11 / 285
第一幕 京編
帰り道にて
しおりを挟む
見知らぬ子供達と別れた後、千紗と秋成は
「待て。待たぬか秋成。お主、急に何を怒っておるのじゃ?」
「うるさい。やっぱり貴族なんか、大っ嫌いだ!」
未だくだらぬ言い争いを続けながら、気付けば賑やかな市まで戻って来ていた。
戻って直ぐ、突然に千紗が足を止め立ち止まる。
「千紗?」
突然背後から止んだ千紗の声に、何事かあったのかと彼女に対して抱いていた怒りも忘れて、秋成は慌て後ろを振り返った。
すると振り返った先には、ある店の前で何かに気を取られれているのか、間抜けに口を開きながらぼんやり立ち尽くす彼女の姿があった。
「おい、何馬鹿みたいに口開けて立ち止まってんだよ?」
「………」
秋成の呼び掛けに、千紗からの返事はなく、仕方なく千紗のもとへと歩みを戻す秋成。
一体何に気を取られているのだろうかと、千紗の見つめる先を覗き見れば、そこには耳飾りや首飾り、勾玉といった綺麗な装飾品が所狭しと並べられていた。
まだまだ子供のようにお転婆ばかりしている千紗でも、綺麗な装飾品に惹かれるのかと、彼女の意外な一面を微笑ましく思いながら、彼女が見つめる視線の先を追って再び声を掛けた。
「あれが欲しいのか?」
「……っ!」
すぐ隣から聞こえた秋成の声に、はっと我に返る千紗。
「なっ、なんでもない! 気にするな!」
何故か焦っているような、怒っているかのような口調でそれだけ言うと、千紗はまるで逃げるかのように、そそくさと歩き出した。
「? 何怒ってんだ? あいつ……」
「こら秋成! 何をしておる。早く来ぬか!」
「はぁ?! 先にお前が立ち止まって俺を待たせてたんだろう。何を偉そうに」
自分の事は棚に上げて、急かす千紗の傲慢ぶりに、再び腹を立てながらも、スタスタと先を歩いて行ってしまう千紗を一人にするわけにもいかず、秋成も慌てて千紗の後を追いかけ店を後にした。
「姫様~!! 良かった無事に戻って来られて」
「姫っっ………」
その後、牛車を止めた近くまで戻ってきた二人の元に、千紗の供としてついて来ていた屋敷の者達が、安堵の表情を浮かべながらわらわらと駆け寄ってきた。
その中に、千紗は無意識に小次郎の姿を探す。
だが、小次郎の姿はもうどこにもなくて
「…………小次郎は?」
「小次郎殿は、仕事があると行かれてしまわれました」
「……そうか」
返って来た答えに、千紗は小さなため息を吐いた。
それは人からは気付かれない程に小さなものだったのだけれど、秋成だけはそれを見逃さなかった。
どこか元気のない千紗を乗せた牛車は、藤原屋敷を目指しゆっくりと動き出す。
その隣を自らの足で歩きながら、秋成はそっと千紗に寄り添った。
◇◇◇
帰り道、車ごしでも伝わってくる千紗の沈んだ気配。
「気分でも悪いのか?」
暫くの間は黙って見守ろうかと思った秋成も、早々に堪らず牛車の中へと声を掛ける。
「何故じゃ?」
「何故って、いつもならまだ帰りたくないだの、次はどこに連れて行けだの、散々我が儘を言うくせに」
「そうだったか?」
「今だって、いつもならそんな事ない!って返す所だろ」
「……そうか?」
「……………」
張り合いのない返事に、それ以上の言葉は続かない。
一瞬でも自分が千紗に笑顔を取り戻せたと思った。でもやはり、千紗を笑顔に出来るのも、奪うことができるのも、小次郎なのか。
小次郎と言う存在の大きさを再認識させられて、秋成は胸がチクリと痛むのを感じた。
それでも、まだ自分が千紗にしてあげられる事はないだろうかと彼なりに考えた時、秋成はある妙案を思い付いた。
「すまない、私用を思い出した。少しの間、千紗の事を頼めるか」
近くにいた武士団仲間にそれだけ言い残すと、秋成は千紗の乗る牛車を離れ、元来た道へと一人走り去って行く。
「えっ?おい、秋成?!」
突然の秋成の行動に、同僚は驚き、慌てて彼の名を叫んだ。だがその呼び掛けに秋成自身が振り返る事はなく、変わりに千紗が牛車の窓を開け、不安そうな顔を覗かせた。
「秋成がどうかしたのか?」
「あ、いえ姫様、何でもございません」
「……秋成はどうしたのじゃ?」
「いや……それは……」
渋る武士団の者に、千紗は秋成の不在に気付く。
先程、何があっても秋成だけは千紗の側にいてくれると、約束を交わしたばかりだと言うのに……今目の前に秋成の姿は無い。
散々に振り回して、彼を怒らせてしまったか。
秋成にまで自分は呆れられてしまったのか。
そんな不安に襲われてれて、千紗の顔は見る見るうちに曇って行った。
そして、その不安に追い討ちをかけるように
「きゃーっっっ!!」
前方から女の悲鳴が聞こえて来た。
次の瞬間、何者かが牛車に侵入して来て、千紗は乱暴に口を塞がれる。
「……っ!」
突然の事に慌てて抵抗を示す千紗。
だが、その抵抗も虚しく、鳩尾を殴られた彼女はあっけなく記憶を手放した。
「待て。待たぬか秋成。お主、急に何を怒っておるのじゃ?」
「うるさい。やっぱり貴族なんか、大っ嫌いだ!」
未だくだらぬ言い争いを続けながら、気付けば賑やかな市まで戻って来ていた。
戻って直ぐ、突然に千紗が足を止め立ち止まる。
「千紗?」
突然背後から止んだ千紗の声に、何事かあったのかと彼女に対して抱いていた怒りも忘れて、秋成は慌て後ろを振り返った。
すると振り返った先には、ある店の前で何かに気を取られれているのか、間抜けに口を開きながらぼんやり立ち尽くす彼女の姿があった。
「おい、何馬鹿みたいに口開けて立ち止まってんだよ?」
「………」
