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冬物語
君と約束した未来へ
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「神耶君久しぶり。元気だった? 実は今日ね、学校で凄く良い事があったんだ」
誰もいない八幡神社の静かな境内。
私は一人社に向かって語りかける。
「あのね、前に話してた県主催の絵画コンクリールで私の絵が特別賞を受賞したの。神耶君との約束通り神耶君をモデルに描いたあの絵が賞を取ったんだよ。 凄いでしょ!……って、実は私もまだびっくりしてる。まさか私が受賞出来るなんて思ってもいなかったから。
それからね、もう一つ良い事があったんだ。今度の日曜日にね、安藤さんと石川さんと、井上君、それから月岡先輩の5人で、県の美術館に飾られてるその絵を見に行く事になったの。神耶君以外の友達と休日に遊ぶ約束するなんて初めての事だから、今から緊張してるんだけど、てもそれ以上に凄く楽しみで仕方なんだ。
嬉しい事と楽しみな事がダブルであったからどうしても神耶君に訊いてほしくて、報告に来ちゃった」
社へと語りかける私の言葉に帰ってくる声はない。それでも私は構わず話し続けた。
「それもこれもぜんぶ、ぜ~んぶ、神耶君のおかげだね。神耶君がいてくれたから私は皆と仲良くなれた。神耶君と出会えたから私は変わる事ができた。空っぽだったはずの私の世界に、神耶君がたくさんの彩りを与えてくれたの。だから今私は毎日が本当に楽しくて、幸せだよ。
ありがとう神耶君。私に生きる楽しさを教えてくれて。私の未来を守ってくれて。そして……私に沢山のものを残してくれて、本当にありがとう!」
神耶君に向けて、言い尽くせない程の感謝の気持ちを伝えながら、私は神耶君との思い出が詰まった社を暫くの間見つめていた。
初めて神耶君と出会ったあの夏と、何も変わらない神社の境内からは、今もひょっこりと彼が出てくるんじゃないかとすら思えてしまう。
けれどここにはもう、彼の姿はない。
大晦日のあの日、彼の姿は確かに私の目の前でたくさんの光の粒となってこの大空へ消えて行ってしまったから――
変わらない景色の中、ただひとつだけ変わってしまった事柄を寂しく思いなら、私は社に別れを告げ踵を返す。
「じゃあね神社君、私行くね。また遊びにくるから、神耶君も元気でね。バイバイ」と。
するとその時――
振り向いた先でどこか懐かしく、優しい声に私の名前を呼ばれた気がした。
「――葵葉さん」
驚き顔を上げた私の視線の先には、神耶君が師匠と慕っていたその人が長い影をつくりながら立っていて――
「…………師匠……さん……」
「お久しぶりです。葵葉さん」
目を見開き驚く私にその人は、前と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。
「お久し……ぶりです。……どうして……ここに?」
「ふふふ、驚かせてしまいましたね、ごめんなさい。でも実を言えば、私にとってはお久しぶりではないんですよ。貴女の事が心配で、たまにこうして様子を見にきていたので」
「……え?」
「神耶が消えて、また貴女が脱け殻のように生に執着しなくなるのではないかと心配で。でもどうやらそれは私の杞憂だったようですね。貴女はちゃんと前を向いて生きている」
「……はい。だって、神耶君と約束したから。私は未来を諦めないって。神耶君の為にも、私は私の未来を生きるって」
「そうですね。貴女は今、一生懸命神耶との約束を守ろうとしてくれてる。ありがとうございます葵葉さん。私が残した神耶の記憶の欠片に気付いてくれて。そして神耶の事を思い出してくれて本当にありがとう。おかげで神耶が完全に消滅する事は免れました」
「……え? それ……どう言う事ですか?」
