時ノ糸~絆~

汐野悠翔

文字の大きさ
上 下
12 / 285
第一幕 京編

小次郎の決意

しおりを挟む
その頃__

千紗の身に危険が迫っている事を知らない秋成は、牛車を離れ市へと戻って来ていた。そしてあるものを探し、市の中を彷徨い歩いていた。


「確かこの辺りで……あった!!」


秋成が足を止めた場所。そこは、先程千紗が足を止め魅入っていた装飾品が並ぶ店の前。
秋成は、足を止めるなり迷うことなくあるものを手に取ると、店の主人に声を掛けた。


「すまない、これをくれ」

「へい!ありがとうございます!!」


懐に入れていた銅銭を店の主に手渡し、代わりに目当ての物を受け取ると、秋成満足気にその店を後にした。
そして、“それ”を大事に袖の中へ仕舞い、急いで千紗の元へと引き返す。



「秋成?」


千紗の元へと急ぐ道中、聞き覚えのある声で不意に後ろから名前を呼れた秋成。振り返った先にいたのは


「兄上!」


仕事の途中なのか、馬に跨り、驚いた表情で秋成を見下ろす小次郎の姿。


「お前、何故こんな所に一人でいる?千紗はどうした?」

「千紗なら先に屋敷へ。俺は私用を思い出して……」

「お前、千紗から離れたのか? 何故だっ!!」

「……え?」


いつも余裕が伺える、大人で雄大な印象の兄の態度とはどこか違って、顔は青ざめているようにも見える。何やら焦っているような義兄の様子に、秋成は言いようのない不安を覚えた。


「何か……あったのですか?」

「……」

「兄上!」


なかなか口を開かない兄に対して、不安を抑えきれなかった秋成の口調は無意識に強くなっていた。


「最近、この辺りで貴族が盗賊に襲われる事件が多発している。だから京の治安を守る検非違使けびいしの方々が見回りを強化していたんだ」

「………」

「そして今、新たに賊騒ぎがあったと知らせを受けた。目撃情報によれば、今回襲われたのは姫君で、牛車の豪華さから、かなり格式の高い家の者ではないかと」

「……っ!」


小次郎の話に、息を呑む秋成。まさか、その盗賊に襲われたのは__


秋成の反応に、馬から下りる小次郎。秋成の胸ぐらを掴んで荒々しく揺さぶった。


「秋成……何故お前がここにいる?何故千紗の元から離れた!!答えろ秋成!」

「申し訳……ございません………」

「謝って済むと思っているのか! 俺はお前に千紗を任せると言った。俺がどんな気持ちでお前に任せたか分かるか?!」


  ◇◇◇


-三年前-

小次郎が二十歳を迎えた日、忠平の働きかけで小次郎は検非違使見習いとして、朝廷内の仕事を手伝う事となった。

見習い扱いでまだ正式な役職とは言えなかったものの、働きが認められれば、検非違使として取り立てて貰える。正式な役職を手に入れられるかもしれない、その一歩手前まで近付いたのだ。

小次郎は、もとは地方豪族の生まれであったものの、先祖を辿ればそれなりに格式のある家柄。それゆえに、政治的地位を取り戻す為、京で何かしらの役職を賜る事を目的に、十一の歳に故郷板東ばんどうより一人京へと上って来ていた。

この時代、小次郎のような境遇の者は決して珍しくはなく、“地方豪族”と呼ばれる多くの者が京での肩書きを求め、京へ上った。
だか、雅やかな京の貴族社会の中では田舎者の野蛮人と毛嫌いされ、なかなか役職を賜る事は難しかった。

そんな中、苦労して苦労して、九年かけてやっと手にしたのが、検非違使見習いの仕事。

小次郎としては、なんとしてもこの機会をものにしたいと意気込んでいたが、検非違使になったばかりの頃、彼に懐いていた千紗はこの事実を喜んではくれなかった。


『イヤじゃ!小次郎は千紗の護衛。なのに何故検非違使などに……京にとられなければならぬのだ!?』


そう言って、彼女は幼子のように駄々をこねた。


千紗の護衛として藤原家に仕えていた筈の小次郎が、京の護衛として京に取られたと思ったのだろう。


『千紗、大丈夫。俺は検非違使になっても、千紗の護衛である事には変わらない。これからも千紗の側にいる』


その場凌ぎの偽りではない。本心からでた言葉で千紗を宥め、その時は何とか納得させたのだが、彼女が危惧していた通り、検非違使見習いとなった事で、彼女に構う時間が減ったのは紛れもない事実となった。

