願いが叶うなら

汐野悠翔

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冬物語

拭えぬ違和感

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教室へと戻ってきた私。

席に着き、次の数学の授業の準備をしながら、先程の安藤さんからの誘いを思い返して頬が緩んだ。

少しずつ、クラスの輪に溶け込めている実感が何だかくすぐったくて嬉しかった。


私はずっと病気である事を隠さなければ周りから疎まれると思って生きて来た。
いつ死ぬか分からない私なんかが、友達を欲してはいけないと思って生きてきた。

けれどそれは、人と関わる事から目を背けて、ただ病気を言い訳にして傷つく事から逃げていただけなのかもしれない。

病気である事が周囲に知られた事で明らかに何かが代わり初めている。

私が周囲に心を開けば周りもそれに応えてくれる。
助けて欲しいと声に出せば周りはきっと手を差し伸べてくれる。

私は、何を意地になって自分の殻に綴じ込もっていたのだろう。

たったそれだけの事で、こんなにも世界は変わるのに――



「お、なんだか白羽嬉しそうだな。何か良い事でもあったのか?」


そんな事を考えていると、突然に前の席の井上君から声が掛かった。


「はい、実はちょっと嬉しい事がありました」

「お、何だ何だ。どんな嬉しい事があったんだよ」

「それは……ふふふ。内緒です」

「何だよ内緒かよ。でも最近の白羽ってよく笑うようになったよな。前は全然表情が変わらなくて、正直何考えてるのか分からなかったけど、最近は良い感じに明るくなった。なぁ、さく……」


そう言って井上君は、同意を求めるかのように私の隣へと視線を向けた。

けれど、そこには持ち主のいない机と椅子が置いてあるだけで――


「って、あれ? 俺誰に向かって話しかけてんだろう。なぁ、はずかし……」


照れ笑いを浮かべながらポリポリと頬をかきながら井上君は、暫くの間誰もいないその席を不思議そうに見つめていた。


“キーンコーンカーンコーン”


授業を報せる鐘が鳴る。


「ほ~ら授業始まるぞ。お前ら席につけ~」


と同時に、数学の高橋先生が私達のクラスにやって来た。


「やっべ、授業始まる」


高橋先生の登場に、井上君は慌てた様子で前を向くと、がさごそと机の中をあさって数学の教科書やノートを取り出していた。

私も急いで数学の教科書とノートを取り出し授業を受ける準備をした。


「えぇとじゃあまず、この前出した宿題の答え合わせから行くぞ。そうだな、じゃあ中村、前に出てきてこの問題を解いてくれ」

「げぇ、俺かよ」


先生に指名された生徒からは悲鳴にも似た声が上がる。
指名を免れた生徒達からは、安堵と冷やかしの声があがる。

喉かに始まった数学の授業を遠くに聞きながら、私は再び誰もいない隣の席へと線を向けた。

ぼんやりと眺めながら、先程の井上君との会話を思い出す。


――『最近の白羽ってよく笑うようになったよな。前は全然表情が変わらなくて、正直何考えてるのか分からなかったけど、最近は良い感じに明るくなった。なぁ、さく……』


あの時井上君は、誰の名前を呼ぼうとしていたのだろう。

持ち主の誰もいないこの席見ながら。
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