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第一幕 京編
千紗を助けに
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その頃、千紗が盗賊との仲を深め結託している事など露とも知らぬ小次郎と、秋成達は――
「兄上!あそこにいるのは!」
「っっキヨ!!」
「っ………小次郎様。秋成様」
道中、千紗の世話役として千紗と仲の良い侍女キヨの姿を見つけ、二人は馬から飛び降り彼女の元へと走り寄る。
「無事かっ?怪我はっっ?!」
「小次郎様……私は大丈夫にございます。だからこそ、助けを呼ぼうとこうして……」
「助け? まさか、怪我人がいるのか?」
「はい。中には酷い怪我を負った者も数名。それに……姫様が……姫様が………」
「っ! 千紗がどうした? あいつに何かあったのか?!」
それまで小次郎とキヨ、二人のやりとりを黙って聞いていた秋成が、物凄い形相でキヨに詰め寄る。
「落ち着け秋成!キヨが怖がっている」
「す……すみません……」
「キヨ、ゆっくりで良い、状況を話してくれないか?」
強い口調で秋成を宥めつつ、小次郎はキヨには優しい口調で話の続きを促した。
「私もよく分からないのです。急に前方から悲鳴が聞こえて来て、武士団の方々が慌てて声の方へと集まっていかれました。周りから男の方たちが誰一人いなくなったと思ったら、急に後ろから固い物で殴られて……次に私が目を覚ました時にはもう、牛車の中に姫様の姿はなく。変わりにこんなものが置いてありました」
そう言って彼女は懐から一枚の紙切れを取り出した。
「これは……手紙? 兄上、何と書いてあるのですか?」
「姫は預かった。姫を返して欲しくば我らの要求を聞き入れたし。今日の宵闇までに30俵の米俵を持って如意ヶ嶽の麓まで来られたし。用意出来なかった時は、姫の命はないものと思え」
「如意ヶ嶽。そこに千紗が……」
小次郎が手紙を読み終えた、次の瞬間、秋成は既に走り出していた。
「おいっ、秋成!」
秋成の暴走を止めようと小次郎が彼の名を呼ぶ。だが秋成は小次郎の声など聞こえていないのか、一人如意ヶ嶽がある東の方へ向けて走り去って行ってしまった。
秋成の勝手な行動に小次郎が頭を抱えていると、小次郎の読み上げた手紙を覗き込みながらキヨがある疑問を口にした。
「小次郎様、字が書けると言う事は、貴族の者が姫様を? 藤原家に恨みを持った誰かが?」
「いや、多分違うな。恨みがある貴族にしては要求が生易しすぎる。米だけが目的だとすると……キヨ、お前を殴った者の顔は覚えていないか?」
「顔と言われましても………」
必死に記憶を手繰り寄せるキヨ。
「あっ! そう言えば、僅かに覚えている人影は、確か私よりも背が低かった。あの人影は……まるで子供のようでした!」
「子供か。なる程な。生きる為に賊に手を染めたか。まったく、いつかの誰かを思い出す」
そう漏らすと、小次郎は小さくなった秋成の背中を見つめながら小さくため息をついた。
「キヨ。俺は忠平様にこの事を知らせに行く。お前に怪我人の世話を頼んで良いか?」
「私は構いませんが……小次郎様は、秋成様の後を追わなくても宜しいのですか? 変わりに私が忠平様に知らせに行っても」
「よくはないさ。俺だってあの馬鹿のように、すぐにでも千紗を助けに行きたい。だが……忠平様に一刻も早くこの事を知らせなくては」
「ですから、それは私が……」
「馬で駆けた方が早いだろう。キヨには馬術の心得が?」
「あっ……」
「そう言う事だ」
苦しげな笑いを浮かべる小次郎。
「ったく、俺もあいつらみたいに後先考えず突っ走れる程馬鹿でいられたらな………」
「小次郎様……」
「俺は一人だけ、あいつらより先に大人になりすぎたのかもしれない。……なんてな」
そう冗談めいて呟く小次郎が、キヨの目にはどこか淋しそうに見えた。
◆◆◆
(千紗、どうか、どうか無事で……)
ただそれだけを願って、秋成は走った。
走り続けた。
手紙にあった京の東に聳え立つ、如意ヶ嶽と呼ばれる山を目指して走り始めてから、どれ程の時間が経っただろうか。
如意ヶ嶽に近づけば近づく程に、道にはごつごつとした石が増え、走りにくくなっていた。
ふいに履いていた草鞋の紐が切れて、秋成の足がもつれる。
なんとか前につんのめりそうになったのを堪えて、秋成の足はやっと止まった。
足元に向いた視界には、親指と人差し指の間から痛々しく血が流れてている自分の足が映った。
指と指の間だけではない。他にもあらゆるカ所が切り傷だらけで、秋成の足は血と泥にまみれていた。
その痛みにさえも気付かずに、ただがむしゃらに走り続けて来た秋成だったが、足を止めた事で、じっと息を殺しこちらを監視するいくつかの人の気配を感じた。
手紙には詳しい場所の指定はなく、ただ勢いだけでこの地へと足を踏み入れたが、どうやら彼等の本拠地は近いらしい。
「千紗……必ず助けに行く。どうか……どうか無事でいてくれ………」