「ノートに残った神耶姿を描いた落書きに気付いてくれたでしょう。あの子に関するあらゆる記憶が消える中で、あの落書きだけは神耶の記憶に繋がる最後の希望としてどうして消えて欲しくなかった。だから私の力を使って残したのです。私なりの些細な抵抗だったのですが……貴女はそれに気付いてくれた。そしてそこから自力であの子の事を思い出してくれた。貴女が思い出した事で、神耶の存在がこの世から完全に消滅すると言う最悪の結末だけは免れたわけです。だってあの子は今もまだ生き続けているから。貴女の記憶の中で、思い出として――ね」
「……っ!」
「貴女があの子の事を覚えてくれている限り、あの子は貴女の中で生き続けます。貴女が生きている限り神耶は貴女と共に生き続けます。だから貴女は神耶の為にも生きて下さい。それがあの子の願い。あの子の為にも、生きて下さい」
私の頭を優しく撫でながら、そう語って訊かせる師匠さんの温もりに、私の奥底からじわじわと何か熱いものが溢れてくるのを感じた。
そして気がつくと、それは私の頬を静かに流れて落ちた。
「……はい。私、生きます。神耶君の為にも、頑張って生きます。この先あと何年生きられるかわからないけど……でも私は、私に残された時間を精一杯生きていきます!」
私の決意を聞きながら、師匠さんは穏やかに微笑んでいた。
「頼もしいですね。私も応援してますよ」
「はい」
「さて、葵葉さんの近況も聞けた事ですし、私はそろそろ帰りますね。私の神社をこれ以上留守にしたら、神見習いの私の弟子達に叱られてしまいますので。では葵葉さん、お元気で。またいつか会いましょう」
「はい。師匠さんもお元気で」
私に向かってヒラヒラと手を振って見せた後、師匠さんの体はすっと私の前から消えた。
再び一人になった境内の中、私は赤く染まり始めた夕焼け空を見上げる。
その綺麗な赤色に赤い髪色の、あの人の面影重ねながら、私は空に向かって大きく伸びをした。
「さてと。私も帰ろう」
そして、そう小さく呟きながら私も八幡神社を後にした。
誰もいない八幡神社の静かな境内。
私は一人社に向かって語りかける。
「あのね、前に話してた県主催の絵画コンクリールで私の絵が特別賞を受賞したの。神耶君との約束通り神耶君をモデルに描いたあの絵が賞を取ったんだよ。 凄いでしょ!……って、実は私もまだびっくりしてる。まさか私が受賞出来るなんて思ってもいなかったから。
それからね、もう一つ良い事があったんだ。今度の日曜日にね、安藤さんと石川さんと、井上君、それから月岡先輩の5人で、県の美術館に飾られてるその絵を見に行く事になったの。神耶君以外の友達と休日に遊ぶ約束するなんて初めての事だから、今から緊張してるんだけど、てもそれ以上に凄く楽しみで仕方なんだ。
嬉しい事と楽しみな事がダブルであったからどうしても神耶君に訊いてほしくて、報告に来ちゃった」
社へと語りかける私の言葉に帰ってくる声はない。それでも私は構わず話し続けた。
「それもこれもぜんぶ、ぜ~んぶ、神耶君のおかげだね。神耶君がいてくれたから私は皆と仲良くなれた。神耶君と出会えたから私は変わる事ができた。空っぽだったはずの私の世界に、神耶君がたくさんの彩りを与えてくれたの。だから今私は毎日が本当に楽しくて、幸せだよ。
ありがとう神耶君。私に生きる楽しさを教えてくれて。私の未来を守ってくれて。そして……私に沢山のものを残してくれて、本当にありがとう!」
神耶君に向けて、言い尽くせない程の感謝の気持ちを伝えながら、私は神耶君との思い出が詰まった社を暫くの間見つめていた。
初めて神耶君と出会ったあの夏と、何も変わらない神社の境内からは、今もひょっこりと彼が出てくるんじゃないかとすら思えてしまう。
けれどここにはもう、彼の姿はない。
大晦日のあの日、彼の姿は確かに私の目の前でたくさんの光の粒となってこの大空へ消えて行ってしまったから――
