時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 京編

昔話①

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――『忠平、私がなしえなかった事をお前に託そう。この京を、人々が罪を犯す事のない平和な都へと導いてやってくれ』――


夢を見た。懐かしい夢。
あれは遠い遠い昔の記憶。
師とも仰いでいた大切な友人と、最後に交わした約束。


「忠平様………」

「……………」


千紗の誘拐騒動に慌ただしかった一日がやっと終わりを迎えようかと言う深夜の藤原屋敷。

多くの者が寝静まる中、館の主である忠平だけはとこに入る事はせず、部屋に明かりを灯したまま文机へと向かい何やら物書きをしていた様子。

だが、流石に疲れていたのだろう。うとうとと、浅い眠りの中見た懐かしい夢。その夢の途中、掛けられた声に忠平は目を覚ました。

少しぼーっとする視線を泳がせ声の主を探すと、御簾の向こうで頭《こうべ》を垂れている者の姿が視界に映った。


「…………小次郎」


来るだろうと思っていたのか、突然の来訪者である小次郎に、然ほど驚いた様子はなく忠平は彼の名を呼んだ。
そして彼の返事も待たずに静かな声で言葉を続けた。


「やはり行くのか?」

「……」


小次郎はまだ、何も口にはしていないと言うのに、忠平から訪ねられた言葉に一瞬驚いた表情を見せながら、苦笑混じりに答える。


「忠平様には俺の行動なんて全てお見通しのようですね。はい、俺は一度故郷に戻ろうと思います。四郎から聞いた故郷の様子、俺は父と伯父達の争いを止めに行かなければ」

「お主ならそう言うだろうと思っておった。だからこそ、こうして待っておったのだ」

「……忠平様」

「お主がここに来てから早いもので、もう十年も経つのか。本当によく仕えてくれたな。あの我が儘娘も見放さず世話を焼いてくれて、お主には本当に感謝しておるぞ」

「勿体なきお言葉。俺の方こそ、こんな世間知らずの田舎者を気にかけて下さった事、いくら感謝してもしたりない程です」

「田舎者か。ははは、懐かしいな。京へ上ったばかりのお主は、まだ十二、三歳の子供で、人目も気にせず往来で貴族相手に大喧嘩しておった」


くっくっと喉を鳴らしながら笑う忠平に、みるみる顔が赤く染まって行く小次郎。


「あ、あの時は……今思いだしてもお恥ずかしい」

「何も恥じる事などなかろう。あの時のお主は正しき事をしたのだからな」


会話の中、不意に立ち上がった忠平は、二人の間を隔てていた御簾を上げると、何の予告もなく小次郎の前に姿を現した。

そして小次郎のいる庭先まで歩みを進めると、縁側にどかっと腰を下ろし、夜空に浮かぶ満点の星空を見上げながら、忠平は懐かしそうに従者である小次郎との昔話に華を咲かせた。



 ◇◇◇



――小次郎と忠平の出会い。
それは遡る事十一年も昔の話。

当時小次郎はまだまだ幼い十二歳の子供で、一族の言いつけによりくらいを得る為、坂東から一人京へと上って来たばかりだった。

父の言いつけに従い、京に上ったばかりの小次郎がこの時精力的に取り組んでいたのは、自身が忠義を尽くすに値する主を探すこと。
幼い小次郎は何軒も何軒もの貴族の屋敷を訪ね歩き、奉公先を探し歩いた。

だが、1ヶ月経っても、2ヶ月経っても、小次郎が仕えたいと思える貴族と出会える事はなかった。
それと言うのも、貴族の家を訪ね歩けば歩く程、彼等の強欲さにうんざりさせられていたから――


「お主、この屋敷に仕えたいと申すのなら、それなりの礼儀と言うものがあるのではないか?」

「……と、申されますと?」

「我が屋敷の主、御館様に何かがあるのではないかと申しておるのだ」

「……はぁ」


土産とは、いわば貢ぎ物の事を言っているのだろう。貴族の屋敷を訪ねる度に彼等から掛けられる言葉は決まってこれだった。

主従の関係を築きたいのなら、彼等はさも当たり前のように賄賂を寄こせと言うのだ。

今でも十分贅沢な暮らしをしている彼等の、更なる贅沢の為だけに、何故厳しい税の徴収を強いられ貧しい暮らしを余儀なくされている坂東の地から、更なる貢ぎ物を差し出さなければならないのか。

彼等の要求に納得のいかなかった小次郎は、己の心に従い、決して己の正義を曲げる事はしなかった。臆する事無く彼等に意見し続けたのだ。


「土産と称して賄賂を要求してくる、貴族様とは欲深い生き物なのですね。そんな方にお仕えする自信など私にはございません。謹んでこちらから辞退させて頂きます」

「お……お主っ、御館様に何たる無礼を! 話を聞く機会を設けても良いと言って下さるだけでも有り難い事。なのにお前ごとき田舎者が御館様の好意を無下にする気か?!」
「申し訳ございません。何分なもので」


そんなやり取りを繰り返し、小次郎は何人もの貴族を怒らせた。
怒らせ続けた結果、ついには小次郎に会ってくれる貴族さえもいなくなり、主を見つける事の出来ないまま時間だけが過ぎて行った。

その間、京へ上った当初の目的さえも忘れて、何度坂東へ帰ろうと思ったことか……。

だが、ある事がきっかけで勘当同然に坂東の地を追い出された当時の小次郎には、何の成果もないままに帰る事など出来るわけもなく……

どこにも行き場を失いかけ途方にくれていた時、ついに小次郎は忠平との運命的な出会いを果たしたのだ。
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