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第一幕 板東編
板東からの便り
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「姫様、またこのような場所にお出になられて」
「むむむ、キヨにヒナ。もう見つかってしまったか。主ら私を連れ戻しに来たのか?」
「お勉強の時間を抜け出して、何をなさっておいでですか千紗姫様?」
「これはだな……」
秋成の助っ人に現れたのは、千紗の身の回りの世話を任されている侍女のキヨと、雑仕女見習いのヒナ。
救世主であろう二人の登場に、秋成の口から今度は心からの安堵のため息が漏れた。
「まぁ、お説教は後ほどたっぷりするとして、姫様宛ての文を持ってまいりましたよ」
そう言って、手に持っていた一通の文をキヨが差し出す。
「文だと? そっれは小次郎からか? それともまた……」
キヨから差し出された文を、恐る恐る受け取り宛名を確認する千紗。
差出人の名前を確認した瞬間、千紗の眉間には深い深いシワが刻まれた。
そして中身を開くこともせずにビリビリと真っ二つに文を破り捨てた。
「あぁ、姫様、そのように読みもしないで破り捨てては、相手の方に失礼ですよ」
「うるさい! 毎日毎日飽きずによくも……。あぁ、うっとうしい!」
千紗の手によって、無惨にも破り捨てられた文。
足元に落ちて来たそれを片方拾い上げる秋成。
差出人には“寛明”と名が書かれていた。
千紗の自称許婚。
千紗の裳着の後、寛明こと朱雀帝の秘めた想いは瞬く間に都中へ広まり、都中から二人は許嫁だと噂されるようになっていた。
その噂を快く思った朱雀帝は、以来千紗の許嫁を“自称”しているのだ。
「秋成、そのような手紙、二度と私の目に入らぬように、何処かへ葬り去っておけ!」
「はい、姫様の仰せのままに」
「キヨも、もうこやつからの手紙をいちいち私に届けるな。お主の元で処分してくれ」
「しかし……」
千紗の命令に、素直に返事をした秋成は、拾ったそれをグシャリと握り潰して見せた。
反対にキヨは、困った顔でオロオロと狼狽える。
彼女のその視線は何故か千紗の後ろを気にしている様子で――
もしやと思った千紗は、振り返ってキヨの視線の行方を目で追った。
するとそこには、手紙の差し出し人である朱雀帝が、柱の後ろに隠れてこっそりとこちらを見つめている姿があった。
「お主、また勝手に人の屋敷に上がり込みおって!」
ただでさえイライラしている中、今一番会いたくない人物の登場に、千紗は声を荒げた。
その声は屋敷の外まで響いたらしく、朱雀帝の存在に気づいた野次馬連中は、ざわざわとざわめき出した。
秋成はと言えば、外にいる迷惑な野次馬連中に向けていたものと同じ、牽制するような鋭い視線で、朱雀帝を睨み付けていた。
「勝手にではございません。忠平に許可はとっています。どんなに文を認めても一向にお返事をいただけないので届いているのかと心配になり、様子を見に参ったのです。それがまさか……文が破り捨てられていたとは……酷いではないですか、千紗姫様!」
想いを込めて一生懸命認めた文を、目の前で破り捨てられた事実に抗議しようと、隠れていた柱から出てきた朱雀帝は、バンバンと足音荒千紗の元へと近づいて行く。
二年の歳月が過ぎ、千紗の目線の高さほどに伸びた身長を、更に近づけようと背伸びをしながら、必死に想いを
訴えた。
だが、健闘虚しく千紗は朱雀帝の訴えに全く耳を貸すことなく、彼の着物の襟元を乱暴に掴み上げると、庭にいる秋成の元へとそれを差し出し命令した。
「ええいうるさい! 秋成、このチビ助をつまみ出せ!」
千紗の命に、「御意」と短く答えた秋成は、何の躊躇いもなく千紗が差し出す朱雀帝の着物の襟を掴むと、己の力が最も及ぶ領域である庭へと、朱雀帝を引きずり下ろす。
「あぁ秋成様、また帝にその様な乱暴を働いて……また忠平様や、お義父上様に怒られてしまいますよ」
秋成の朱雀帝に対する乱暴な振る舞いに、オドオドした様子で助言するキヨ。
帝と言えば、この国一番の権力者。
それなのに秋成は
「俺は主の命にのみ服従する。俺の主は千紗姫様ただ一人。姫様に害を成す者であるならば、誰であろうと排除するのみだ」
相手が天皇だと言う事もお構いなしに、主の命にのみ恭順する姿勢を示す。
