20 / 285
第一幕 京編
強く気高き姫
しおりを挟む
「千紗……」
目の前に立つ、娘の名を小さく呼んだ忠平。
その眉間には、深い皺が刻みつけられていたものの、千紗は決して視線を反らす事はせず、父である忠平と真正面から対峙した。
「父上、お話があります」
「………何だ?」
「千紗は、今はまだ結婚などする気はございません。見た目や噂だけでしか人を見ることの出来ない貴族になど、興味はない」
そこまで言い終わると、千紗は忠平の数歩手前で歩みを止め、不揃いに残った残りの長い髪を掴むと秋成から奪った短刀で自ら思いきり切り落として見せた。
「千紗っ!お前、何を……」
「結婚するのなら、見た目だけじゃない。たとえ髪が短くても、こんなボロボロの着物を着ていても、千紗を……千紗自身を好きになってくれる、そんな人が良い」
「千紗………」
「それからもう一つ。この者達を我が藤原の屋敷で雇ってはいただけませんか。この者達は、千紗達貴族のせいで親を無くしたと聞きました。ならば、妾達は責任を持ってこの者達の生活を支援しなければならないのではないですか?」
「……」
「父上!これは千紗の我が儘だと言う事は分かっています。ですが、どうか……この我が儘を受け入れてはもらえないでしょうか?」
「……」
「…………」
親子の間に長い長い沈黙が続いた。
「お前と言う奴は…………とんだお転婆娘だ」
千紗の言い分に、「はぁ」と小さく溜息を吐きながら、そう小言を漏らす忠平。
娘を鋭く睨みつけたまま一歩二歩、ゆっくり娘との距離を縮めていく。
父のどんな叱責にも、決して視線を反らすまいと、ただ真っ直ぐに父の瞳を見つめ続ける千紗。
そんな娘に根負けしたのか、千紗から先に視線を下に反らしたのは忠平の方だった。
「その我が儘な所と言い、芯の強い所と言い……本当にお前は、お前の死んだ母親そっくりだ。まったく」
呆れているような、怒っているような、そんな言葉とは裏腹に、表情には優しい笑みを浮かべながらそれだけ吐き捨てた後忠平は、そっと千紗を自身の方へと抱き寄せた。
「っ………」
「無事で良かった」
父の口から漏れ出た安堵の言葉。
久しぶりに感じる父親の温もりに千紗は一瞬目を見開くも、規則正しく聞こえてくる父親の心音と、自分を包み込む温かな腕に、次第に力が抜けて行き――千紗はゆっくりと意識を手放した。
「千紗っ?!」
急に力なくその場に崩れゆく我が子を、忠平は慌てて抱き留める。
その様子に小次郎と秋成も慌てて二人の元へと駆け寄った。
抱き留めた娘の顔を覗き込むと、暫く後に笑みを零す忠平。
心配気な二人に向かって穏やかな口調でこう囁いた。
「大丈夫。気をはって疲れたのだろう。眠ってしまったみたいだ。でも……見てみなさい。穏やかな笑顔を浮かべているよ」
忠平の言葉通り千紗の穏やかな寝顔に、小次郎も秋成もほっと胸をなで下ろした。
目の前に立つ、娘の名を小さく呼んだ忠平。
その眉間には、深い皺が刻みつけられていたものの、千紗は決して視線を反らす事はせず、父である忠平と真正面から対峙した。
「父上、お話があります」
「………何だ?」
「千紗は、今はまだ結婚などする気はございません。見た目や噂だけでしか人を見ることの出来ない貴族になど、興味はない」
そこまで言い終わると、千紗は忠平の数歩手前で歩みを止め、不揃いに残った残りの長い髪を掴むと秋成から奪った短刀で自ら思いきり切り落として見せた。
「千紗っ!お前、何を……」
「結婚するのなら、見た目だけじゃない。たとえ髪が短くても、こんなボロボロの着物を着ていても、千紗を……千紗自身を好きになってくれる、そんな人が良い」
「千紗………」
「それからもう一つ。この者達を我が藤原の屋敷で雇ってはいただけませんか。この者達は、千紗達貴族のせいで親を無くしたと聞きました。ならば、妾達は責任を持ってこの者達の生活を支援しなければならないのではないですか?」
「……」
「父上!これは千紗の我が儘だと言う事は分かっています。ですが、どうか……この我が儘を受け入れてはもらえないでしょうか?」
「……」
「…………」
親子の間に長い長い沈黙が続いた。
「お前と言う奴は…………とんだお転婆娘だ」
千紗の言い分に、「はぁ」と小さく溜息を吐きながら、そう小言を漏らす忠平。
娘を鋭く睨みつけたまま一歩二歩、ゆっくり娘との距離を縮めていく。
父のどんな叱責にも、決して視線を反らすまいと、ただ真っ直ぐに父の瞳を見つめ続ける千紗。
そんな娘に根負けしたのか、千紗から先に視線を下に反らしたのは忠平の方だった。
「その我が儘な所と言い、芯の強い所と言い……本当にお前は、お前の死んだ母親そっくりだ。まったく」
呆れているような、怒っているような、そんな言葉とは裏腹に、表情には優しい笑みを浮かべながらそれだけ吐き捨てた後忠平は、そっと千紗を自身の方へと抱き寄せた。
「っ………」
「無事で良かった」
父の口から漏れ出た安堵の言葉。
久しぶりに感じる父親の温もりに千紗は一瞬目を見開くも、規則正しく聞こえてくる父親の心音と、自分を包み込む温かな腕に、次第に力が抜けて行き――千紗はゆっくりと意識を手放した。
「千紗っ?!」
急に力なくその場に崩れゆく我が子を、忠平は慌てて抱き留める。
その様子に小次郎と秋成も慌てて二人の元へと駆け寄った。
抱き留めた娘の顔を覗き込むと、暫く後に笑みを零す忠平。
心配気な二人に向かって穏やかな口調でこう囁いた。
「大丈夫。気をはって疲れたのだろう。眠ってしまったみたいだ。でも……見てみなさい。穏やかな笑顔を浮かべているよ」
忠平の言葉通り千紗の穏やかな寝顔に、小次郎も秋成もほっと胸をなで下ろした。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

金蝶の武者
ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。
関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。
小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。
御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。
「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」
春虎は嘆いた。
金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
戦国三法師伝
kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。
異世界転生物を見る気分で読んでみてください。
本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。
信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる