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第一幕 京編
婚約話の行方
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「あの……一つ伺っても宜しいでしょうか?」
「何ですか?」
「何故千紗を、寛明様の妃にと望まれたのでしょうか?」
「それはですね……」
忠平から成された疑問に、手にしていた扇で口元を隠しなが、クスクスと楽しそうに笑い出す隠子。
どこか焦らすように、少し間を置いたかと思うと隠子は、突然二人の間を隔てていた御簾を上げ、忠平の前へと姿を現した。
何事かと慌てる忠平を他所に、隠子は兄の隣にちょこんと座ると、耳元に口を近づけ楽しそうにこう言った。
「一目惚れしたのだそうですよ」
「………は?」
内緒話でもしようかと言う体勢。
小声で囁かれるのかと思いきや、予想外に大きな音量で、更には予想もしていなかったような答えを返され忠平は、何とも情けない声を漏らした。
「だから、寛明が兄上の娘に一目惚れしたのだそうで」
「母上っ!」
忠平の間抜けな反応に、理解出来なかったのかと隠子が再び忠平に理由を告げようとしたその時、突如として背後から二人の会話に割って入る声が上がった。
振り向けば、忠平が通されたその館の庭先に一台の牛車が乗りつけられ、牛車から今正に駆け下りて来ようとするひとりの幼子の姿がそこにはあった。
歳は十を少し超えるかと言うくらいで、声変わりもまだしていない可愛い容姿の男の妾
「おや寛明、お帰りなさい。兄上が来る事は伝えてあったはずですが、今までどこへ行っていたのですか?」
「千紗姫様に逢いに、藤原屋敷に行っていたのです」
「まぁまぁ、千紗姫様に逢いに? それで今日こそはお近づきになれたのですか?」
「……なれていません。また今日も遠くから見つめていただけ……。でも今日の裳着の儀式でこそは絶対に。て、そんな話をしているのではありません。母上、あの話は内緒にとお願いしていたではありませんか」
「まぁ、そんな所から盗み聴きですか? はしたない」
「違います。母上達の話を盗み聞くつもりなど無かったのですが母上の声が大きいから聞こえてしまったのです。って、だからそうではなくて、私の気持ちは内緒にとお願いしていたはずなのに、どうして忠平に話してしまったのですか、母上」
「ああ、そう言えばそうでしたね。申し訳ありません。つい口が滑ってしまいました」
「口が滑ったなんて、酷いです母上!」
親子喧嘩を始める二人。
恐縮しながらも二人の間に挟まれていた忠平が、恐る恐る口を挟む。
「み、帝……今の話は誠ですか?」
忠平からの問いに、隠子からは寛明と呼ばれ、忠平からは帝と呼ばれた男の妾は、恥ずかしそうに俯きながらもコクんと小さく頷いてた。
そう、彼こそが前天皇、醍醐帝と隠子の間に生まれた子供であり、今現在この国を治める今上天皇、後に朱雀天皇と呼ばれるその人だ。
そしてこの国一番の権力者である帝からの求婚を断らなければならない、それが忠平が緊張しきっていた理由。
「せっかく己の気持ちを兄上に告げた所申し訳ないのですが寛明、残念な事にたった今、正式に婚約を断わられていた所ですよ」
「えぇっ! ど……どうして……それは朕が子供だからか?」
突然母から告げられた言葉に、今にも泣きそうな顔になりながら必死な様子で朱雀帝は、忠平に理由を問うた。
「そ、そのような事は決して。ただ千紗は……己が自ら惚れた相手でないと嫌だと」
「千紗姫には想い人が?」
「父親の私が知る限りでは、今はいないかと存じます」
「……そうか、ならば朕にもまだ可能性はあると言う事だな!」
「それは…………」
言いよどむ忠平。
彼の言葉を遮って、朱雀帝は高々と宣言を始める。
「見ていてください母上! 今夜千紗姫様の裳着を祝う宴の席で、必ずや千紗姫様とお近づきになってみせます。僕はあなたの“こんやくしゃ”ですと」
「そうですか、そうですか。一度断られてもへこたれない、さすが我が息子。それでこそ、国を背負って立つ男に相応しい器ですよ!」
「…………はぁ」
国の最高権力者である天皇、寛明。
その寛明の母として、前天皇醍醐帝亡き後、まだ幼い帝に変わって実質国のトップに立っている皇太后、隠子。
権力者二人の会話を聞きながら、一人忠平は深い深い溜め息を吐いた。
