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第一幕 京編
面白き姫
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「……ん……」
額に冷たいものが触れ、千紗は目を覚ます。重い目蓋をゆっくりと開くと、見知らぬ天井と怯えた様子の少女の顔が視界に映った。
「お主……は……? ここは……どこじゃ……………?」
千紗の問いかけに、少女はただオドオドするだけ。そんな少女をまだ覚めきらぬ虚ろな目で見ながら、千紗はぼーっとする頭で記憶を手繰り寄せた。
「……っ!」
はっと、何かを思い出したのか急に勢いよく起き上ると、千紗は目の前の少女の腕をギュっと掴み、まるで襲いかかるような勢いで彼女の体を前後に激しく揺らし、問いただした。
「お主が妾達を襲った賊か? ここは何処だ? 何故妾はここにいる?」
「…………」
「キヨは? 皆は?! 屋敷の者達は無事なのか??」
「……………………」
だが、千紗の勢いに少女はただただ怯えを示すだけで、何も言葉は返ってこない。
痺れを切らした千紗の手には更に力がこもり、少女の細くか弱い腕をギリギリと締め付けた。
「何故黙ったままなのだ?!頼む、教えてくれ!」
だが千紗が与える痛みと恐怖に酷く顔を歪めながらも、少女は何故かそれらの感情すらも決して声に出そうとはしなかった。
「おいおい、あんまりイジメないでやってくれ」
そんな二人のやり取りに、不意に後ろから声が掛かる。
突然の声に、千紗の力も一瞬弱まった。
その一瞬の隙に、少女は千紗の手を振り解き、声の主のもとへと駆け寄って行く。
千紗は、逃げられた少女を目で追うと同時に、声の主へと視線を向けた。
そこに立っていたのは、ヒョウヒョウと人を小ばかにしたような、薄気味悪い笑みを浮かべた男。
年は秋成より少し上といった程度か。
彼の後ろに隠れる少女もまた、千紗とそう歳の変わらない様子。
そんなまだ幼い彼らが、何故人を襲ったり攫ったり、賊紛いの事をしているのだろうか?
次々に沸き起こる疑問を頭に浮かべながら、二人に鋭い視線を送っていると、男の方がニヤニヤと楽しそうな様子で口を開いた。
「こいつはな、“答えない”んじゃなくて“答えられない”。口がきけないんだ」
「口が?」
男から告げられた言葉は思いもよらないもので、千紗は驚き、まじまじと少女を見た。
じっと見つめられた少女は、千紗の視線に更に怯えを示し、少年の後ろへすっと隠れてしまって、かろうじて見える少年の着物を掴む手は、酷く震えていた。
「そうだ。こいつはな、目の前で親を殺されたんだ。その時受けた精神的な衝撃から、声を失ったんだよ」
「親を殺された? 何故じゃ!!」
「……何故?」
千紗からなされた問いに、今までヒョウヒョウとした口調で話していた少年の声色が、急に低く冷たいものへと変わる。その突然の変化に千紗は、ぞくりと背筋に凍りつような悪寒を感じた。
「貴族のあんたがそれを聞くのか? そんなの、あんたら貴族が無理な年貢の徴収を迫るから! 何もしないで日々贅沢三昧のあんたらが、必死に働きながらも日々の食料すらままならない貧しい俺達から、年貢と称して多くの食い物をぶん取って行くから! 知ってるか。年貢を納められなかった民はな、ただそれだけで罪に問われる。切り捨てられて行くんだ。こいつの親もその一人。ここにいる奴らはみんなそうやって貴族連中に親を奪われた孤児なんだよ!」
「…………」
千紗は絶句した。今まで自分が何不自由のない生活を送っていた裏で、そんな農民達の苦労があった事実に。
「そんなわけで、今俺達は今、生きる為に必死ってわけ。悪いがあんたには色々と協力してもらうぜ」
その口調はまるで、否を認める気などない。命令に近い脅し口調。
だが、脅されている事に当の本人はその事に気付いているのかいないのか?千紗はと言えば……
「分かった! 妾に出来る事があるのならば何でも言ってくれ! 妾を囮に、父上を脅すのか? それとも妾の身包みを全て売って金にするのか?」
あっさりと彼等への協力の意思を示した。
「……………」
今度は少年が絶句する番だ。
そして、暫くして盛大な笑い声が上がった。
「おい、お主、何を笑っておる。無礼な!」
「いや、悪い。あんた、面白い姫さんだな。怖がるどころか……っははは」
「物分かりが良いと言ってくれ。これでお主達に少しでも償うことが出来るのならば、妾は協力を惜しまぬぞ。お主達を見ていると、ある一人の馬鹿を思い出す。そやつも幼いながらに真正面から貴族の妾に楯突いて来て、度胸のある奴だと関心したものだ。馬鹿な奴程、妾を応援したい気持ちにさせる」
「ふはは。やっぱり面白い姫さんだ。気に入った。騒ぐなら殺そうかとも思ったが、あんたは殺すのは惜しい。生かす方向で色々と手伝ってもらうぜ」