「ふん。相変わらず野蛮な飼い犬だな。いくら主の命だからと言え、我は天皇だ。天皇であるこの我に無礼を働くなど、到底許されることではないぞ。これ以上我の機嫌を損ねる前に、早くその汚い手を放せ!」
「…………」
「こら、聞いているのか? 早くこの手を放っ」
「秋成、そのうるさいチビを早うつまみ出せ!」
「御意」
「あぁ、こら放せ! 何をするのだこの無礼者!! 放せ、は~な~せ~~~!」
「主の命だ。悪く思うな」
「な……お前、いいのか! 今日は千紗姫のお耳に、ある噂を届けようと思ってやって来てたのだぞ。今ここで、聞かなかった事を後で後悔しても知らぬぞ!」
「構わん。今すぐこの屋敷からチビを摘まみ出せ秋成!」
「仰せのままに」
「まままま待て!待ってください千紗姫様!あなたは坂東が今、どんな事になっているのか知りたくはないのですか?」
「…………」
それまで千紗の言葉のみに耳を傾け、千紗の元から文字通り朱雀帝を引きずり放そうとしていた秋成だったが、彼の口から出た“坂東”の言葉に、ピタリと足を止めた。
それは秋成だけでなく、千紗の肩をもピクリと震わせた。
「秋成様? 姫様も急に固まられてどうなさったのですか?」
二人の緊張が伝わってきたのか、二人の様子にキヨとヒナは不思議そうに首を傾げた。
そんな二人とは対照的に、朱雀帝は一人含み笑いを浮かべて、こう言葉を続ける。
「坂東と言えば、昔この屋敷に仕えていた小次郎将門とか言う男の出身地。先程もその者から便りがないと、嘆いていたのでしょう?」
「何故坂東の事などお主に分かる?」
「千紗姫様、それは愚問と言うものですよ。だって我は天皇なのですから。我の元には各地の様々な情報が報告され、知り得るのは当然の事です」
「…………そうか、分かった。お主の話、聞いてやろうではないか。秋成、手を放してやれ」
「…………御意」
千紗も秋成も、本意ではないがと言いたげな様子で少し間をあけながら、朱雀帝の話に耳を傾ける事に。
「ふう、ありがとございます」
乱れた衣服を整えて、満足気に千紗に向けて軽く頭を下げてみせる朱雀帝。
そして秋成から解放された朱雀帝は、さも当たり前のように庭から屋敷へと続く階段を駆け上がって行く。
秋成が手の届かない場所へと――
「むむむ、キヨにヒナ。もう見つかってしまったか。主ら私を連れ戻しに来たのか?」
「お勉強の時間を抜け出して、何をなさっておいでですか千紗姫様?」
「これはだな……」
秋成の助っ人に現れたのは、千紗の身の回りの世話を任されている侍女のキヨと、雑仕女見習いのヒナ。
救世主であろう二人の登場に、秋成の口から今度は心からの安堵のため息が漏れた。
「まぁ、お説教は後ほどたっぷりするとして、姫様宛ての文を持ってまいりましたよ」
そう言って、手に持っていた一通の文をキヨが差し出す。
「文だと? そっれは小次郎からか? それともまた……」
キヨから差し出された文を、恐る恐る受け取り宛名を確認する千紗。
差出人の名前を確認した瞬間、千紗の眉間には深い深いシワが刻まれた。
そして中身を開くこともせずにビリビリと真っ二つに文を破り捨てた。
「あぁ、姫様、そのように読みもしないで破り捨てては、相手の方に失礼ですよ」
「うるさい! 毎日毎日飽きずによくも……。あぁ、うっとうしい!」
千紗の手によって、無惨にも破り捨てられた文。
足元に落ちて来たそれを片方拾い上げる秋成。
差出人には“寛明”と名が書かれていた。
千紗の自称許婚。
千紗の裳着の後、寛明こと朱雀帝の秘めた想いは瞬く間に都中へ広まり、都中から二人は許嫁だと噂されるようになっていた。
その噂を快く思った朱雀帝は、以来千紗の許嫁を“自称”しているのだ。
「秋成、そのような手紙、二度と私の目に入らぬように、何処かへ葬り去っておけ!」
「はい、姫様の仰せのままに」
「キヨも、もうこやつからの手紙をいちいち私に届けるな。お主の元で処分してくれ」
「しかし……」
千紗の命令に、素直に返事をした秋成は、拾ったそれをグシャリと握り潰して見せた。
反対にキヨは、困った顔でオロオロと狼狽える。
彼女のその視線は何故か千紗の後ろを気にしている様子で――
もしやと思った千紗は、振り返ってキヨの視線の行方を目で追った。
するとそこには、手紙の差し出し人である朱雀帝が、柱の後ろに隠れてこっそりとこちらを見つめている姿があった。
