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第一幕 京編
優しい嘘
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千紗の気分も落ち着いて、事態は無事終息を迎えたかと思われた時、秋成の袖を掴んだ際に手に触れた、細長く固い物体が気になって千紗は素直な疑問を口にした。
触れられたくないと思っていた話題を千紗から突然振られて秋成の声は裏返る。
「お主、何だその声は。怪しいなぁ。ここに何を隠しておる?」
「ああああ怪しくなんてない! べべべ別に何でもない。何も隠してなんてない!」
秋成の明らかな動揺に、千紗は呆れながら言った。
「相変わらずお主は、嘘が下手じゃな。目が泳いでおるぞ」
「………」
「ほら、何を隠しておるのじゃ。早う見せろ」
「嫌だ! こんなの、見せるようなものじゃ……」
「良いから、見せてみよ!」
「嫌だっ!!」
強い口調で強要する千紗。
秋成の袖に強引に手を突っ込んで奪おうとするも、秋成は必死に抵抗してそれを拒む。
「主に口答えする気か? これは命令ぞ! 良いから見せてみよ!!」
「い~や~だ~~~!!」
平行線な争いに、互いに睨み会う二人。
すると不意に千紗が「あっ!」と大きな声を上げて、赤く染まる空を指差した。
その声と動作に秋成は、「えっ?」と短く声を上げながら、ついつい千紗の指し示す方へと視線を向けてしまう。
秋成の気が反れた一瞬の隙をついて、千紗は秋成が必死に隠していたある物を奪取する事に成功した。
「ああぁ~~~~!」
秋成の絶叫が辺りに木霊する。
秋成が必死に隠していたもの。
それは、銀色に光る一本の棒。
長さは千紗の手のひら程だろうか。
先は尖っており、反対側の先端には夕日の光を浴びながら黄金に輝く、琥珀玉が取り付けられている。
これは――
「簪? 何故簪を隠す必要が?」
確かに予想外のものではあったが、何も隠すほど恥ずかしい代物でもない。なのに何故秋成が、あんなにも必死になって隠そうとしたのか、千紗は首を傾げた。
「そ、それは……旅立つ前に兄上から預かった物で……」
不思議がる千紗に、たどたどしく歯切れ悪く説明する秋成の視線は右へ左へ、上へ下へふよふよと忙しく泳ぎまわっている。
「…………小次郎が、妾にこれを?」
「あ、あぁ」
秋成の動揺に気付いていないのか、小次郎からの贈り物だと言う簪に千紗はじっと視線を落とした。
と、次第にうつむいたまま小刻みに肩を震わせ始める。
泣いて、いるのだろうか?
千紗は俯いたまま、大事そうにそっとそれを胸に抱いた。
「………」
そんな千紗の姿に、秋成はほっと胸をなで下ろした。
と同時に、何故かチクリと胸が痛むのを感じた。
何故胸が痛むのか?
秋成には理由など分からなかったが、吐いてしまった嘘を後悔する気持ちが湧き上がっていた。
そう、小次郎からの贈り物。それは嘘が下手な秋成がついた小さな嘘。千紗を励ましたかった秋成なりの精一杯の優しさだったのだ。
千紗が胸に抱えるその簪は、秋成が千紗の為にと買った物。
あの日――
市へ出かけたあの日、千紗が物欲しそうに見ていた物。
千紗の元を離れて、秋成が態々買いに戻り、手に入れた物。
そして、盗賊に誘われてしまった千紗を奪い返そうと一人乗り込んだ際に、刀を振り回すヒナから身を呈して秋成が守った物。
小次郎がいなくなって、落ち込む千紗を励まそうと秋成は最初から小次郎からの贈り物だと偽って渡すつもりで持ってきていた。
だが小次郎が最後に千紗へ手紙を残していたとなると、わざわざ嘘を吐いてまで渡す意味はなくなったわけで……だから咄嗟に秋成は隠したのだが、結局は小次郎からの贈り物だと嘘を吐いて渡すこととなってしまった。
そして秋成がついた嘘の結果、秋成が思っていた以上に千紗は喜んでくれている。
本当ならば喜ぶべき結果のはずなのに、その事実が秋成の心を複雑にさせる。
もし小次郎からではなく、正直に自分からだと言って渡したら……千紗はこんなにも喜んでくれただろうか?
