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第一幕 京編
秋成の決意
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逃げるように小次郎達のもとから走り出した千紗は、市を抜け、人通りの少ない街の路地裏へと入って行く。
そこまで来てやっと秋成は、千紗を捕まえる事に成功した。
「千紗っ、待てって!一人で出歩いたら危ないだろ」
そう声をかけるも、背中を向けたまま、なかなか振り返らない千紗に、秋成は心配になって肩を掴むと強引に自分の方へと向かせた。
瞬間、千紗は秋成へと勢いよく抱き付いてきて……
突然の事に秋成は体を強張らせる。
「ち、千紗?」
ぎゅっと、秋成の着物を握りしめる女子の小さな手。その手は震えていて、あの日の……雷の中一人寂しさに我慢するか弱い幼女の姿と重なった。
「………」
秋成は、不慣れながらも優しい手付きで千紗の頭を撫でてやりながら、もう片方の手で、そっと震える千紗の体を抱き締める。あの日、小次郎がして見せたように。
「……」
「…………」
「……どうしてお主は何も言わぬ? 我が儘な妾を叱りに来たのではないのか?」
「叱って欲しいのか。泣いてる時くらい、優しくしてやろうかと思ったんだけど」
「な、泣いてなどおらぬ。見くびるな」
千紗の強がりに、クスリと笑みを零しながらも、それ以上何を言うでもなく、千紗の頭を優しく撫で続ける秋成。その優しさに甘えるように、千紗は秋成の胸に顔をうずめた。
「そんなに辛かったのか? 兄上に言われた事」
自分の腕の中、震えている弱々しい千紗の姿に、秋成の口から不意に零れた言葉。その問い掛けに、千紗はコクンと小さく頷く。
「……妾はただ、今までのようにお主達と一緒にいたかった。ただそれだけなのに……小次郎にとってそれは、迷惑でしかないのだと思い知らされた」
「そんなにお前は、俺や兄上と共にいたいと望むのか?」
二つ目の問い掛けにも、再び小さく頷く千紗。その頷きに、秋成の口から今度は小さなため息が漏れた。
「分かった。約束する」
「………え?」
ため息の後、秋成が口にした言葉に、今まで伏せていた顔を思わず上げた千紗は、驚いた表情で秋成を見上げる。
「俺はこの先、何があってもお前の傍にいる。たとえ裳着をしたって、結婚したって、しわくちゃの婆さんなったって、俺はお前の傍でお前を見守り続けていてやるよ」
「……」
「……何だよ。お前はそれを望むんだろ? だから叶えてやるって言ってんのに、どうしてそんな驚いた顔をしてる?」
「どうして急に……? お主は、貴族が嫌いだったのではないのか? 貴族に仕える事をずっと嫌がっていたのではないのか?」
「あぁ嫌いだ。でも……いつも馬鹿みたいに元気な奴の落ち込んだ姿は、どうも調子が狂う。お前の我が儘に付き合わされる事にはもう大分慣れたし、こんな事でお前が泣き止むなら、いくらでも俺がお前の我が儘をきいてやるよ」
落ち込む千紗を、何とか励まそうと言う、秋成なりの精いっぱいの気遣いだった。
半ば、成り行きから出た言葉だったかもしれない。けれど、成り行きとは言え、秋成の言葉に嘘はなかった。
いつの間にか、この強がりで、か弱い少女を守りたいと、思う気持ちが芽生えていて、この八年の間見て来た千紗の姿に、いつの間にか彼女を主だと認めている自分がいて、彼女が望むのならば、彼女の力になりたい。そう思う自分がいた。
出会ったばかりの頃は想像も出来なかった想いに、秋成自身驚き、思わず溜息が漏れたのだけれど、でももうこの気持ちを誤魔化す事はできないと、観念した彼は決意を持って約束を口にしたのだ。
「本当に……ずっと妾の側にいてくれるのか?」
「あぁ。約束する。だから、もう泣くな」
秋成の決意に、千紗は嬉しそうに微笑む。
微笑みながら、また甘えるように秋成の胸へと顔を埋ませた。
そんな彼女を優しい瞳で見下ろしながら、秋成は彼女を抱き締める手にそっと力を籠めた。
そこまで来てやっと秋成は、千紗を捕まえる事に成功した。
「千紗っ、待てって!一人で出歩いたら危ないだろ」
そう声をかけるも、背中を向けたまま、なかなか振り返らない千紗に、秋成は心配になって肩を掴むと強引に自分の方へと向かせた。
瞬間、千紗は秋成へと勢いよく抱き付いてきて……
突然の事に秋成は体を強張らせる。
「ち、千紗?」
ぎゅっと、秋成の着物を握りしめる女子の小さな手。その手は震えていて、あの日の……雷の中一人寂しさに我慢するか弱い幼女の姿と重なった。
「………」
秋成は、不慣れながらも優しい手付きで千紗の頭を撫でてやりながら、もう片方の手で、そっと震える千紗の体を抱き締める。あの日、小次郎がして見せたように。
「……」
「…………」
「……どうしてお主は何も言わぬ? 我が儘な妾を叱りに来たのではないのか?」
「叱って欲しいのか。泣いてる時くらい、優しくしてやろうかと思ったんだけど」
「な、泣いてなどおらぬ。見くびるな」
千紗の強がりに、クスリと笑みを零しながらも、それ以上何を言うでもなく、千紗の頭を優しく撫で続ける秋成。その優しさに甘えるように、千紗は秋成の胸に顔をうずめた。
「そんなに辛かったのか? 兄上に言われた事」
自分の腕の中、震えている弱々しい千紗の姿に、秋成の口から不意に零れた言葉。その問い掛けに、千紗はコクンと小さく頷く。
「……妾はただ、今までのようにお主達と一緒にいたかった。ただそれだけなのに……小次郎にとってそれは、迷惑でしかないのだと思い知らされた」
「そんなにお前は、俺や兄上と共にいたいと望むのか?」
二つ目の問い掛けにも、再び小さく頷く千紗。その頷きに、秋成の口から今度は小さなため息が漏れた。
「分かった。約束する」
「………え?」
ため息の後、秋成が口にした言葉に、今まで伏せていた顔を思わず上げた千紗は、驚いた表情で秋成を見上げる。
「俺はこの先、何があってもお前の傍にいる。たとえ裳着をしたって、結婚したって、しわくちゃの婆さんなったって、俺はお前の傍でお前を見守り続けていてやるよ」
「……」
「……何だよ。お前はそれを望むんだろ? だから叶えてやるって言ってんのに、どうしてそんな驚いた顔をしてる?」
「どうして急に……? お主は、貴族が嫌いだったのではないのか? 貴族に仕える事をずっと嫌がっていたのではないのか?」
「あぁ嫌いだ。でも……いつも馬鹿みたいに元気な奴の落ち込んだ姿は、どうも調子が狂う。お前の我が儘に付き合わされる事にはもう大分慣れたし、こんな事でお前が泣き止むなら、いくらでも俺がお前の我が儘をきいてやるよ」
落ち込む千紗を、何とか励まそうと言う、秋成なりの精いっぱいの気遣いだった。
半ば、成り行きから出た言葉だったかもしれない。けれど、成り行きとは言え、秋成の言葉に嘘はなかった。
いつの間にか、この強がりで、か弱い少女を守りたいと、思う気持ちが芽生えていて、この八年の間見て来た千紗の姿に、いつの間にか彼女を主だと認めている自分がいて、彼女が望むのならば、彼女の力になりたい。そう思う自分がいた。
出会ったばかりの頃は想像も出来なかった想いに、秋成自身驚き、思わず溜息が漏れたのだけれど、でももうこの気持ちを誤魔化す事はできないと、観念した彼は決意を持って約束を口にしたのだ。
「本当に……ずっと妾の側にいてくれるのか?」
「あぁ。約束する。だから、もう泣くな」
秋成の決意に、千紗は嬉しそうに微笑む。
微笑みながら、また甘えるように秋成の胸へと顔を埋ませた。
そんな彼女を優しい瞳で見下ろしながら、秋成は彼女を抱き締める手にそっと力を籠めた。
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