時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 京編

京で噂の姫君

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小次郎が藤原の屋敷を離れ、早いもので一ヶ月程の時が流れた。

あの後、髪の短い変わり者の姫の噂はあっと言う間に京の街中へ広まった。

噂の結果、藤原の屋敷は変わり者の姫の姿を見ようと訪れる、野次馬の群れでに日々賑わっていた。

そしてそれが今日は一段と騒がしい。


――と言うのも、京を賑やかせる“変わり者の姫”こと千紗が、ついに今日、裳着の儀を迎えるからだ。

慌ただしく屋敷の雑仕女ぞうしめ達が準備に動き回る中、姫の護衛である秋成は、いつもの如く屋敷警護の任に就きながら、野次馬が群がる竹で組まれた垣根近くで、いつもと違う屋敷の賑やかな様子を静かに見守っていた。


「秋成~!」


するとそこに突然、どこからともなく聞き慣れた声で、秋成の名を呼ぶ声が掛かった。


「っ?! おまっっ千紗?! 何でこんな所に??! 裳着の準備は??」

「じっとしているのが退屈で、抜け出して来たぞ」



秋成が驚き狼狽える後ろで、集まっていた野次馬達も、お目当てであった“変わり者の姫”の登場に、ザワザワと騒ぎ出す。


「あれが噂の姫か。噂通りヘンテコな髪型だ」

「あれで本当に女子おなごなのか? 家柄だけ立派でも、あのみてくれでは裳着をしたところで嫁の貰い手など見つかるまいて」

「たとえ家柄がよくてもなぁ、やはり嫁にするなら美人が良い。ブスなど口説く気にもならないよなぁ」


屋敷の外、垣根の向こう側から聞こえてくるのは、クスクスと千紗を馬鹿にしたような笑い声と“変わり者の姫”を蔑む言葉の数々。

だが当の本人は、野次馬達の笑い声や蔑みの言葉など全く気にした様子はなく、彼女もまた呆れ顔で野次馬達に対する蔑みの言葉を口にしていた。


「全く……毎日毎日飽きもせずによく人が集まるの。よほど皆、暇をしているのかの?」

「なら大人しく部屋にいろよ。お前が出てくるから野次馬が集まるんだろ」

「嫌じゃ。部屋に閉じこもってばかりいては息がつまる。じっとしているのは妾の性に合わんのじゃ。それに今日は子供でいられる最後の日。これから更に息の詰まる日々が続くのだから、最後に目一杯自由を満喫しておかねばなるまいて」

「……お前、今からそんな調子で、この先本当にやって行けるのか?」

「うむ。既に挫折しそうじゃ。貴族とは、ほんにつまらん生き物よの」

「………はぁ」


“変わり者の姫”こと千紗の、相変わらずな様子に秋成からは深い溜息が漏れた。

本当に今日、この姫君は成人するのか? 
成人などお転婆姫である千紗にできるのだろうか?

結局今までと変わりなく、彼女は自由に京の町を駆け回り、自分は彼女の我が儘に振り回され続けているのではないだろうか?

容易に想像つく、そんな未来を想像して秋成は再び盛大な溜息を漏らした。

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