神』と書かれた石碑の建つ、小さな神社の前で馬を止めた。
ここは昔、嵐の中行方不明になった千紗の弟、高志を探しに迷い込んだ、あの神社。
「ほぉ、千紗姫様は良いご趣味をしていらっしゃいますな。まさか旅の祈願に呪いの神社でお参りとは」
どこか嫌みたらしく言う貞盛。
「呪いの神社?」
何の事かと千紗は首を傾げた。
「おや、ご存知ないのですか? 火雷天神と言えば雷を司る神だ。雷と言えば……6年前に清涼殿で起こった落雷事件は記憶に新しい」
清涼殿とは――
天皇の私的区域である内裏、その内裏の中にある天皇が日常生活を送っていた場所。
その清涼殿に6年前、落雷が直撃したのだ。
まるで……天皇を狙ったかのように。
丁度その時間、清涼殿では公卿や官人を集めて会議が開かれており、出席していた数人の官僚達が命を落とした。
この時の落雷事件は清涼殿落雷事件と呼ばれ、今も多くの者の心に傷を残している。
勿論、太政大臣を父に持つ千紗の耳にも、聞こえ届いている事件ではあった。が、その事件と火雷天神が一体何の関係があると言うのだろうか?
千紗は眉を歪めて不機嫌そうに、ありのまま抱いた疑問を貞盛にぶつけた。
「それが一体なんだと言うのだ?」
「祟りですよ。あの事件は、菅原道真公が怨霊となって引き起こした祟りだともっぱらの噂です。事件の生き残りは、皆口を揃えてこう言うのだそうです。道真公が空へと消えて行く姿を見たと。そしてあの事件以来、道真公は火雷天神となって京を滅ぼそうとしているのだ。そんな怨霊とも、祟り神とも恐れられている神に、旅の祈願をお願いされるとは……貴方も面白い人だ」
「馬鹿を言え。火雷天神とは元々京の、この北野の地に根付く地主神様だ。祟り神呼ばわりとは、それこそ罰が当たるぞ。それにたとえ京で火雷天神が道真公の怨霊だと噂されていたとして、噂が広まる以前からこの場所は私にとって思い入れの強い場所でな。幼い頃から世話になり、信仰してきた神社だ。その神社に旅の安全をお参りに来て何が悪い。正直言って京の人々の噂など私にはどうでも良い。自分自身が信じていれば必ず加護はあるはずだ」
世間の噂に惑わされることなく、己の意思をはっきりと主張した千紗。
だがそんな千紗の主張とは反対に、噂を信じ恐怖に怯える人間がここには一人存在していた。
「………れる………兄上や父上のように……私まで呪い殺される………」
「帝?急にどうなされたのですか?」
「死にたくない……私はまだ、死にたくなどない……」
そう、朱雀帝だ。
内裏に住まい、清涼殿落雷事件を間近で経験したであろう朱雀帝。彼は今なお心に深い傷を負っている一人。
貞盛と千紗の会話に朱雀帝は暫く小刻みに震えていた。
次第に震えは混乱へと代わり、ついには馬上で暴れ出す。
恐怖のあまり馬を降り、その場から逃げ出そうとするも、乗馬の経験がない朱雀帝は降りるに降りられず、ついには体制を崩して落馬してしまった。
「寄りたい所?」
「あぁ」
藤原の屋敷を出発して、まださほど時間が経っていないと言うのに、早くも寄り道したいと口にする千紗。
列の先頭で馬を牽いていた秋成は、千紗の言葉に従い道をはずれた。
「ん? 秋成の兄貴~、兄貴は今、何処へ向かっているんだ?」
彼の後ろを付いてきていた清太達が、寄り道の目的地付近まで来て、やっと本来の道から逸れていた事に気付き声を上げる。
「ここだ。姫様が平安京を出る前に、旅の無事を祈って参拝したいと、おっしゃられたので」
そう言いながら秋成は、『火雷天神』と書かれた石碑の建つ、小さな神社の前で馬を止めた。
ここは昔、嵐の中行方不明になった千紗の弟、高志を探しに迷い込んだ、あの神社。
「ほぉ、千紗姫様は良いご趣味をしていらっしゃいますな。まさか旅の祈願に呪いの神社でお参りとは」
どこか嫌みたらしく言う貞盛。
「呪いの神社?」
何の事かと千紗は首を傾げた。
「おや、ご存知ないのですか? 火雷天神と言えば雷を司る神だ。雷と言えば……6年前に清涼殿で起こった落雷事件は記憶に新しい」
清涼殿とは――
天皇の私的区域である内裏、その内裏の中にある天皇が日常生活を送っていた場所。
その清涼殿に6年前、落雷が直撃したのだ。
まるで……天皇を狙ったかのように。
丁度その時間、清涼殿では公卿や官人を集めて会議が開かれており、出席していた数人の官僚達が命を落とした。
この時の落雷事件は清涼殿落雷事件と呼ばれ、今も多くの者の心に傷を残している。
勿論、太政大臣を父に持つ千紗の耳にも、聞こえ届いている事件ではあった。が、その事件と火雷天神が一体何の関係があると言うのだろうか?
千紗は眉を歪めて不機嫌そうに、ありのまま抱いた疑問を貞盛にぶつけた。
「それが一体なんだと言うのだ?」
「祟りですよ。あの事件は、菅原道真公が怨霊となって引き起こした祟りだともっぱらの噂です。事件の生き残りは、皆口を揃えてこう言うのだそうです。道真公が空へと消えて行く姿を見たと。そしてあの事件以来、道真公は火雷天神となって京を滅ぼそうとしているのだ。そんな怨霊とも、祟り神とも恐れられている神に、旅の祈願をお願いされるとは……貴方も面白い人だ」
「馬鹿を言え。火雷天神とは元々京の、この北野の地に根付く地主神様だ。祟り神呼ばわりとは、それこそ罰が当たるぞ。それにたとえ京で火雷天神が道真公の怨霊だと噂されていたとして、噂が広まる以前からこの場所は私にとって思い入れの強い場所でな。幼い頃から世話になり、信仰してきた神社だ。その神社に旅の安全をお参りに来て何が悪い。正直言って京の人々の噂など私にはどうでも良い。自分自身が信じていれば必ず加護はあるはずだ」
世間の噂に惑わされることなく、己の意思をはっきりと主張した千紗。
だがそんな千紗の主張とは反対に、噂を信じ恐怖に怯える人間がここには一人存在していた。
「………れる………兄上や父上のように……私まで呪い殺される………」
「帝?急にどうなされたのですか?」
「死にたくない……私はまだ、死にたくなどない……」
そう、朱雀帝だ。
内裏に住まい、清涼殿落雷事件を間近で経験したであろう朱雀帝。彼は今なお心に深い傷を負っている一人。
貞盛と千紗の会話に朱雀帝は暫く小刻みに震えていた。
次第に震えは混乱へと代わり、ついには馬上で暴れ出す。
恐怖のあまり馬を降り、その場から逃げ出そうとするも、乗馬の経験がない朱雀帝は降りるに降りられず、ついには体制を崩して落馬してしまった。
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