時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 京編

別れの時②

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秋成に見送られる中、千紗の部屋へと入った小次郎。彼の前にはろうそくの微かな明かりに灯されながら、穏やかな顔で横を向いて眠る千紗の姿があった。

そのすぐ側まで来ると、小次郎はゆっくりその場に腰を下ろした。

すっかり短くなった彼女の髪を、ゴツゴツと骨張った手で優しく撫でてやりながら、暫くの間千紗の寝顔を見守った。


「ん……」


声を漏らして突然寝返りをうった千紗に、頭を撫でていた小次郎の手が離れる。

もしや起こしてしまったか、と小次郎は息を殺すも、千紗に起きる気配はなく、体勢を仰向けに変えただけで、変わらずすやすやと気持ち良さそうな寝息を立てていた。

どうやら起こしたわけではない様子に、小次郎はホッと胸をなで下ろし、再びゴツゴツした大きな手で千紗の額に触れた。 

彼女のおでこを2、3回撫でた後、手を止め小次郎は体勢を前屈みにすると、千紗の元へと自らの顔を近づけた。
自身の手を間に挟んで千紗のおでこに自分のおでこをそっと重ね合わせる。


「……ごめんな、千紗。傍にいてやれなくて。いつも傷つけてばかりで本当にごめん……。でもいつか、いつか必ずお前の元に帰ってくるから。お前に釣り合う男になって帰ってくるから。俺の事信じて待っていてくれな」


それだけ言い残した後小次郎は、今度は千紗の額にほんの一瞬の口付けを落とした。正確に言えば、千紗の額に置いていた小次郎自身の手の甲に。

千紗から手を離した後、暫く名残惜しそうに千紗の寝顔を見つめた後、小次郎は懐から手紙を取り出すと千紗の枕元にそっとそれを置いた。


「……じゃあな」


最後に一言、それだけ小さく呟いた小次郎は立ち上がり、千紗の元を離れた。

そしてそれ以降はもう二度と彼女を振り返る事なく千紗の部屋を後にした。

千紗の部屋を出た小次郎は、そのままの足で十二年と言う長い歳月を過ごした藤原の屋敷を旅立って行った。



----------------

『千紗へ――  

突然こんな事になってすまない。
お前に何の挨拶もなく去る無礼を許して欲しい。

でも、これがさよならじゃないから。
俺はまた、京へ戻ってくる。

藤原の屋敷へ。
千紗のもとへ。


お前と過ごしたこの十二年は本当に楽しかった。
京での生活の中、俺の考え方が少しずつ変わって行っていた事にお前は気付いてたか?

最初は一族の為、周囲に言われるがまま、嫌々京へ上って来た俺が、気が付いたらいつか京を離れる日を想像して寂しいと思うようになっていたんだ。

お前と共にいる時間があまりにも楽しかったから、この時間が永遠とわに続けば良いのにと、いつの頃からかそんな事を願うようになっていた。


でも、お前と共にいる未来を願うと同時に、俺はお前に少しでも釣り合う人間にならなければと言う思いも芽生えた。
京へ来た最初の目的通り、役職を手に入れなければ、俺はお前の側にはいられないと。いてはいけないたのだと。


お前にこんな話をすると、身分なんて関係ないと、きっとそう言うんだろうな。
でもこの世の中は、千紗が思っている程簡単じゃない。
お前がいくら気にしないと言った所で、周りはそれを許してはくれない。

身分の低いままの俺がいつまでも千紗の側にいれば、俺だけではなくお前や忠平様までもが周りから笑いものにされてしまう。

俺のせいで、お前に辛い思いをさせるのは嫌だった。
だから俺は、位を得る事に躍起になった。
お前に釣り合う男になる為に。

結果、千紗と過ごす時間が減ってお前に寂しい思いをさせる事になってしまったけれど、俺はお前と共にいられる未来を手に入れる為に、お前と一緒にいられる時間を犠牲にする事にしたんだ。
矛盾して聞こえるかもしれない。けれどもこれが俺が信じ続けてきた信念おもいだ。

今回の事で俺は一度国に戻る事にはなってしまったけど、でも俺は、お前との未来を諦めるつもりはない。俺はまた必ず京へ戻ってくる。必ず。
だからそれまで、俺の事を信じて待っていてくれ。


~追伸~
久しぶりに再会した時、お前がどれほど美しく、気品溢れる姫に成長しているかを楽しみにしている。だからくれぐれも俺をがっかりさせてくれるなよ。藤原の家名に恥じない、立派な姫になってくれ。

じゃあまた会う日まで。どうか元気で。


平小次郎将門たいらのこじろうまさかど

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