43 / 285
第一幕 板東編
二年後
しおりを挟む
――あれからから2年の月日が流れた。
十七歳になった千紗姫様は、それはそれは美しい女子に成長し――?
「あれが変わり者の姫君か。噂通り何と風変わりな髪型か」
「だが、あの変わり者の姫君を、帝が大層お気入りなのだとか。帝が目をかける姫に手を出す事など、誰にも適うまいて」
――否。変わり者の姫の姿を、帝お気に入の姫君の姿を、一目見ようと違った意味で京中から熱い視線を向けられる、相変わらずの賑やかな日々を過ごしておりました。
しかし当の千紗姫様は、周囲から向けられる奇異の視線など全く気にした様子は見せません。
尼のような見てくれであろうと構わず、更には裳着を済ませた身であることにも構わず、隙あらば部屋から抜けだそうとする、これまた相変わらずのお転婆な日々を過ごしておりました。
そんなお転婆姫に振り回されて、彼女の従者である秋成の気苦労は今日も絶えません。
「姫様、お願いですからお部屋にお戻りください!」
「だってな秋成、己の部屋のみで日々を過ごすのは本当に退屈なのじゃ。毎日毎日狭い部屋に閉じ込められて、楽だの和歌だの退屈な習い事ばかりさせられる。このままでは、退屈過ぎていつか死んでしまうぞ」
「だからと言って、このように庭に出て来られましても困ります。貴族の姫が姿を晒すなんてはしたないと、また忠平様に怒られてしまいすよ。貴方様は裳着を済ませた身なのでから、子供の頃と同じ感覚で、屋敷中を歩かれては困ります」
秋成は、屋敷の外から屋敷内を覗く見物人達の視線を気にしながら、千紗を窘めた。
秋成が気にしている通り、千紗が庭に姿を現すなり外の見物人達は、ざわざわとざわめき出している。
これ以上千紗に悪い噂を立たせるなと、義父である武士団の頭領からきつく言われている秋成は、興味本位に訪れる見物人達の視線から、千紗を守る事が最も重大な役目となっているのだが……
当の本人が非協力的では、どんなに睨みをきかせ牽制したところで、とても守りきれない。
秋成が日々、どれ程苦労して従者の仕事に就いているかなど、全く考えもしないお転婆姫は、彼の言葉になど耳を貸す素振りもみせないままに、呑気に愚痴を零し続けた。
「私が外に出て困ると言うならば、退屈凌ぎにお主が私の部屋に来い」
「それはなりません」
「なぜじゃ?」
「俺のような人間が、屋敷に上がるなど許されるはずもございません」
「………つまらん。……ほんにつらまんのぉ。お主はいつもそればかり。小次郎は構わず屋敷に上がって来ておったぞ」
「兄上は、もとより従者としてこの屋敷に入ったお方。俺はもとは賊として忍んだ人間。俺は義父より決して屋敷に上がることは許さぬと、口酸っぱく言われているのです」
「ま~たその言い訳か。それはもう聞き飽きた。だから宗成には内緒にしておいてやるから、こっそりと上がって来ればよいではないか」
「なりませぬ」
「この石頭が! お主がそんなだから、私がこうして外まで出てくるしかないのではないか。本当にお主は、我が儘な奴じゃな」
「…………」
千紗から発せられた“我が儘”の一言に、眉をピクリと動かした秋成はそのまま黙り込む。
「どうした秋成、何故黙る?」
「……さっきから黙って聞いてれば、我が儘はどう考えてもお前の方だろう! このくそ貴族が!!」
「おっ! やっと昔の秋成に戻ったな」
湧き上がる怒りに敬語も忘れて怒鳴り散らした秋成だったが、秋成の怒りに怯むどころか逆に嬉しそうな千紗に、どっと疲れを感じた秋成はたまらず大きな溜息を吐いた。
「………はぁ。貴方様は相変わらず……」
「裳着など、するんじゃなかったな。お主はよそよそしくなるし、毎日毎日部屋に閉じこめられて……まこと退屈じゃ。退屈凌ぎに小次郎へ手紙を書いてみても、あやつから返事は一切も送られては来ぬし。……あ~つまらん! つまらん、つまらん、つまらん! ほんに貴族は退屈じゃ~!」
「…………はぁ」
止まらぬ主の我が儘っぷりに、呆れ果てた秋成は、今度は完全無視を決めたらしい。
千紗に背を向け、先程吐いた溜息よりも更に盛大な溜息を吐いて、頭を抱えた。
それほどまでに秋成を追い詰めておきながら、未だ千紗の愚痴は止まる気配を見せない。
「聞いてくれ秋成! この2年、ほぼ毎月のように私は小次郎へ宛て、文を書いてきたのだ。なのにあやつから送られてきた返事は一通たりともない。何故じゃ? 何故あやつは返事をよこさん。あぁぁ~思い出しただけでも腹が立つ!」
「……………」
「いらぬ男からは毎日嫌と言う程文が届くと言うに、何故小次郎からは文が一つも届かぬのだ!?」
「………はぁ」
鼻息荒く、日頃堪った愚痴をここぞとばかりに吐き出す千紗。
聞きたくもない愚痴を延々聞かせる千紗に、うんざりした様子で三度目の大き溜息を吐く秋成。
いつになったらこの愚痴から解放されるのかと、半ば秋成が諦めかけた時、やっと千紗の暴走を止めてくれる二人の助っ人が秋成の元現れた。
十七歳になった千紗姫様は、それはそれは美しい女子に成長し――?
