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第一幕 板東編
旅立ちの時
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――3日後・早朝
不安を抱えながらもついに、千紗達が坂東へ旅立つ日の朝を迎えた。
旅支度を整えた千紗や朱雀帝、彼女らの旅に同行する面々が続々と藤原屋敷の門の前へと集まり来る。
「千紗……お前、その髪型は……?」
「どうです父上? 似合いますか? 気合いを入れる為に、キヨに髪を上げてもらいました」
「…………我が娘ながら、なんと奇抜な……まるで男子のようじゃな」
娘との暫しの別れを惜しむべく、かけた忠平の餞の言葉。
その第一声は、娘の奇抜な髪型への驚きの声だった。
この時代の貴族の女性は、髪を結わずにおろしているのが一般的とされ、また、髪が長ければ長い程に美しいとされていた時代。
そんな時代の風潮の中、千紗は美しさの象徴であるはずの髪を後ろで一つ、小さなお団子をつくって束ねていた。
その団子の形成に一役買っていたのは2年前、秋成が小次郎からだと偽り千紗へと送ったあの簪。
「奇抜? そうですか? 私はこの髪型、気に入っているのですが」
「なにゆえ突然、そのような髪型に?」
「言ったでしょう。気合いを入れる為にと。今までのように短い髪を垂れ流しにしていたのでは邪魔で邪魔で仕方がないので。それに、せっかく貰ったのだから使ってやらねば勿体ない」
そう言って、千紗はそっと簪を触った。
「ん? 簪? そのようなものを、どうしてお前が?」
「これは……貰ったのです。無知なお人好しから」
「?」
どこか嬉しそうに話す娘の言葉の意味が分からず、忠平は一人首を傾げるも、だがそれ以上は口を挟む事を止め、大人しく旅立とうとする娘の姿を送り出す事にした。
「まぁ良い。今更お前の身なりに口を挟んだ所で聞く耳など持たぬだろう」
「よくお分かりで」
「良いか、くれぐれも道中気をつけて行くのだぞ。秋成達に我が儘を言って迷惑をかけぬよう。従兄弟である寛明様の事は、本当の弟だと思ってお前がしっかりと面倒を見てやるのだ。分かったな千紗」
「分かっておりますとも父上。それより父上? 先程から気になっていたのですが、あそこにいる見慣れない者は誰ですか?」
千紗は、共に旅する為にと集められた者の中に、一人見知らぬ男がいることに気づいて忠平に問うた。
旅の共は、藤原屋敷に仕える者達であるはず。
その顔ぶれは、護衛として武士団の者の中から千紗が絶対の信頼を寄せる秋成。それから2年前の誘拐事件を機に武士団の仲間に加わった元盗賊の少年、清太と春太郎。
身の回りの世話係として、同じく誘拐事件を機に藤原屋敷の雑仕女となったヒナが選ばれた。
皆、藤原屋敷に仕える気心の知れた者ばかり。
だが一人だけ、本当に全く見覚えのない者が混じっていたのだ。
「おお、そうか。お前はあの男に会うのは初めてか。あの者には道案内を頼んでいるのだ」
「道案内?」
「そうだ。知らぬ土地に行くのだから、地理に詳しい者が必要であろう。あの者は坂東出身の者でな、前々から私の家人を申し出てくれておったのだが、この機会に受け入れる事にした。初仕事から大変な事をお願いしてしまったが、快く引き受けてくれて良かった。まぁ、それだけ実家の事が心配だったのかもしれぬがな。名は平太郎貞盛」
「平……太郎……?」
「あぁ、小次郎の従兄弟にあたる男だ」
「小次郎の従兄弟?」
忠平から告げられた事実に驚いた顔で千紗は貞盛と呼ばれた男に視線を向けた。