幼い頃から傍で見守り、世話して来た千紗に寂しい思いをさせてしまっている事に、小次郎の胸は痛んだ。

おかげで、何度検非違使の仕事よりも、千紗の護衛の仕事を優先させようと思った事か。

千紗の寂しそうな顔を見せられる度に、京に来た目的も、家柄も、何もかもを捨てて、千紗の傍にいてやりたいと思う自分がいた。

そして、そんなすれ違いが続く日々の中で、ある日千紗がついに事件を起こした。


『小次郎の居らぬ生活など退屈じゃ。こんな退屈な家など出て行ってやる。高志と秋成は人質として連れて行く。帰ってきて欲しくば、小次郎を妾の護衛に戻すこと』


たった一枚の置き手紙を残して、千紗は秋成と高志を連れ、家出してしまったのだ。


『あんの馬鹿!』


幸い、いち早くその手紙を見つけたのが小次郎であった為、千紗の行動を知り尽くした小次郎の手によって、大きな騒ぎになる事なく、事件は無事解決したのだが。

千紗を見つけた時、千紗の傍には自分ではなく秋成が寄り添うようにいて、千紗も絶対的な信頼を自分だけではなく秋成に寄せていて、今までの自分の居場所が秋成に奪われたと、この時小次郎は十近くも下の子供に、初めて感じる醜い感情を抱いたのだ。

その感情が、“嫉妬心”だと分かった時には、可笑しくて笑いが止まらなかった。七つも下の子供に嫉妬?何故?
妹のように可愛がって来た千紗を取られたと思ったから?
そんな馬鹿な。それではまるで……

自分でも気付かないうちに、育っていた千紗への感情を、最初は認めたくなくて、目を逸らせようとした。

だって、千紗はまだ十二の子供で、何より左大臣の娘である千紗と自分では住む世界が違う。
忠誠を誓うべき相手に主以上の感情を抱く事など……あってはならない事だ。

けれど、目を逸らせようとすればする程、自分の中に芽生えた感情を偽ることは出来なかった。
あぁ、自分は千紗の事が、好きなのだと。

だからこそ……
自分の気持ちに気付いてしまったからこそ、小次郎は検非違使見習いの仕事を辞める訳にはいかないと悟った。

今のままでは、千紗を想う事すら叶わない。貴族である千紗に見合う男にならなければ。

その為にも、この京の貴族社会でもっと、もっと権力ちから》を持たなければ。検非違使の仕事を真っ当しなければ__

それが小次郎の決意。
秋成とは違った形で、千紗を大切に思っている小次郎なりの決意。

千紗の側を離れる間、守れない自分の代わりに、千紗が絶対の信頼を寄せている秋成に、彼女の護衛の任を託した。

好きな女を自らの手で守れない悔しさ。義弟とは言え、他の男に託さなければならない苦痛。全てを噛み殺して、小次郎は秋成に千紗の事を託したのだ。

それなのに――


「何故お前は千紗の元から離れた!!」


小次郎の剣幕に、秋成は唇を噛み締めながら拳をキツく握りしめ、一目散に走り出す。


「……ッチ」

そんな秋成の後ろ姿を見ながら小次郎は小さく舌打ちする。
そして連れていた馬へと乗馬し、秋成の後を追い掛け馬を走らせた。


「秋成!乗れ!!」


小次郎から差し出された手。
小次郎の真っ直ぐな眼差しに頷くと、秋成は差し出されたその手を握り、走る馬に飛び乗った。






二人を乗せた馬は、風をきり走り、千紗の元へと急ぐ。

(千紗、どうか……どうか無事でいてくれっ!)

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...