「あれが変わり者の姫君か。噂通り何と風変わりな髪型か」
「だが、あの変わり者の姫君を、帝が大層お気入りなのだとか。帝が目をかける姫に手を出す事など、誰にも適うまいて」
――否。変わり者の姫の姿を、帝お気に入の姫君の姿を、一目見ようと違った意味で京中から熱い視線を向けられる、相変わらずの賑やかな日々を過ごしておりました。
しかし当の千紗姫様は、周囲から向けられる奇異の視線など全く気にした様子は見せません。
尼のような見てくれであろうと構わず、更には裳着を済ませた身であることにも構わず、隙あらば部屋から抜けだそうとする、これまた相変わらずのお転婆な日々を過ごしておりました。
そんなお転婆姫に振り回されて、彼女の従者である秋成の気苦労は今日も絶えません。
「姫様、お願いですからお部屋にお戻りください!」
「だってな秋成、己の部屋のみで日々を過ごすのは本当に退屈なのじゃ。毎日毎日狭い部屋に閉じ込められて、楽だの和歌だの退屈な習い事ばかりさせられる。このままでは、退屈過ぎていつか死んでしまうぞ」
「だからと言って、このように庭に出て来られましても困ります。貴族の姫が姿を晒すなんてはしたないと、また忠平様に怒られてしまいすよ。貴方様は裳着を済ませた身なのでから、子供の頃と同じ感覚で、屋敷中を歩かれては困ります」
秋成は、屋敷の外から屋敷内を覗く見物人達の視線を気にしながら、千紗を窘めた。
秋成が気にしている通り、千紗が庭に姿を現すなり外の見物人達は、ざわざわとざわめき出している。
これ以上千紗に悪い噂を立たせるなと、義父である武士団の頭領からきつく言われている秋成は、興味本位に訪れる見物人達の視線から、千紗を守る事が最も重大な役目となっているのだが……
当の本人が非協力的では、どんなに睨みをきかせ牽制したところで、とても守りきれない。
秋成が日々、どれ程苦労して従者の仕事に就いているかなど、全く考えもしないお転婆姫は、彼の言葉になど耳を貸す素振りもみせないままに、呑気に愚痴を零し続けた。
「私が外に出て困ると言うならば、退屈凌ぎにお主が私の部屋に来い」
「それはなりません」
「なぜじゃ?」
「俺のような人間が、屋敷に上がるなど許されるはずもございません」
「………つまらん。……ほんにつらまんのぉ。お主はいつもそればかり。小次郎は構わず屋敷に上がって来ておったぞ」
「兄上は、もとより従者としてこの屋敷に入ったお方。俺はもとは賊として忍んだ人間。俺は義父より決して屋敷に上がることは許さぬと、口酸っぱく言われているのです」
「ま~たその言い訳か。それはもう聞き飽きた。だから宗成には内緒にしておいてやるから、こっそりと上がって来ればよいではないか」
「なりませぬ」
「この石頭が! お主がそんなだから、私がこうして外まで出てくるしかないのではないか。本当にお主は、我が儘な奴じゃな」
「…………」
千紗から発せられた“我が儘”の一言に、眉をピクリと動かした秋成はそのまま黙り込む。
「どうした秋成、何故黙る?」
「……さっきから黙って聞いてれば、我が儘はどう考えてもお前の方だろう! このくそ貴族が!!」
「おっ! やっと昔の秋成に戻ったな」
湧き上がる怒りに敬語も忘れて怒鳴り散らした秋成だったが、秋成の怒りに怯むどころか逆に嬉しそうな千紗に、どっと疲れを感じた秋成はたまらず大きな溜息を吐いた。
「………はぁ。貴方様は相変わらず……」
「裳着など、するんじゃなかったな。お主はよそよそしくなるし、毎日毎日部屋に閉じこめられて……まこと退屈じゃ。退屈凌ぎに小次郎へ手紙を書いてみても、あやつから返事は一切も送られては来ぬし。……あ~つまらん! つまらん、つまらん、つまらん! ほんに貴族は退屈じゃ~!」
「…………はぁ」
止まらぬ主の我が儘っぷりに、呆れ果てた秋成は、今度は完全無視を決めたらしい。
千紗に背を向け、先程吐いた溜息よりも更に盛大な溜息を吐いて、頭を抱えた。
それほどまでに秋成を追い詰めておきながら、未だ千紗の愚痴は止まる気配を見せない。
「聞いてくれ秋成! この2年、ほぼ毎月のように私は小次郎へ宛て、文を書いてきたのだ。なのにあやつから送られてきた返事は一通たりともない。何故じゃ? 何故あやつは返事をよこさん。あぁぁ~思い出しただけでも腹が立つ!」
「……………」
「いらぬ男からは毎日嫌と言う程文が届くと言うに、何故小次郎からは文が一つも届かぬのだ!?」
「………はぁ」
鼻息荒く、日頃堪った愚痴をここぞとばかりに吐き出す千紗。
聞きたくもない愚痴を延々聞かせる千紗に、うんざりした様子で三度目の大き溜息を吐く秋成。
いつになったらこの愚痴から解放されるのかと、半ば秋成が諦めかけた時、やっと千紗の暴走を止めてくれる二人の助っ人が秋成の元現れた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

金蝶の武者
ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。
関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。
小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。
御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。
「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」
春虎は嘆いた。
金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
戦国三法師伝
kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。
異世界転生物を見る気分で読んでみてください。
本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。
信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる