願いが叶うなら

汐野悠翔

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春物語

語らい

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お姉さんに連れられてやって来たのは、小児科と循環器科病棟が併設されている東館の3階だった。

そこの306号とかかれた部屋へと俺達は入って行く。

4つあるベッドのうち、3つはカーテンが開け放たれており、お姉さんの言っていた通り人が使っている気配は無かった。

窓際の、唯一カーテンが閉められたベッドまで行くと、お姉さんは壁際に立て掛けてあったパイプ椅子を出して、俺に座るよう促した。


「ここが私の病室。いつも退屈にしてるから、気が向いたらいつでも遊びに来て」

「……」


幽霊に遊びに来てなんて、ニコニコ笑顔で言うお姉さんの発言に少し面食らいながら、俺はキョロキョロと辺りを見回した。

ベッドサイドには所狭しと荷物が置かれている。その雑多感が、入院の長さを伺わせた。

初対面の俺からみたら、凄く元気そうに見えるのに……この人はどこが悪くて入院してるんだろう?

そんな微かな疑問がふと俺の中に沸いていた。


「さて、ここなら周りの目を気にすることなくお話できるよ。どうして君はあんな所で泣いてたのか、訊いても良いかな?」


「あの。その前に俺も一つ聞いても良いですか? どうして貴方には俺の姿が見えているんですか? 俺は、俗に言う幽霊……なんですよね?」

「あぁ、そうか。人に何かを尋ねる時には、まずは自分から色々話さなきゃだよね。ごめんなさい。どうして私に君が見えるのかと聞かれれば、それは私にもわかりません。ただね、私小さい頃からよく入退院を繰り返してて、長い入院生活の中では不思議なものを見る機会が少なからずあったんだ。病院って人を助ける場所でもあるけれど、人が死ぬ場所でもあるでしょ。だからなのかな、君みたいに成仏できずに漂ってるいる幽霊と呼ばれる人達を見かける事が何度かあった。声を掛けたのはさすがに初めてだったけど」

「……じゃあ、幽霊と話すのは俺が初めて? それでどうして声を掛けようと思ったんですか? こんな存在、気持ち悪いだけでしょ」

「幽霊を怖いって思う気持ちは確かにあるけど、でもそれ以上に貴方の事はほっとけなかったから……かな。寂しそうに泣いてる子をほってなんておけないでしょ」

「……」


幽霊を放っておけないなんて、そんな事をニコニコと笑顔で言うなんて、このお姉さんはきっと変わった人なんだなと俺は思った。


「それで、どうして君は泣いてたの?」

「……どうしてと訊かれても、自分でもわかりません。自分でも知らない間に人から見えない姿になってて、もしかして俺は死んで幽霊になったのかって思ったら、無性に泣けてきて……」

「君は自分が死んだ事を覚えていなかったの?」

「はい。俺、祖父と大喧嘩して、家を飛び出したんですけど、それでその勢いのままスクーターに乗って、行く宛もなく夜道を走って、なんか派手に転んだ所までは何となく覚えてるんですけど……気付いたら病院着を来て病院の手術室にいて……」

「もしかして、その時の交通事故で貴方は命をおとした?」

「……多分、そうなんだと思います。人に話しかけても無視されるし、人の手が俺の体すり抜けるし、人に俺の存在は見えていない。この病院から出ようとしても、何か見えないバリアみたいなものが邪魔をして出られないし」


俺の話に、お姉さんはうんうんと相槌をうちながら訊いてくれた。

その相槌が俺から再び涙を誘った。


「俺……死んだんですよね? 自分でも気付かない間に死んでしまったんですよね?」

「…………」


俺の問い掛けに、困ったように顔を歪めているだけで、お姉さんからの返事はなかった。

この人を困らせたかったわけじゃない。
そう思いながらも、心の奥底から沸き上がってくる悔しさや情けなさ、そんなマイナスの感情を止められなくて、俺はお姉さんに向かってそれ等の感情をみっともなく吐き出してしまっていた。


「まさかこんなにも突然、自分が死ぬなんて……思ってもいなかったから……自分がこの歳で交通事故に遭って死ぬなんて……考えてもみなかったから……俺、この先どうしたら良いのかわからなくて……どうして俺は……死ななくちゃ、ならなかったんだ。死にたくなんてなかったのに……どうして俺が!」

「……そっか……そうだよね。何の覚悟もできていないまま、突然命をたたれたら辛いよね。受け入れられないよね。どうして良いかわからなくなっちゃうよね……」


そして気が付くと何故かお姉さんまで目にたくさんの涙を溜めていて――

俺と一緒になって悲しんでくれていた。

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