千紗の無事を願いながら、糸の切れた草鞋を脱ぎ捨て、それらの気配を探り、導かれるままに秋成は再び走り出した。
「兄上!あそこにいるのは!」
「っっキヨ!!」
「っ………小次郎様。秋成様」
道中、千紗の世話役として千紗と仲の良い侍女キヨの姿を見つけ、二人は馬から飛び降り彼女の元へと走り寄る。
「無事かっ?怪我はっっ?!」
「小次郎様……私は大丈夫にございます。だからこそ、助けを呼ぼうとこうして……」
「助け? まさか、怪我人がいるのか?」
「はい。中には酷い怪我を負った者も数名。それに……姫様が……姫様が………」
「っ! 千紗がどうした? あいつに何かあったのか?!」
それまで小次郎とキヨ、二人のやりとりを黙って聞いていた秋成が、物凄い形相でキヨに詰め寄る。
「落ち着け秋成!キヨが怖がっている」
「す……すみません……」
「キヨ、ゆっくりで良い、状況を話してくれないか?」
強い口調で秋成を宥めつつ、小次郎はキヨには優しい口調で話の続きを促した。
「私もよく分からないのです。急に前方から悲鳴が聞こえて来て、武士団の方々が慌てて声の方へと集まっていかれました。周りから男の方たちが誰一人いなくなったと思ったら、急に後ろから固い物で殴られて……次に私が目を覚ました時にはもう、牛車の中に姫様の姿はなく。変わりにこんなものが置いてありました」
そう言って彼女は懐から一枚の紙切れを取り出した。
「これは……手紙? 兄上、何と書いてあるのですか?」
「姫は預かった。姫を返して欲しくば我らの要求を聞き入れたし。今日の宵闇までに30俵の米俵を持って如意ヶ嶽の麓まで来られたし。用意出来なかった時は、姫の命はないものと思え」
「如意ヶ嶽。そこに千紗が……」
小次郎が手紙を読み終えた、次の瞬間、秋成は既に走り出していた。
「おいっ、秋成!」
秋成の暴走を止めようと小次郎が彼の名を呼ぶ。だが秋成は小次郎の声など聞こえていないのか、一人如意ヶ嶽がある東の方へ向けて走り去って行ってしまった。
秋成の勝手な行動に小次郎が頭を抱えていると、小次郎の読み上げた手紙を覗き込みながらキヨがある疑問を口にした。
「小次郎様、字が書けると言う事は、貴族の者が姫様を? 藤原家に恨みを持った誰かが?」
「いや、多分違うな。恨みがある貴族にしては要求が生易しすぎる。米だけが目的だとすると……キヨ、お前を殴った者の顔は覚えていないか?」
「顔と言われましても………」
必死に記憶を手繰り寄せるキヨ。
「あっ! そう言えば、僅かに覚えている人影は、確か私よりも背が低かった。あの人影は……まるで子供のようでした!」
「子供か。なる程な。生きる為に賊に手を染めたか。まったく、いつかの誰かを思い出す」
そう漏らすと、小次郎は小さくなった秋成の背中を見つめながら小さくため息をついた。
「キヨ。俺は忠平様にこの事を知らせに行く。お前に怪我人の世話を頼んで良いか?」
「私は構いませんが……小次郎様は、秋成様の後を追わなくても宜しいのですか? 変わりに私が忠平様に知らせに行っても」
「よくはないさ。俺だってあの馬鹿のように、すぐにでも千紗を助けに行きたい。だが……忠平様に一刻も早くこの事を知らせなくては」
「ですから、それは私が……」
「馬で駆けた方が早いだろう。キヨには馬術の心得が?」
「あっ……」
「そう言う事だ」
苦しげな笑いを浮かべる小次郎。
「ったく、俺もあいつらみたいに後先考えず突っ走れる程馬鹿でいられたらな………」
「小次郎様……」
「俺は一人だけ、あいつらより先に大人になりすぎたのかもしれない。……なんてな」
そう冗談めいて呟く小次郎が、キヨの目にはどこか淋しそうに見えた。
◆◆◆
(千紗、どうか、どうか無事で……)
ただそれだけを願って、秋成は走った。
走り続けた。
手紙にあった京の東に聳え立つ、如意ヶ嶽と呼ばれる山を目指して走り始めてから、どれ程の時間が経っただろうか。
如意ヶ嶽に近づけば近づく程に、道にはごつごつとした石が増え、走りにくくなっていた。
ふいに履いていた草鞋の紐が切れて、秋成の足がもつれる。
なんとか前につんのめりそうになったのを堪えて、秋成の足はやっと止まった。
足元に向いた視界には、親指と人差し指の間から痛々しく血が流れてている自分の足が映った。
指と指の間だけではない。他にもあらゆるカ所が切り傷だらけで、秋成の足は血と泥にまみれていた。
その痛みにさえも気付かずに、ただがむしゃらに走り続けて来た秋成だったが、足を止めた事で、じっと息を殺しこちらを監視するいくつかの人の気配を感じた。
手紙には詳しい場所の指定はなく、ただ勢いだけでこの地へと足を踏み入れたが、どうやら彼等の本拠地は近いらしい。
「千紗……必ず助けに行く。どうか……どうか無事でいてくれ………」
千紗の無事を願いながら、糸の切れた草鞋を脱ぎ捨て、それらの気配を探り、導かれるままに秋成は再び走り出した。
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