その男は、身長は高いが体つきは細くひょろっとしていて、護衛の面ではどこか頼りない印象を受ける。
どちらかと言えば貴族のような華やかさを纏う優男。
野性的で荒々しい印象の小次郎とは似ても似つかない。
あの男が、小次郎の従兄弟っとは、千紗は信じられないと言った顔で暫くの間、貞盛を見つめていた。
千紗の視線に気付いたのか、貞盛が二人の元へと近づいて来る。
「これはこれは初めまして、千紗姫様。貴方のようなお美しい方とお会い出来た事、嬉しく思います。私は小次郎の従兄弟で平太郎貞盛。忠平様より貴方様を坂東までお連れする命を授かりました。長い旅路となりましょうが、今日から宜しくお願い致します」
ニッコリと、爽やかな笑顔を浮かべて貞盛は自己紹介をした。
貞盛の自己紹介に、千紗の代わりに忠平が答える。
「では貞盛、千紗の事、頼んだぞ」
「はい、忠平様。必ずや無事に皆様方を坂東までお連れ致します。この私に全てお任せ下さい。さあでは千紗姫様、参りましょうか」
忠平に一礼して後、貞盛はすっと千紗に向かって手を差し出した。
自分が乗る馬へ招こうと言う貞盛からのお誘いだ。
だが千紗は、貞盛が差し出した手を無視して秋成の元へと足を進めた。
「秋成、私はそなたの馬に乗って行くぞ。手を貸せ」
千紗の命令に、秋成は無言で手を差し出した。
「おやおや。フラれてしまいましたか。残念」
貞盛は、さほど残念がってはいない様子で千紗達を見つめながら、笑顔を浮かべたまま一言そう呟いた。
「……良かったのですか姫様? あの男の申し出を断って」
貞盛から向けられる視線に、秋成はチラリと貞盛の方を見ながら、千紗に小声でそっと聞いた。
「構わん。……私は口だけが達者な男は好かん」
秋成の疑問に、何故か不機嫌な様子でそう答える千紗。
千紗の態度から秋成は、千紗が貞盛と言う男に抱いたであろう苦手意識を感じて、それ以上詮索する事をやめた。
不安を抱えながらもついに、千紗達が坂東へ旅立つ日の朝を迎えた。
旅支度を整えた千紗や朱雀帝、彼女らの旅に同行する面々が続々と藤原屋敷の門の前へと集まり来る。
「千紗……お前、その髪型は……?」
「どうです父上? 似合いますか? 気合いを入れる為に、キヨに髪を上げてもらいました」
「…………我が娘ながら、なんと奇抜な……まるで男子のようじゃな」
娘との暫しの別れを惜しむべく、かけた忠平の餞の言葉。
その第一声は、娘の奇抜な髪型への驚きの声だった。
この時代の貴族の女性は、髪を結わずにおろしているのが一般的とされ、また、髪が長ければ長い程に美しいとされていた時代。
そんな時代の風潮の中、千紗は美しさの象徴であるはずの髪を後ろで一つ、小さなお団子をつくって束ねていた。
その団子の形成に一役買っていたのは2年前、秋成が小次郎からだと偽り千紗へと送ったあの簪。
「奇抜? そうですか? 私はこの髪型、気に入っているのですが」
「なにゆえ突然、そのような髪型に?」
「言ったでしょう。気合いを入れる為にと。今までのように短い髪を垂れ流しにしていたのでは邪魔で邪魔で仕方がないので。それに、せっかく貰ったのだから使ってやらねば勿体ない」
そう言って、千紗はそっと簪を触った。
「ん? 簪? そのようなものを、どうしてお前が?」
「これは……貰ったのです。無知なお人好しから」
「?」
どこか嬉しそうに話す娘の言葉の意味が分からず、忠平は一人首を傾げるも、だがそれ以上は口を挟む事を止め、大人しく旅立とうとする娘の姿を送り出す事にした。
「まぁ良い。今更お前の身なりに口を挟んだ所で聞く耳など持たぬだろう」
「よくお分かりで」