秋成の呼び掛けに、千紗からの返事はなく、仕方なく千紗のもとへと歩みを戻す秋成。
一体何に気を取られているのだろうかと、千紗の見つめる先を覗き見れば、そこには耳飾りや首飾り、勾玉といった綺麗な装飾品が所狭しと並べられていた。
まだまだ子供のようにお転婆ばかりしている千紗でも、綺麗な装飾品に惹かれるのかと、彼女の意外な一面を微笑ましく思いながら、彼女が見つめる視線の先を追って再び声を掛けた。
「あれが欲しいのか?」
「……っ!」
すぐ隣から聞こえた秋成の声に、はっと我に返る千紗。
「なっ、なんでもない! 気にするな!」
何故か焦っているような、怒っているかのような口調でそれだけ言うと、千紗はまるで逃げるかのように、そそくさと歩き出した。
「? 何怒ってんだ? あいつ……」
「こら秋成! 何をしておる。早く来ぬか!」
「はぁ?! 先にお前が立ち止まって俺を待たせてたんだろう。何を偉そうに」
自分の事は棚に上げて、急かす千紗の傲慢ぶりに、再び腹を立てながらも、スタスタと先を歩いて行ってしまう千紗を一人にするわけにもいかず、秋成も慌てて千紗の後を追いかけ店を後にした。
「姫様~!! 良かった無事に戻って来られて」
「姫っっ………」
その後、牛車を止めた近くまで戻ってきた二人の元に、千紗の供としてついて来ていた屋敷の者達が、安堵の表情を浮かべながらわらわらと駆け寄ってきた。
その中に、千紗は無意識に小次郎の姿を探す。
だが、小次郎の姿はもうどこにもなくて
「…………小次郎は?」
「小次郎殿は、仕事があると行かれてしまわれました」
「……そうか」
返って来た答えに、千紗は小さなため息を吐いた。
それは人からは気付かれない程に小さなものだったのだけれど、秋成だけはそれを見逃さなかった。
どこか元気のない千紗を乗せた牛車は、藤原屋敷を目指しゆっくりと動き出す。
その隣を自らの足で歩きながら、秋成はそっと千紗に寄り添った。
◇◇◇
帰り道、車ごしでも伝わってくる千紗の沈んだ気配。
「気分でも悪いのか?」
暫くの間は黙って見守ろうかと思った秋成も、早々に堪らず牛車の中へと声を掛ける。
「何故じゃ?」
「何故って、いつもならまだ帰りたくないだの、次はどこに連れて行けだの、散々我が儘を言うくせに」
「そうだったか?」
「今だって、いつもならそんな事ない!って返す所だろ」
「……そうか?」
「……………」
張り合いのない返事に、それ以上の言葉は続かない。
一瞬でも自分が千紗に笑顔を取り戻せたと思った。でもやはり、千紗を笑顔に出来るのも、奪うことができるのも、小次郎なのか。
小次郎と言う存在の大きさを再認識させられて、秋成は胸がチクリと痛むのを感じた。
それでも、まだ自分が千紗にしてあげられる事はないだろうかと彼なりに考えた時、秋成はある妙案を思い付いた。
「すまない、私用を思い出した。少しの間、千紗の事を頼めるか」
近くにいた武士団仲間にそれだけ言い残すと、秋成は千紗の乗る牛車を離れ、元来た道へと一人走り去って行く。
「えっ?おい、秋成?!」
突然の秋成の行動に、同僚は驚き、慌てて彼の名を叫んだ。だがその呼び掛けに秋成自身が振り返る事はなく、変わりに千紗が牛車の窓を開け、不安そうな顔を覗かせた。
「秋成がどうかしたのか?」
「あ、いえ姫様、何でもございません」
「……秋成はどうしたのじゃ?」
「いや……それは……」
渋る武士団の者に、千紗は秋成の不在に気付く。
先程、何があっても秋成だけは千紗の側にいてくれると、約束を交わしたばかりだと言うのに……今目の前に秋成の姿は無い。
散々に振り回して、彼を怒らせてしまったか。
秋成にまで自分は呆れられてしまったのか。
そんな不安に襲われてれて、千紗の顔は見る見るうちに曇って行った。
そして、その不安に追い討ちをかけるように
「きゃーっっっ!!」
前方から女の悲鳴が聞こえて来た。
次の瞬間、何者かが牛車に侵入して来て、千紗は乱暴に口を塞がれる。
「……っ!」
突然の事に慌てて抵抗を示す千紗。
だが、その抵抗も虚しく、鳩尾を殴られた彼女はあっけなく記憶を手放した。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

金蝶の武者
ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。
関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。
小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。
御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。
「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」
春虎は嘆いた。
金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
戦国三法師伝
kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。
異世界転生物を見る気分で読んでみてください。
本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。
信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる