時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 板東編

朱雀帝の我が儘

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「帝、何故このような場所に?」

「お主、まだおったのか?! 今はお主の相手などしている暇はない! とっとと帰れ!!」


朱雀帝の来訪を知らされていなかった忠平は、全く予想外の乱入者に驚いた様子。
反対に千紗はと言えば不機嫌そうに、侵入者を許した秋成をキツく睨みつけていた。

だが朱雀帝は、そんな二人の戸惑いや苛立ちなど、全く気にする様子もなく、興奮気味に突然、こう宣言した。


「千紗姫様!我が、我がお連れいたします!」と。


突然の朱雀帝の宣言に、ぽかん顔で「は?」と短く聞き返す千紗に、朱雀帝は目をキラキラ輝かせながらこう続ける。


「我が坂東まで千紗姫様をお連れいたします!我の力で、必ずや坂東の戦も止めてみせます!」と。


「「…………」」



朱雀帝の突拍子もない突然の提案に、千紗達親子は顔を見合わせ驚き合う。


「帝? 貴方様まで急に何を!?」

「だから、我が坂東まで千紗姫様をお連れするのだ!」

「ご自分の立場をお考え下さい。貴方様はこの国の最高権力者。その貴方が玉座を空けるなんて……そんな事をされては政が滞ってしまいます。帝の不在は国を揺るがす一大事になりかねませんぞ!」

「何故だ? 父上が亡くなって我が即位するまでの数年間、玉座は空いていた。それでも政は太政大臣のお主の力で滞りなく回っていたではないか。今回もお主がうまく政務を回してくれれば何の問題もあるまい?」

「帝、それは本気で言っているのですか? 無責任にも程があります。玉座を空けても問題ないなどと、そんな事、軽々しく言って良い事ではございません。今の発言は権力を奪われても構わないと言っているに等しい事柄。もし天皇家に変わって玉座を奪うような輩が現れても、そのような意識の低さでは何の文句も言えませんぞ。貴方は一国の主なのですから、もっと帝としての自覚をお持ちください」

「分かっておる。そう怒るな忠平。これは、自分の立場を考えてこその意見だ。我はこの国を背負って立つ身。なればこそ、もっと内裏以外の外の世界を知り、国の情勢を見聞きしたいと思ったのだ。我が留守の間、忠平には迷惑をかけるかもしれない……けれどこれは、お前を信じているからこそ言える我が儘。お前が太政大臣として我を支えてくれているからこそ。だから頼む忠平、我と千紗姫が坂東へ行く事をどうか許してくれ」


いつになく大人びた様子で懇願する朱雀帝に、忠平の心は揺れる。

朱雀帝の言う通り、これは彼を天皇として大きく成長させうる機会かもしれないと。

けれども――


「そうはおっしゃいましても……帝を危険だと分かっている地へ行かせる事、やはり認められるはずがありません。貴方様にもしもの事があったら……この国はどうなるか。そして何より皇太后様が悲しまれますぞ……」

「っ………………」

「分かってくださいますな」

「…………」


母、隠子の名を出された途端、顔色を変えて、急に何も言えなくなってしまった朱雀帝。

そんな朱雀帝に、千紗は容赦ないきつい言葉を浴びせた。


「何を黙っておるチビ助、その程度の反対で諦めるのか、なさけない。所詮お主は子供。帝と言えど、大人達の言いなりなのだな。たが私は違う。父上が何と言おうと、私は絶対坂東へ行く!」

「千紗……お前と言う奴は……」


朱雀帝を宥める事が出来たかと、少しほっとしたのも束の間、忠平は自身の娘、千紗の強情さに呆れながらも何とか諦めさせようと、再びの親子喧嘩が始められた。

すっかり茅の外となってしまった朱雀帝。
千紗と忠平、互いの意見を何の遠慮もなしに言い合っているのを聞きながら、何やら苦しそうに呟く。


「…………千紗姫様は……我が……」


今にも消え入りそうな、小さな小さな声で、何かと葛藤しながら絞り出すように呟いていた朱雀帝。

だが突然、何やら迷いを吹っ切ったように強い光を瞳に宿し、下に向けていた顔を持ち上げ、千紗と忠平親子の喧嘩を食ってかかる勢いで大きな声を張り上げ言った。


「千紗姫様は我が坂東へと連れて行く!!」と。


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