時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
49 / 287
第一幕 板東編

条件

しおりを挟む
「いいですか。まず条件1つ目、共に連れて行く者は極力人数を減らします。そうですね……護衛に我が屋敷に仕える武士団の者達の中から3名。身の回りの世話をする侍女を1名。それから、一人道案内をつけましょう」

「全部で5人? ちょっと待て、共がたったのそれだけか? ちと人数が少なすぎるのではないか? 少なくとも数百は欲しいだろう」


予想もしていなかった条件の提示に、朱雀帝が慌てて口を挟む。


「そんな大人数を、連れていかれては困ります。そもそも帝の不在は周囲には秘密とします。私と、私の周りの極限られた信用できる人間にしか知らせません。故に共は我が屋敷から数人に絞らせて頂きます。それと人数を減らす事にはもう一つの意味がございます」

「もう一つの意味?」

「はい、賊に襲われる危険を減らす為です」

「逆ではないか? 人数が少なくては、もし賊に襲われるような事態に襲われた時、護衛の手が足りず、我と千紗姫は危険な目に遭うやもしれぬ」

「いいえ、人数が多くてはかえって目立ってしまう。人数が少なければ、そもそも狙われる危険も減るはず。それと同じ理由で、条件2つ目。千紗と帝には、それぞれこれを着てもらいます」


そう言って、忠平は着物がしまってある衣装箱の中から、あるうす汚れた着物を取り出して来た。

それは、昔よく忠平が、妻の順子と共に京の街へ、お忍びで出掛けた際に着ていたもの。


「こ……こんな薄汚れたものを我に着ろと申すのか。そもそもこれは本当に身に纏う物か? 見るからに生地が薄く、そのくせ堅い。袖などすり切れてボロボロではないか」

「帝、多くの民人達は、これを着て生活しています。帝もこれを着る事で、民人に紛れられる。民人に紛れられれば、賊に襲われる心配も少しは減らせましょう」

「だからと言って、こんな汚いもの……絶対に着たくない。我は嫌じゃ!」


我が儘を言い出した朱雀帝に、しめたとばかりにニッコリ微笑む忠平。


「では坂東へ行くのは諦めて下さいますな」

「う゛……………」


弱みを握られ、言葉に詰まった朱雀帝の頭を、すかさず千紗が後ろから“パシン”とはたいた。


「痛っ……」

「アホかお主は。父上の策に引っかかってどうする。たかだか着物を代えるくらい、わけないだろう。それに先程お主は、貴族社会以外の世界も見たいと申しておったではないか。民人達の事を知りたいのであれば、身なりから真似してみるのも一つの手だぞ。まずは文句を言わず着てみようではないか。と言うわけで父上、私はその条件でおおいに構いません」


千紗から返って来た何とも頼もしい言葉に、忠平が苦笑いを浮かべながら小さく零した。


「千紗……お前はお前で順応性が高過ぎて……困る」

「?」


忠平の零した言葉に、千紗は小さく首を傾げた。


「さて、では気を取り直して3つ目の条件に参りましょうか。今回の旅路、身なりだけに限らず普段のような贅沢を許すわけには参りません。二人には貴族と言う身分を隠して質素な旅をして頂きます。特に帝、貴方様はこの旅の中で、絶対に帝であると言う事を知られてはなりません。身分を隠す、その弊害にきっと道中食べる物に困る事もありましょう。宿に困る事も。贅沢は許されない、その生活は、今貴方が想像している以上に辛く苦しいものであるはず。それでも貴方は千紗の為、坂東へ行くと申されますかな?」

「…………」

「内裏しか知らぬ貴方様にとって、この旅はとても過酷なものとなるでしょう。貴方は本当にそれに耐えられますか? 引き返すのなら今ですよ」

「……………誰が引き返すものか。あぁ分かった、その条件全て呑もう。ボロでも何で着てやるさ。好いた女子の為、男が一度口にした決意をそう簡単に撤回するわけには行くまい! 我が必ず千紗姫を坂東までお連れする! この決意に変わりはない!!」


忠平の挑発に、朱雀帝は半ばやけくそに言い切った。
その朱雀帝の強い決意に、忠平も改めて覚悟を決める。


「分かりました。では出発は3日後と致しましょう。それまでにこの私が責任を持って全ての準備を進めておきます。帝がそれほどの覚悟を持って行くとおっしゃるのなら、私も出来うる限りの協力をさせて頂きますよ」


心からの笑顔を浮かべて、千紗と朱雀帝の坂東行きを許した忠平。

忠平の許可が正式に下りた喜びに、千紗は朱雀帝に抱き着いて喜んだ。

千紗に抱きつかれて緊張のあまり固まる朱雀帝。



「でかしたぞチビ助! ありがとうございます父上!!」


朱雀帝の次には忠平に抱きつく千紗。

そして最後に、庭で一部始終の話を聞いていたであろう秋成の元へと駆け下りて行く。


「秋成~! 秋成も聞いておったか?! これで、これでやっと小次郎に会いに行けるぞ!!」

「千紗姫様、いけません。このような場所に下りてこられては。しかも裸足で……」


秋成の忠告も無視して秋成の元へと駆け下りたそのままの勢いで抱きつく千紗。


「あぁ~~~~!! ち、千紗姫、そのような下賎の者にまで抱き着くとは……ええい、汚らわしい! お前のような汚い手で千紗姫に触れるな!」


千紗が秋成に抱きつく姿に、耳まで真っ赤に染めた朱雀帝が烈火の如く怒鳴って二人の元へと駆け寄って行く。


「だ、そうですよ千紗姫様。早く離れて下さい。暑苦しい」

「むむ。暑苦しいじゃと? そんな事を言われて、離れてなどやるものか!」

「こら~お前!早く姫様から離れろ~~~!!」



楽しげに秋成に抱き着く千紗。
千紗を秋成のもとから引き離そうと必死に間に割って入る朱雀帝。
面倒な二人に挟まれて、ただただ迷惑そうに顔をしかめる秋成。


そんなまだ幼い様子の三人の遣り取りを、一人離れた場所から眺めながら忠平は、許可を出してしまった事に激しい不安を覚えていた。


「本当に……大丈夫なのだろうか?この三人を坂東の地へ送り出してしまって……」





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

本能寺燃ゆ

hiro75
歴史・時代
 権太の村にひとりの男がやって来た。  男は、干からびた田畑に水をひき、病に苦しむ人に薬を与え、襲ってくる野武士たちを撃ち払ってくれた。  村人から敬われ、権太も男に憧れていたが、ある日男は村を去った、「天下を取るため」と言い残し………………男の名を十兵衛といった。  ―― 『法隆寺燃ゆ』に続く「燃ゆる」シリーズ第2作目『本能寺燃ゆ』     男たちの欲望と野望、愛憎の幕が遂に開ける!

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

処理中です...