「勿論じゃ!それで、妾は何をすれば良い?」
額に冷たいものが触れ、千紗は目を覚ます。重い目蓋をゆっくりと開くと、見知らぬ天井と怯えた様子の少女の顔が視界に映った。
「お主……は……? ここは……どこじゃ……………?」
千紗の問いかけに、少女はただオドオドするだけ。そんな少女をまだ覚めきらぬ虚ろな目で見ながら、千紗はぼーっとする頭で記憶を手繰り寄せた。
「……っ!」
はっと、何かを思い出したのか急に勢いよく起き上ると、千紗は目の前の少女の腕をギュっと掴み、まるで襲いかかるような勢いで彼女の体を前後に激しく揺らし、問いただした。
「お主が妾達を襲った賊か? ここは何処だ? 何故妾はここにいる?」
「…………」
「キヨは? 皆は?! 屋敷の者達は無事なのか??」
「……………………」
だが、千紗の勢いに少女はただただ怯えを示すだけで、何も言葉は返ってこない。
痺れを切らした千紗の手には更に力がこもり、少女の細くか弱い腕をギリギリと締め付けた。
「何故黙ったままなのだ?!頼む、教えてくれ!」
だが千紗が与える痛みと恐怖に酷く顔を歪めながらも、少女は何故かそれらの感情すらも決して声に出そうとはしなかった。
「おいおい、あんまりイジメないでやってくれ」
そんな二人のやり取りに、不意に後ろから声が掛かる。
突然の声に、千紗の力も一瞬弱まった。
その一瞬の隙に、少女は千紗の手を振り解き、声の主のもとへと駆け寄って行く。
千紗は、逃げられた少女を目で追うと同時に、声の主へと視線を向けた。
そこに立っていたのは、ヒョウヒョウと人を小ばかにしたような、薄気味悪い笑みを浮かべた男。
年は秋成より少し上といった程度か。
彼の後ろに隠れる少女もまた、千紗とそう歳の変わらない様子。
そんなまだ幼い彼らが、何故人を襲ったり攫ったり、賊紛いの事をしているのだろうか?
次々に沸き起こる疑問を頭に浮かべながら、二人に鋭い視線を送っていると、男の方がニヤニヤと楽しそうな様子で口を開いた。
「こいつはな、“答えない”んじゃなくて“答えられない”。口がきけないんだ」
「口が?」
男から告げられた言葉は思いもよらないもので、千紗は驚き、まじまじと少女を見た。
じっと見つめられた少女は、千紗の視線に更に怯えを示し、少年の後ろへすっと隠れてしまって、かろうじて見える少年の着物を掴む手は、酷く震えていた。
「そうだ。こいつはな、目の前で親を殺されたんだ。その時受けた精神的な衝撃から、声を失ったんだよ」
「親を殺された? 何故じゃ!!」
「……何故?」
千紗からなされた問いに、今までヒョウヒョウとした口調で話していた少年の声色が、急に低く冷たいものへと変わる。その突然の変化に千紗は、ぞくりと背筋に凍りつような悪寒を感じた。
「貴族のあんたがそれを聞くのか? そんなの、あんたら貴族が無理な年貢の徴収を迫るから! 何もしないで日々贅沢三昧のあんたらが、必死に働きながらも日々の食料すらままならない貧しい俺達から、年貢と称して多くの食い物をぶん取って行くから! 知ってるか。年貢を納められなかった民はな、ただそれだけで罪に問われる。切り捨てられて行くんだ。こいつの親もその一人。ここにいる奴らはみんなそうやって貴族連中に親を奪われた孤児なんだよ!」
「…………」
千紗は絶句した。今まで自分が何不自由のない生活を送っていた裏で、そんな農民達の苦労があった事実に。
「そんなわけで、今俺達は今、生きる為に必死ってわけ。悪いがあんたには色々と協力してもらうぜ」
その口調はまるで、否を認める気などない。命令に近い脅し口調。
だが、脅されている事に当の本人はその事に気付いているのかいないのか?千紗はと言えば……
「分かった! 妾に出来る事があるのならば何でも言ってくれ! 妾を囮に、父上を脅すのか? それとも妾の身包みを全て売って金にするのか?」
あっさりと彼等への協力の意思を示した。
「……………」
今度は少年が絶句する番だ。
そして、暫くして盛大な笑い声が上がった。
「おい、お主、何を笑っておる。無礼な!」
「いや、悪い。あんた、面白い姫さんだな。怖がるどころか……っははは」
「物分かりが良いと言ってくれ。これでお主達に少しでも償うことが出来るのならば、妾は協力を惜しまぬぞ。お主達を見ていると、ある一人の馬鹿を思い出す。そやつも幼いながらに真正面から貴族の妾に楯突いて来て、度胸のある奴だと関心したものだ。馬鹿な奴程、妾を応援したい気持ちにさせる」
「ふはは。やっぱり面白い姫さんだ。気に入った。騒ぐなら殺そうかとも思ったが、あんたは殺すのは惜しい。生かす方向で色々と手伝ってもらうぜ」
「勿論じゃ!それで、妾は何をすれば良い?」
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