「お主、また勝手に人の屋敷に上がり込みおって!」
ただでさえイライラしている中、今一番会いたくない人物の登場に、千紗は声を荒げた。
その声は屋敷の外まで響いたらしく、朱雀帝の存在に気づいた野次馬連中は、ざわざわとざわめき出した。
秋成はと言えば、外にいる迷惑な野次馬連中に向けていたものと同じ、牽制するような鋭い視線で、朱雀帝を睨み付けていた。
「勝手にではございません。忠平に許可はとっています。どんなに文を認めても一向にお返事をいただけないので届いているのかと心配になり、様子を見に参ったのです。それがまさか……文が破り捨てられていたとは……酷いではないですか、千紗姫様!」
想いを込めて一生懸命認めた文を、目の前で破り捨てられた事実に抗議しようと、隠れていた柱から出てきた朱雀帝は、バンバンと足音荒千紗の元へと近づいて行く。
二年の歳月が過ぎ、千紗の目線の高さほどに伸びた身長を、更に近づけようと背伸びをしながら、必死に想いを
訴えた。
だが、健闘虚しく千紗は朱雀帝の訴えに全く耳を貸すことなく、彼の着物の襟元を乱暴に掴み上げると、庭にいる秋成の元へとそれを差し出し命令した。
「ええいうるさい! 秋成、このチビ助をつまみ出せ!」
千紗の命に、「御意」と短く答えた秋成は、何の躊躇いもなく千紗が差し出す朱雀帝の着物の襟を掴むと、己の力が最も及ぶ領域である庭へと、朱雀帝を引きずり下ろす。
「あぁ秋成様、また帝にその様な乱暴を働いて……また忠平様や、お義父上様に怒られてしまいますよ」
秋成の朱雀帝に対する乱暴な振る舞いに、オドオドした様子で助言するキヨ。
帝と言えば、この国一番の権力者。
それなのに秋成は
「俺は主の命にのみ服従する。俺の主は千紗姫様ただ一人。姫様に害を成す者であるならば、誰であろうと排除するのみだ」
相手が天皇だと言う事もお構いなしに、主の命にのみ恭順する姿勢を示す。
「ふん。相変わらず野蛮な飼い犬だな。いくら主の命だからと言え、我は天皇だ。天皇であるこの我に無礼を働くなど、到底許されることではないぞ。これ以上我の機嫌を損ねる前に、早くその汚い手を放せ!」
「…………」
「こら、聞いているのか? 早くこの手を放っ」
「秋成、そのうるさいチビを早うつまみ出せ!」
「御意」
「あぁ、こら放せ! 何をするのだこの無礼者!! 放せ、は~な~せ~~~!」
「主の命だ。悪く思うな」
「な……お前、いいのか! 今日は千紗姫のお耳に、ある噂を届けようと思ってやって来てたのだぞ。今ここで、聞かなかった事を後で後悔しても知らぬぞ!」
「構わん。今すぐこの屋敷からチビを摘まみ出せ秋成!」
「仰せのままに」
「まままま待て!待ってください千紗姫様!あなたは坂東が今、どんな事になっているのか知りたくはないのですか?」
「…………」
それまで千紗の言葉のみに耳を傾け、千紗の元から文字通り朱雀帝を引きずり放そうとしていた秋成だったが、彼の口から出た“坂東”の言葉に、ピタリと足を止めた。
それは秋成だけでなく、千紗の肩をもピクリと震わせた。
「秋成様? 姫様も急に固まられてどうなさったのですか?」
二人の緊張が伝わってきたのか、二人の様子にキヨとヒナは不思議そうに首を傾げた。
そんな二人とは対照的に、朱雀帝は一人含み笑いを浮かべて、こう言葉を続ける。
「坂東と言えば、昔この屋敷に仕えていた小次郎将門とか言う男の出身地。先程もその者から便りがないと、嘆いていたのでしょう?」
「何故坂東の事などお主に分かる?」
「千紗姫様、それは愚問と言うものですよ。だって我は天皇なのですから。我の元には各地の様々な情報が報告され、知り得るのは当然の事です」
「…………そうか、分かった。お主の話、聞いてやろうではないか。秋成、手を放してやれ」
「…………御意」
千紗も秋成も、本意ではないがと言いたげな様子で少し間をあけながら、朱雀帝の話に耳を傾ける事に。
「ふう、ありがとございます」
乱れた衣服を整えて、満足気に千紗に向けて軽く頭を下げてみせる朱雀帝。
そして秋成から解放された朱雀帝は、さも当たり前のように庭から屋敷へと続く階段を駆け上がって行く。
秋成が手の届かない場所へと――
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