「ありがとう。大事にする」
「あぁ。良かったな……」
嬉しそうに感謝の言葉を口にする千紗に、秋成は微かに沸いてくる寂しさを隠しながら、そう返した。
「あ~~~~千紗姫様っ! やっと見つけました! どうしてそのような危険な所に?! 危ないですから、早く降りて来て下さい!!」
ふとその時、秋成の言葉をかき消すように、突然下から女性の甲高い叫び声が聞こえて来る。
「おぉ、キヨ~」
声の主の名を、負けじと大きな声で叫びながら千紗は彼女に向かってぶんぶんと元気に手を振った。
キヨの声を聞き付けた屋敷の者達が、ぞくぞくと集まって来る。
「姫様、何と危険な所に!?」
「早く降りてきてくださいませ。忠平様も心配しておりますぞ」
「すまぬすまぬ。今降りるから」
口々に千紗を心配する声に大きな声で返しながら、千紗は屋根の上にゆっくと立ち上がった。
「おぉっ、と」
「危ないっ!」
立ち上がった瞬間、体勢を崩して屋根瓦ごと足を滑らせかけた千紗を、慌てて立ち上がった秋成が千紗を抱きかかえる。
「ふぅ。危なかったのう」
「……こ……んの馬鹿野郎、何やってんだお前は! こんな所から落ちたら死ぬぞ?!」
「なっ、馬鹿とは何じゃ! 主に向かって無礼であろう!! ちょっと足を滑らせただけで、そんなに怒ることもなかろうが」
「ちょっと足を滑らせただけって、そもそもな、女のくせにこんな所に上ってる事自体が危ないんだよ! 怒られても仕方ないことをしてるお前が全部悪いんだ!」
屋根上でギャーギャーいつものように喧嘩を始めた二人。
もうすっかりいつも通りの元気な千紗の姿に、皆が皆、安堵した。そして安堵しながら二人の痴話喧嘩を笑っていた。
こうして今回も、千紗の家出騒動は秋成の活躍によって無事に解決を迎えたのである。
触れられたくないと思っていた話題を千紗から突然振られて秋成の声は裏返る。
「お主、何だその声は。怪しいなぁ。ここに何を隠しておる?」
「ああああ怪しくなんてない! べべべ別に何でもない。何も隠してなんてない!」
秋成の明らかな動揺に、千紗は呆れながら言った。
「相変わらずお主は、嘘が下手じゃな。目が泳いでおるぞ」
「………」
「ほら、何を隠しておるのじゃ。早う見せろ」
「嫌だ! こんなの、見せるようなものじゃ……」
「良いから、見せてみよ!」
「嫌だっ!!」
強い口調で強要する千紗。
秋成の袖に強引に手を突っ込んで奪おうとするも、秋成は必死に抵抗してそれを拒む。
「主に口答えする気か? これは命令ぞ! 良いから見せてみよ!!」
「い~や~だ~~~!!」
平行線な争いに、互いに睨み会う二人。
すると不意に千紗が「あっ!」と大きな声を上げて、赤く染まる空を指差した。
その声と動作に秋成は、「えっ?」と短く声を上げながら、ついつい千紗の指し示す方へと視線を向けてしまう。
秋成の気が反れた一瞬の隙をついて、千紗は秋成が必死に隠していたある物を奪取する事に成功した。
「ああぁ~~~~!」
秋成の絶叫が辺りに木霊する。
秋成が必死に隠していたもの。
それは、銀色に光る一本の棒。
長さは千紗の手のひら程だろうか。
先は尖っており、反対側の先端には夕日の光を浴びながら黄金に輝く、琥珀玉が取り付けられている。
これは――
「簪? 何故簪を隠す必要が?」
確かに予想外のものではあったが、何も隠すほど恥ずかしい代物でもない。なのに何故秋成が、あんなにも必死になって隠そうとしたのか、千紗は首を傾げた。
「そ、それは……旅立つ前に兄上から預かった物で……」
不思議がる千紗に、たどたどしく歯切れ悪く説明する秋成の視線は右へ左へ、上へ下へふよふよと忙しく泳ぎまわっている。
「…………小次郎が、妾にこれを?」
「あ、あぁ」
秋成の動揺に気付いていないのか、小次郎からの贈り物だと言う簪に千紗はじっと視線を落とした。
と、次第にうつむいたまま小刻みに肩を震わせ始める。
泣いて、いるのだろうか?
