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第一幕 京編
入れ替わりの果てに
しおりを挟む「四郎の兄貴、連れて来たぜ!」
「おう、ご苦労だったなお前たち」
千紗が必死にヒナを追って山を下りていた頃、千紗を迎えに行った盗賊の少年達は既に、元いた場所へと戻って来ていた。
賊の頭の少年四郎と、秋成の二人は、一触即発の緊迫した空気を解く事なく、彼等を待っていた。
二人の間に漂う何とも言えない張り詰めた空気に、ヒナは息を呑んだ。
四郎の手に、千紗と入れ替わっているヒナが引き渡されると、四郎はヒナの肩をグイと抱き寄せながら、この緊迫した空気には似合わない飄々とした口調で秋成に向かって言った。
「秋成だったか? 見ての通り姫さんは無事だ。これで文句はないだろう?」
「…………」
そんな四郎からの問い掛けに、沈黙を続ける秋成。
不意に隠し持っていた短刀を抜いて、四郎の前に突き付けた。
「なんのつもりだ?」
低く冷たい声が秋成は四郎に問いかける。
だが、秋成の脅しなど全く利いていない様子で、四郎は飄々とした態度を崩さないままに、問いを問いで返した。
「おいおい、そっちこそ何のつもりだ? 約束が違うじゃねぇか」
「それはこっちの台詞だ。身代わりを連れてくるとはどう言うつもりだ?」
「は? 身代わり? 何の事だか」
お互いに噛み合わない会話。
覚えのない言いがかりに反論しようと、再び四郎が口を開きかけた時、四郎の言葉を無視して秋成はついに短刀を振り上げた。
瞬間、身代わりのヒナが頭からかぶる着物が秋成の手によって勢い良く引き裂かれる。
「「「「…………っ!」」」」
引き裂かれた着物の下から現れてた人物に、秋成以外のその場にいた全員が息を呑んだ。
「………こりゃ驚いた。ヒナ、お前上手く化けたなぁ。あんたもよく姫さんじゃないって分かったな」
驚いたと言うわりには、あっけらかんと言ってのける四郎の言葉をまたも無視して、冷たい眼差しでヒナを睨みつける秋成。
そしてゆっくりと着物を引き裂いた短刀を構え直すと、切っ先をヒナの眼前へと突き付けた。
「千紗は何処だ?」
冷たい声で静かに彼女に問う。
秋成に睨まれたヒナはと言えば、目の前で突き付けられた刃への恐怖心から、彼女の呼吸は激しく乱れ始めた。
タラリと冷や汗が彼女の頬を伝う。
ふいに脳裏に蘇る、目の前で両親が殺されたあの日の恐怖。
そして……彼女の中で何かがプツンと、音をたてて切れた。
「あ……あ……あ……あああああ~~~~~~!!!!!?」
突如狂ったように発狂するヒナ。
「お、おい、どうしたヒナ?落ち着け!」
声を出せないはずのヒナの突然の絶叫に、それまで飄々とした態度を崩さなかった四郎も、流石に少し慌てた様子でヒナの暴走を止めにかかった。
だが、四郎の声はもうヒナには届かない。
四郎の静止をするりと掻い潜り、四郎の腰にささる刀に手を伸ばしたヒナは彼から刀を奪い取ると、手にしたそれをを秋成に向かって無我夢中で振り回し始めた。
彼女に鉄の塊である刀は少し重たいのか、振り回す体はよろよろとよろめいている。
逆にそれが危なっかしくて、四郎は簡単には彼女に近づく事が出来なかった。
そして秋成も、突然のヒナの行動に意表を突かれて最初の一太刀を避ける事が出来なくて、ヒナの振り回す刀によって秋成の着物の袖をハラリと切り落される。
と同時に、袖にしまってあった、"ある物"がカランと音を立てて地面に落ちた。
「っ……!」
それまで鋭く細められていた秋成の目が、地面に落ちた“それ”に囚われ一瞬見開かれた。
急いで地面に落ちた“それ”を拾おうと機会を見計らうも、でたらめに振り回され予測のつかない太刀筋に、なかなか"それ"に近づく事は出来なくて、秋成の表情にはどこか焦りの色がチラついた。
その様子を、少し離れた場所から見守る一人の人物の姿があった。
その人物は、ヒナが入れ替わった人物であり、今まさに秋成が探していた人物、千紗だ。
盗賊の少年達にやっと追いついて来た千紗は、目の前で繰り広げられていた光景に絶句した。
刀を手に、おぼつか無い足取りで、秋成に向かって振り回しているヒナ。
そして振り回しながら発狂する彼女の姿は、とても正気のものとは思えない。
大人しいはずの彼女に、一体何があったと言うのだろうか。
更には秋成も、命を狙われている状況下で、何やら下ばかりを気にして戦いに集中出来ていない様子。
このままっでは、いつどちらが大きな怪我を負ってもおかしくない。
「秋成の奴……いったい何に気を取られておる。危なっかしくて見ておれぬではないか!!」
秋成はこの状況下で、いったい何に気を取られていると言うのだろうか。
秋成の目で追う物が気になって、秋成の視線の先、ヒナの足元へとよくよく目を凝らして見やる千紗。するとそこには、キラリと光る物が確かにあって
「あれか!」
秋成の視線が追う物を見つけた千紗。
しかしその何かを、秋成との距離を縮めようと一歩足を踏み出したヒナが、今にも踏みそうになった。
すると次の瞬間、すかさず光るものへ向かって秋成が飛び込む姿が。
彼のその行動に驚いたのか、再度狂ったように発狂しながら、ヒナは地面に蹲る秋成めがけて刀を振り上げる。
「う、うわぁぉぁ~~~!!!来るな来るな来るな来るな!!!!」
「秋成~~!!」
秋成に向かって、今にも刀を振り下ろされそうな状況に、たまらず千紗は隠れていた茂みから飛び出して、秋成の元へと急いで駆け寄った。
突然の千紗の登場に、その場にいた誰もが驚いた事は言うまでまない。
ヒナもまた、驚いた人間の一人で、そんな驚きも手伝ってかヒナの手に握られた刀は、秋成めがけて勢いよく振り下ろされて行く。
「秋成っっっ!」
「千紗っ!?」
どうして千紗が?そう秋成が言葉を発するより先に衝撃が秋成を襲う。
“どさっ”
ヒナの振り下ろす刀から秋成を庇うように、千紗が秋成向かって急いで飛び込んで来たのだ。
千紗によって秋成の視界が塞がれた瞬間、耳に聞こえてきたのは“カキーン”と言う金属が何かにぶつかり合う音。
その音は風に乗り、はるか遠くにまで響き渡った。
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