時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
13 / 285
第一幕 京編

面白き姫

しおりを挟む
「……ん……」


額に冷たいものが触れ、千紗は目を覚ます。重い目蓋をゆっくりと開くと、見知らぬ天井と怯えた様子の少女の顔が視界に映った。


「お主……は……? ここは……どこじゃ……………?」


千紗の問いかけに、少女はただオドオドするだけ。そんな少女をまだ覚めきらぬ虚ろな目で見ながら、千紗はぼーっとする頭で記憶を手繰り寄せた。


「……っ!」


はっと、何かを思い出したのか急に勢いよく起き上ると、千紗は目の前の少女の腕をギュっと掴み、まるで襲いかかるような勢いで彼女の体を前後に激しく揺らし、問いただした。


「お主が妾達を襲った賊か? ここは何処だ? 何故妾はここにいる?」
 
「…………」

「キヨは? 皆は?! 屋敷の者達は無事なのか??」

「……………………」


だが、千紗の勢いに少女はただただ怯えを示すだけで、何も言葉は返ってこない。

痺れを切らした千紗の手には更に力がこもり、少女の細くか弱い腕をギリギリと締め付けた。


「何故黙ったままなのだ?!頼む、教えてくれ!」


だが千紗が与える痛みと恐怖に酷く顔を歪めながらも、少女は何故かそれらの感情すらも決して声に出そうとはしなかった。


「おいおい、あんまりイジメないでやってくれ」


そんな二人のやり取りに、不意に後ろから声が掛かる。
突然の声に、千紗の力も一瞬弱まった。 

その一瞬の隙に、少女は千紗の手を振り解き、声の主のもとへと駆け寄って行く。

千紗は、逃げられた少女を目で追うと同時に、声の主へと視線を向けた。

そこに立っていたのは、ヒョウヒョウと人を小ばかにしたような、薄気味悪い笑みを浮かべた男。
年は秋成より少し上といった程度か。

彼の後ろに隠れる少女もまた、千紗とそう歳の変わらない様子。

そんなまだ幼い彼らが、何故人を襲ったり攫ったり、賊紛いの事をしているのだろうか?

次々に沸き起こる疑問を頭に浮かべながら、二人に鋭い視線を送っていると、男の方がニヤニヤと楽しそうな様子で口を開いた。


「こいつはな、“答えない”んじゃなくて“答えられない”。口がきけないんだ」

「口が?」


男から告げられた言葉は思いもよらないもので、千紗は驚き、まじまじと少女を見た。

じっと見つめられた少女は、千紗の視線に更に怯えを示し、少年の後ろへすっと隠れてしまって、かろうじて見える少年の着物を掴む手は、酷く震えていた。


「そうだ。こいつはな、目の前で親を殺されたんだ。その時受けた精神的な衝撃から、声を失ったんだよ」

「親を殺された? 何故じゃ!!」

「……何故?」


千紗からなされた問いに、今までヒョウヒョウとした口調で話していた少年の声色が、急に低く冷たいものへと変わる。その突然の変化に千紗は、ぞくりと背筋に凍りつような悪寒を感じた。


「貴族のあんたがそれを聞くのか? そんなの、あんたら貴族が無理な年貢の徴収を迫るから! 何もしないで日々贅沢三昧のあんたらが、必死に働きながらも日々の食料すらままならない貧しい俺達から、年貢と称して多くの食い物をぶん取って行くから! 知ってるか。年貢を納められなかった民はな、ただそれだけで罪に問われる。切り捨てられて行くんだ。こいつの親もその一人。ここにいる奴らはみんなそうやって貴族連中に親を奪われた孤児なんだよ!」

「…………」


千紗は絶句した。今まで自分が何不自由のない生活を送っていた裏で、そんな農民達の苦労があった事実に。


「そんなわけで、今俺達は今、生きる為に必死ってわけ。悪いがあんたには色々と協力してもらうぜ」


その口調はまるで、否を認める気などない。命令に近い脅し口調。

だが、脅されている事に当の本人はその事に気付いているのかいないのか?千紗はと言えば……


「分かった! 妾に出来る事があるのならば何でも言ってくれ! 妾を囮に、父上を脅すのか? それとも妾の身包みぐるみを全て売って金にするのか?」


あっさりと彼等への協力の意思を示した。


「……………」


今度は少年が絶句する番だ。
そして、暫くして盛大な笑い声が上がった。


「おい、お主、何を笑っておる。無礼な!」

「いや、悪い。あんた、面白い姫さんだな。怖がるどころか……っははは」

「物分かりが良いと言ってくれ。これでお主達に少しでも償うことが出来るのならば、妾は協力を惜しまぬぞ。お主達を見ていると、ある一人の馬鹿を思い出す。そやつも幼いながらに真正面から貴族の妾に楯突いて来て、度胸のある奴だと関心したものだ。馬鹿な奴程、妾を応援したい気持ちにさせる」

「ふはは。やっぱり面白い姫さんだ。気に入った。騒ぐなら殺そうかとも思ったが、あんたは殺すのは惜しい。生かす方向で色々と手伝ってもらうぜ」

「勿論じゃ!それで、妾は何をすれば良い?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...