「良いか、くれぐれも道中気をつけて行くのだぞ。秋成達に我が儘を言って迷惑をかけぬよう。従兄弟である寛明様の事は、本当の弟だと思ってお前がしっかりと面倒を見てやるのだ。分かったな千紗」
「分かっておりますとも父上。それより父上? 先程から気になっていたのですが、あそこにいる見慣れない者は誰ですか?」
千紗は、共に旅する為にと集められた者の中に、一人見知らぬ男がいることに気づいて忠平に問うた。
旅の共は、藤原屋敷に仕える者達であるはず。
その顔ぶれは、護衛として武士団の者の中から千紗が絶対の信頼を寄せる秋成。それから2年前の誘拐事件を機に武士団の仲間に加わった元盗賊の少年、清太と春太郎。
身の回りの世話係として、同じく誘拐事件を機に藤原屋敷の雑仕女となったヒナが選ばれた。
皆、藤原屋敷に仕える気心の知れた者ばかり。
だが一人だけ、本当に全く見覚えのない者が混じっていたのだ。
「おお、そうか。お前はあの男に会うのは初めてか。あの者には道案内を頼んでいるのだ」
「道案内?」
「そうだ。知らぬ土地に行くのだから、地理に詳しい者が必要であろう。あの者は坂東出身の者でな、前々から私の家人を申し出てくれておったのだが、この機会に受け入れる事にした。初仕事から大変な事をお願いしてしまったが、快く引き受けてくれて良かった。まぁ、それだけ実家の事が心配だったのかもしれぬがな。名は平太郎貞盛」
「平……太郎……?」
「あぁ、小次郎の従兄弟にあたる男だ」
「小次郎の従兄弟?」
忠平から告げられた事実に驚いた顔で千紗は貞盛と呼ばれた男に視線を向けた。
その男は、身長は高いが体つきは細くひょろっとしていて、護衛の面ではどこか頼りない印象を受ける。
どちらかと言えば貴族のような華やかさを纏う優男。
野性的で荒々しい印象の小次郎とは似ても似つかない。
あの男が、小次郎の従兄弟っとは、千紗は信じられないと言った顔で暫くの間、貞盛を見つめていた。
千紗の視線に気付いたのか、貞盛が二人の元へと近づいて来る。
「これはこれは初めまして、千紗姫様。貴方のようなお美しい方とお会い出来た事、嬉しく思います。私は小次郎の従兄弟で平太郎貞盛。忠平様より貴方様を坂東までお連れする命を授かりました。長い旅路となりましょうが、今日から宜しくお願い致します」
ニッコリと、爽やかな笑顔を浮かべて貞盛は自己紹介をした。
貞盛の自己紹介に、千紗の代わりに忠平が答える。
「では貞盛、千紗の事、頼んだぞ」
「はい、忠平様。必ずや無事に皆様方を坂東までお連れ致します。この私に全てお任せ下さい。さあでは千紗姫様、参りましょうか」
忠平に一礼して後、貞盛はすっと千紗に向かって手を差し出した。
自分が乗る馬へ招こうと言う貞盛からのお誘いだ。
だが千紗は、貞盛が差し出した手を無視して秋成の元へと足を進めた。
「秋成、私はそなたの馬に乗って行くぞ。手を貸せ」
千紗の命令に、秋成は無言で手を差し出した。
「おやおや。フラれてしまいましたか。残念」
貞盛は、さほど残念がってはいない様子で千紗達を見つめながら、笑顔を浮かべたまま一言そう呟いた。
「……良かったのですか姫様? あの男の申し出を断って」
貞盛から向けられる視線に、秋成はチラリと貞盛の方を見ながら、千紗に小声でそっと聞いた。
「構わん。……私は口だけが達者な男は好かん」
秋成の疑問に、何故か不機嫌な様子でそう答える千紗。
千紗の態度から秋成は、千紗が貞盛と言う男に抱いたであろう苦手意識を感じて、それ以上詮索する事をやめた。
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