婚約の話を白紙に戻せなかったこの状況、娘に何と説明すれば良いのだろうか、と――
「何ですか?」
「何故千紗を、寛明様の妃にと望まれたのでしょうか?」
「それはですね……」
忠平から成された疑問に、手にしていた扇で口元を隠しなが、クスクスと楽しそうに笑い出す隠子。
どこか焦らすように、少し間を置いたかと思うと隠子は、突然二人の間を隔てていた御簾を上げ、忠平の前へと姿を現した。
何事かと慌てる忠平を他所に、隠子は兄の隣にちょこんと座ると、耳元に口を近づけ楽しそうにこう言った。
「一目惚れしたのだそうですよ」
「………は?」
内緒話でもしようかと言う体勢。
小声で囁かれるのかと思いきや、予想外に大きな音量で、更には予想もしていなかったような答えを返され忠平は、何とも情けない声を漏らした。
「だから、寛明が兄上の娘に一目惚れしたのだそうで」
「母上っ!」
忠平の間抜けな反応に、理解出来なかったのかと隠子が再び忠平に理由を告げようとしたその時、突如として背後から二人の会話に割って入る声が上がった。
振り向けば、忠平が通されたその館の庭先に一台の牛車が乗りつけられ、牛車から今正に駆け下りて来ようとするひとりの幼子の姿がそこにはあった。
歳は十を少し超えるかと言うくらいで、声変わりもまだしていない可愛い容姿の男の妾
「おや寛明、お帰りなさい。兄上が来る事は伝えてあったはずですが、今までどこへ行っていたのですか?」
「千紗姫様に逢いに、藤原屋敷に行っていたのです」
「まぁまぁ、千紗姫様に逢いに? それで今日こそはお近づきになれたのですか?」
「……なれていません。また今日も遠くから見つめていただけ……。でも今日の裳着の儀式でこそは絶対に。て、そんな話をしているのではありません。母上、あの話は内緒にとお願いしていたではありませんか」
「まぁ、そんな所から盗み聴きですか? はしたない」
「違います。母上達の話を盗み聞くつもりなど無かったのですが母上の声が大きいから聞こえてしまったのです。って、だからそうではなくて、私の気持ちは内緒にとお願いしていたはずなのに、どうして忠平に話してしまったのですか、母上」
「ああ、そう言えばそうでしたね。申し訳ありません。つい口が滑ってしまいました」
「口が滑ったなんて、酷いです母上!」
親子喧嘩を始める二人。
恐縮しながらも二人の間に挟まれていた忠平が、恐る恐る口を挟む。
「み、帝……今の話は誠ですか?」
忠平からの問いに、隠子からは寛明と呼ばれ、忠平からは帝と呼ばれた男の妾は、恥ずかしそうに俯きながらもコクんと小さく頷いてた。
そう、彼こそが前天皇、醍醐帝と隠子の間に生まれた子供であり、今現在この国を治める今上天皇、後に朱雀天皇と呼ばれるその人だ。
そしてこの国一番の権力者である帝からの求婚を断らなければならない、それが忠平が緊張しきっていた理由。
「せっかく己の気持ちを兄上に告げた所申し訳ないのですが寛明、残念な事にたった今、正式に婚約を断わられていた所ですよ」
「えぇっ! ど……どうして……それは朕が子供だからか?」
突然母から告げられた言葉に、今にも泣きそうな顔になりながら必死な様子で朱雀帝は、忠平に理由を問うた。
「そ、そのような事は決して。ただ千紗は……己が自ら惚れた相手でないと嫌だと」
「千紗姫には想い人が?」
「父親の私が知る限りでは、今はいないかと存じます」
「……そうか、ならば朕にもまだ可能性はあると言う事だな!」
「それは…………」
言いよどむ忠平。
彼の言葉を遮って、朱雀帝は高々と宣言を始める。
「見ていてください母上! 今夜千紗姫様の裳着を祝う宴の席で、必ずや千紗姫様とお近づきになってみせます。僕はあなたの“こんやくしゃ”ですと」
「そうですか、そうですか。一度断られてもへこたれない、さすが我が息子。それでこそ、国を背負って立つ男に相応しい器ですよ!」
「…………はぁ」
国の最高権力者である天皇、寛明。
その寛明の母として、前天皇醍醐帝亡き後、まだ幼い帝に変わって実質国のトップに立っている皇太后、隠子。
権力者二人の会話を聞きながら、一人忠平は深い深い溜め息を吐いた。
婚約の話を白紙に戻せなかったこの状況、娘に何と説明すれば良いのだろうか、と――
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