千紗は俯いたまま、大事そうにそっとそれを胸に抱いた。
「………」
そんな千紗の姿に、秋成はほっと胸をなで下ろした。
と同時に、何故かチクリと胸が痛むのを感じた。
何故胸が痛むのか?
秋成には理由など分からなかったが、吐いてしまった嘘を後悔する気持ちが湧き上がっていた。
そう、小次郎からの贈り物。それは嘘が下手な秋成がついた小さな嘘。千紗を励ましたかった秋成なりの精一杯の優しさだったのだ。
千紗が胸に抱えるその簪は、秋成が千紗の為にと買った物。
あの日――
市へ出かけたあの日、千紗が物欲しそうに見ていた物。
千紗の元を離れて、秋成が態々買いに戻り、手に入れた物。
そして、盗賊に誘われてしまった千紗を奪い返そうと一人乗り込んだ際に、刀を振り回すヒナから身を呈して秋成が守った物。
小次郎がいなくなって、落ち込む千紗を励まそうと秋成は最初から小次郎からの贈り物だと偽って渡すつもりで持ってきていた。
だが小次郎が最後に千紗へ手紙を残していたとなると、わざわざ嘘を吐いてまで渡す意味はなくなったわけで……だから咄嗟に秋成は隠したのだが、結局は小次郎からの贈り物だと嘘を吐いて渡すこととなってしまった。
そして秋成がついた嘘の結果、秋成が思っていた以上に千紗は喜んでくれている。
本当ならば喜ぶべき結果のはずなのに、その事実が秋成の心を複雑にさせる。
もし小次郎からではなく、正直に自分からだと言って渡したら……千紗はこんなにも喜んでくれただろうか?
「ありがとう。大事にする」
「あぁ。良かったな……」
嬉しそうに感謝の言葉を口にする千紗に、秋成は微かに沸いてくる寂しさを隠しながら、そう返した。
「あ~~~~千紗姫様っ! やっと見つけました! どうしてそのような危険な所に?! 危ないですから、早く降りて来て下さい!!」
ふとその時、秋成の言葉をかき消すように、突然下から女性の甲高い叫び声が聞こえて来る。
「おぉ、キヨ~」
声の主の名を、負けじと大きな声で叫びながら千紗は彼女に向かってぶんぶんと元気に手を振った。
キヨの声を聞き付けた屋敷の者達が、ぞくぞくと集まって来る。
「姫様、何と危険な所に!?」
「早く降りてきてくださいませ。忠平様も心配しておりますぞ」
「すまぬすまぬ。今降りるから」
口々に千紗を心配する声に大きな声で返しながら、千紗は屋根の上にゆっくと立ち上がった。
「おぉっ、と」
「危ないっ!」
立ち上がった瞬間、体勢を崩して屋根瓦ごと足を滑らせかけた千紗を、慌てて立ち上がった秋成が千紗を抱きかかえる。
「ふぅ。危なかったのう」
「……こ……んの馬鹿野郎、何やってんだお前は! こんな所から落ちたら死ぬぞ?!」
「なっ、馬鹿とは何じゃ! 主に向かって無礼であろう!! ちょっと足を滑らせただけで、そんなに怒ることもなかろうが」
「ちょっと足を滑らせただけって、そもそもな、女のくせにこんな所に上ってる事自体が危ないんだよ! 怒られても仕方ないことをしてるお前が全部悪いんだ!」
屋根上でギャーギャーいつものように喧嘩を始めた二人。
もうすっかりいつも通りの元気な千紗の姿に、皆が皆、安堵した。そして安堵しながら二人の痴話喧嘩を笑っていた。
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