時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 京編

小さな恋の始まり?

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そんな二人の元に、慌てた様子で駆け寄って、会話に割り込んでくる者が。


「姫様~! 千紗姫様~~!! やっと見つけましたよ。この大事な日にお部屋を抜け出されるなど、貴方様は一体何をなされているのですか!さぁ早くお部屋にお戻り下さい、お父上様がカンカンに怒っていらっしゃいますよ」

「キヨ。むむむ……もう見つかってしまったか」


主であるはずの千紗に、何の物怖じもせず説教するこの女性は、千紗と仲が良い侍女のキヨだ。

千紗とは一回り近く歳が離れているものの、何かと面倒見の良い性格から、千紗もキヨには本当の姉のように懐いている。

そんなキヨの後ろにはもう一人、見慣れない雑仕女ぞうしめの姿もあった。

ちょこちょこと、まるで金魚のふんの如く、キヨの後ろをくっついて走ってくるその人物に、秋成は驚いたように大声を上げた。


「あぁ、お前は、盗賊の仲間だった」

「ヒナじゃ。ヒナは先日から雑仕女見習いとして、キヨと共に正式に妾の側仕えになったのじゃ」


秋成の驚きの声に、冷静な声で諭す千紗。
千紗からの紹介に、秋成は眉を潜めた。


「雑仕女見習い? こいつが?」


秋成から向けられる冷たい視線に恐怖を感じているのか、小さく震えていたヒナは、キヨの着物を握りしめ彼女の背中へとそっと隠れた。 


「こ~ら秋成、ヒナをイジメるでないぞ。ただでさえお主は、女子おなごに刀を突き付け怯えさせた前科があるのだからな」

「別に、イジメてるわけじゃ……それにあれはお前を助けようとして」

「何があろうと女子に刀を向けてはならぬ」 
  
「あ~あ~あ~~~分かったよ。何もかも俺が全部悪いんだな! ったく、お前はいつもいつも……」


自分のせいで、言い争いを初める二人に、責任を感じたのかヒナは、キヨの背中からこっそり顔を覗かせ二人の様子を盗み見た。

瞬間、ムスッと不機嫌そうな秋成と視線が重なって――
蛇に睨まれた蛙のように固まって動けなくなったヒナ。

明らかに怯えてウルウルと瞳を滲ませている少女の様子に、秋成はポリポリと頭をかきながら小さく溜息を付くと、目の前に立つ千紗の脇をすっと通り抜けて、一歩二歩とヒナの元へ歩みを進めた。

そしてキヨの背中にしがみつき、硬直したままブルブルと震える彼女の側にしゃがみ込み、怯えるヒナの頭に手を伸ばす。


「……悪かったな。もう何もしないから、そんなに怯えないでくれ」 


ヒナにしか聞こえないくらい小さな声で謝罪の言葉を口にすると、秋成は彼女頭をポンポンと優しい手つきで撫でてやる。


「…………」


突然の事に、それまで固まって動けなかったはずのヒナが、側にしゃがむ秋成へと自ら視線を下ろした。
そうして再び視線が重なった時、ヒナの顔は一瞬にして赤く染まる。

互いに見つめ合う二人。
二人の纏う空気感が、ギクシャクしたものから、どこかキラキラと輝くものに変わった気がして、千紗は「ん~?」と首を傾げながら口を挟む。


「お主達、いつまでそうやって見つめ合っているつもりだ?」

「っ?!」


千紗からの突っ込みに、はっと我に返ったヒナは、パッと秋成から視線を反らすと、恥ずかしそうに握りしめていたキヨの着物へと顔を埋めた。


「……はぁ」


彼女の反応に、やはりまだ怖がられているのかと、今日何度目かの溜息を漏らした秋成は、ゆっくり立ち上がると千紗やヒナ、キヨ達に背を向け、そのままの進行方向へと歩みを進めて三人の元から離れて行った。


「待て秋成。どこへ行くのだ?」

「仕事だよ、仕事。お前がこんな所に出て来たせいで、騒ぎ出した野次馬連中を追い払ってこないと。お前も、いつまでもこんな所で馬鹿やってないで、さっさと部屋へ戻れよ。これ以上俺の仕事を増やさない為にもな」


秋成を呼び止めた千紗に、彼女の方を一度も振り返らないままそれだけ言い残すと、秋成は千紗達の元を去って行った。


「…………相変わらず、憎たらしい奴だな秋成は。一言嫌味を付け加えねば気が済まぬのか」


ムスッとした顔で秋成を見送りながら不満を呟く千紗。
だが直ぐその後で視線をヒナへと移すと、今度は優しい口調でこう声を掛けた。


「ヒナも、またあやつにイジメられるような事があれば妾に申せ。妾が必ずそなたを守ってやるからな」

「………」


千紗なりの、優しさのつもりで掛けた言葉……だったのだが今のヒナには千紗の声が聞こえていないのか、どこか呆けた様子でじ~っと秋成の背中を見つめていた。

いつまでもいつまでも、秋成の姿が見えなくなるその時まで、秋成を見つ続けるヒナ。
そんな彼女の頬が、やはりどこか赤らんでいるように見えて、千紗は不思議そうに首を傾げ続けた。  


「ふふふ、皆様若くて微笑ましいですね」


ただ一人、キヨだけが全てを理解しているのかのようにクスクスと小さな笑いを零しながら、優しい眼差しで三人を見守っていた。

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