時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 京編

帰り道にて

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見知らぬ子供達と別れた後、千紗と秋成は


「待て。待たぬか秋成。お主、急に何を怒っておるのじゃ?」

「うるさい。やっぱり貴族なんか、大っ嫌いだ!」


未だくだらぬ言い争いを続けながら、気付けば賑やかな市まで戻って来ていた。
 

戻って直ぐ、突然に千紗が足を止め立ち止まる。


「千紗?」


突然背後から止んだ千紗の声に、何事かあったのかと彼女に対して抱いていた怒りも忘れて、秋成は慌て後ろを振り返った。

すると振り返った先には、ある店の前で何かに気を取られれているのか、間抜けに口を開きながらぼんやり立ち尽くす彼女の姿があった。


「おい、何馬鹿みたいに口開けて立ち止まってんだよ?」

「………」


秋成の呼び掛けに、千紗からの返事はなく、仕方なく千紗のもとへと歩みを戻す秋成。

一体何に気を取られているのだろうかと、千紗の見つめる先を覗き見れば、そこには耳飾りや首飾り、勾玉といった綺麗な装飾品が所狭しと並べられていた。

まだまだ子供のようにお転婆ばかりしている千紗でも、綺麗な装飾品に惹かれるのかと、彼女の意外な一面を微笑ましく思いながら、彼女が見つめる視線の先を追って再び声を掛けた。


「あれが欲しいのか?」

「……っ!」


 すぐ隣から聞こえた秋成の声に、はっと我に返る千紗。


「なっ、なんでもない! 気にするな!」


何故か焦っているような、怒っているかのような口調でそれだけ言うと、千紗はまるで逃げるかのように、そそくさと歩き出した。


「?  何怒ってんだ? あいつ……」

「こら秋成! 何をしておる。早く来ぬか!」

「はぁ?! 先にお前が立ち止まって俺を待たせてたんだろう。何を偉そうに」


自分の事は棚に上げて、急かす千紗の傲慢ぶりに、再び腹を立てながらも、スタスタと先を歩いて行ってしまう千紗を一人にするわけにもいかず、秋成も慌てて千紗の後を追いかけ店を後にした。




「姫様~!! 良かった無事に戻って来られて」

「姫っっ………」


その後、牛車を止めた近くまで戻ってきた二人の元に、千紗の供としてついて来ていた屋敷の者達が、安堵の表情を浮かべながらわらわらと駆け寄ってきた。

その中に、千紗は無意識に小次郎の姿を探す。
だが、小次郎の姿はもうどこにもなくて


「…………小次郎は?」

「小次郎殿は、仕事があると行かれてしまわれました」

「……そうか」


返って来た答えに、千紗は小さなため息を吐いた。
それは人からは気付かれない程に小さなものだったのだけれど、秋成だけはそれを見逃さなかった。

 
どこか元気のない千紗を乗せた牛車は、藤原屋敷を目指しゆっくりと動き出す。

その隣を自らの足で歩きながら、秋成はそっと千紗に寄り添った。


  ◇◇◇


帰り道、車ごしでも伝わってくる千紗の沈んだ気配。


「気分でも悪いのか?」


暫くの間は黙って見守ろうかと思った秋成も、早々に堪らず牛車の中へと声を掛ける。


「何故じゃ?」

「何故って、いつもならまだ帰りたくないだの、次はどこに連れて行けだの、散々我が儘を言うくせに」

「そうだったか?」

「今だって、いつもならそんな事ない!って返す所だろ」

「……そうか?」

「……………」


張り合いのない返事に、それ以上の言葉は続かない。

一瞬でも自分が千紗に笑顔を取り戻せたと思った。でもやはり、千紗を笑顔に出来るのも、奪うことができるのも、小次郎なのか。

小次郎と言う存在の大きさを再認識させられて、秋成は胸がチクリと痛むのを感じた。

それでも、まだ自分が千紗にしてあげられる事はないだろうかと彼なりに考えた時、秋成はある妙案を思い付いた。


「すまない、私用を思い出した。少しの間、千紗の事を頼めるか」


近くにいた武士団仲間にそれだけ言い残すと、秋成は千紗の乗る牛車を離れ、元来た道へと一人走り去って行く。


「えっ?おい、秋成?!」


 突然の秋成の行動に、同僚は驚き、慌てて彼の名を叫んだ。だがその呼び掛けに秋成自身が振り返る事はなく、変わりに千紗が牛車の窓を開け、不安そうな顔を覗かせた。


「秋成がどうかしたのか?」

「あ、いえ姫様、何でもございません」

「……秋成はどうしたのじゃ?」

「いや……それは……」


渋る武士団の者に、千紗は秋成の不在に気付く。

先程、何があっても秋成だけは千紗の側にいてくれると、約束を交わしたばかりだと言うのに……今目の前に秋成の姿は無い。

散々に振り回して、彼を怒らせてしまったか。
秋成にまで自分は呆れられてしまったのか。
そんな不安に襲われてれて、千紗の顔は見る見るうちに曇って行った。

そして、その不安に追い討ちをかけるように


「きゃーっっっ!!」


前方から女の悲鳴が聞こえて来た。

次の瞬間、何者かが牛車に侵入して来て、千紗は乱暴に口を塞がれる。


「……っ!」

突然の事に慌てて抵抗を示す千紗。
だが、その抵抗も虚しく、鳩尾を殴られた彼女はあっけなく記憶を手放した。
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