変わらない景色の中、ただひとつだけ変わってしまった事柄を寂しく思いなら、私は社に別れを告げ踵を返す。
「じゃあね神社君、私行くね。また遊びにくるから、神耶君も元気でね。バイバイ」と。
するとその時――
振り向いた先でどこか懐かしく、優しい声に私の名前を呼ばれた気がした。
「――葵葉さん」
驚き顔を上げた私の視線の先には、神耶君が師匠と慕っていたその人が長い影をつくりながら立っていて――
「…………師匠……さん……」
「お久しぶりです。葵葉さん」
目を見開き驚く私にその人は、前と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。
「お久し……ぶりです。……どうして……ここに?」
「ふふふ、驚かせてしまいましたね、ごめんなさい。でも実を言えば、私にとってはお久しぶりではないんですよ。貴女の事が心配で、たまにこうして様子を見にきていたので」
「……え?」
「神耶が消えて、また貴女が脱け殻のように生に執着しなくなるのではないかと心配で。でもどうやらそれは私の杞憂だったようですね。貴女はちゃんと前を向いて生きている」
「……はい。だって、神耶君と約束したから。私は未来を諦めないって。神耶君の為にも、私は私の未来を生きるって」
「そうですね。貴女は今、一生懸命神耶との約束を守ろうとしてくれてる。ありがとうございます葵葉さん。私が残した神耶の記憶の欠片に気付いてくれて。そして神耶の事を思い出してくれて本当にありがとう。おかげで神耶が完全に消滅する事は免れました」
「……え? それ……どう言う事ですか?」
「ノートに残った神耶姿を描いた落書きに気付いてくれたでしょう。あの子に関するあらゆる記憶が消える中で、あの落書きだけは神耶の記憶に繋がる最後の希望としてどうして消えて欲しくなかった。だから私の力を使って残したのです。私なりの些細な抵抗だったのですが……貴女はそれに気付いてくれた。そしてそこから自力であの子の事を思い出してくれた。貴女が思い出した事で、神耶の存在がこの世から完全に消滅すると言う最悪の結末だけは免れたわけです。だってあの子は今もまだ生き続けているから。貴女の記憶の中で、思い出として――ね」
「……っ!」
「貴女があの子の事を覚えてくれている限り、あの子は貴女の中で生き続けます。貴女が生きている限り神耶は貴女と共に生き続けます。だから貴女は神耶の為にも生きて下さい。それがあの子の願い。あの子の為にも、生きて下さい」
私の頭を優しく撫でながら、そう語って訊かせる師匠さんの温もりに、私の奥底からじわじわと何か熱いものが溢れてくるのを感じた。
そして気がつくと、それは私の頬を静かに流れて落ちた。
「……はい。私、生きます。神耶君の為にも、頑張って生きます。この先あと何年生きられるかわからないけど……でも私は、私に残された時間を精一杯生きていきます!」
私の決意を聞きながら、師匠さんは穏やかに微笑んでいた。
「頼もしいですね。私も応援してますよ」
「はい」
「さて、葵葉さんの近況も聞けた事ですし、私はそろそろ帰りますね。私の神社をこれ以上留守にしたら、神見習いの私の弟子達に叱られてしまいますので。では葵葉さん、お元気で。またいつか会いましょう」
「はい。師匠さんもお元気で」
私に向かってヒラヒラと手を振って見せた後、師匠さんの体はすっと私の前から消えた。
再び一人になった境内の中、私は赤く染まり始めた夕焼け空を見上げる。
その綺麗な赤色に赤い髪色の、あの人の面影重ねながら、私は空に向かって大きく伸びをした。
「さてと。私も帰ろう」
そして、そう小さく呟きながら私も八幡神社を後にした。
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