願いが叶うなら

汐野悠翔

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冬物語

小さな変化

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「おはよう」と、「明けましておめでとう」の2つの挨拶が飛び交う賑やかな新学期のクラスの中、私は誰とも挨拶を交わす事なく無言のまま久しぶりの教室に入る。


私が教室へと入るなり注がれたのは、以前にも増したクラスメイト達からの刺すような冷たい視線。

私を見ながらひそひそと内緒話する声も漏れ聞こえている。


皆の反応も無理はない。
私は24日のクリスマスイブの日に、クラスの文化祭打ち上げ会場で皆の前で発作を起こして倒れたのだから。

倒れて以来初めてとなる登校日なのだからこの反応も仕方がない。


私は注がれる視線を別段気にする事はないと、努めて無表情のまま席へと座った。

あぁ、またこの日常が始まる。
この何もない退屈な時間が。


「お、おはよ。白羽」

「…………?」


何もない、退屈だと思っていたはずの日常に、今日は朝から少し違う事が起こった。

クラスメイトの安藤さんが、わざわざ私の席まで来て挨拶の言葉を投げ掛けてくれたのだ。

私は少し驚きながらも無表情のまま、視線を安藤さんの元へと上げる。

と、安藤さんはキッと鋭い眼差しで私を睨みつけながら、辿々しい様子でこう言葉を続けた。


「あの、さ……24日の事なんだけど……」

「……はい」

「あの後、あんた大丈夫だったの? なんだかとっても苦しそうだったけど」

「……はい、大丈夫です。皆さんにはご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

「いや、別に迷惑なんて一言も言ってないし、別に謝ってほしかったわけでもないんだけど……」


口ごもる安藤さんに、私は彼女が何を言わんとしているのかが分からなくて小さく首を傾げた。


「だ、だからあれは、私達も悪かったってあんたに謝りたかっただけ……」


安藤さんの謝罪の言葉に、それまで傍観していた数人の生徒達も私の元へと寄って来て、一人また一人とこちらに向けて頭を下ていた。


「……え?」

「悪かったわよ。ごめんなさい」


皆を代表して、ツンと顔を背けながら、態度とは裏腹な謝罪の言葉を口にする安藤さんに、私はポカンとしながら彼女を見上げた。


「おいおい安藤、何だよその態度。謝るならちゃんと謝れよな」


異様な空気の中、私の前の席に座る井上君が、一人だけ明るい軽い声で会話に割り込んで来る。


「な、何よ井上、うっさいわね。外野は黙ってなさいよ」

「おぉ怖ぇ」

「ったく。だから……えっと……今までの事も、全部謝るわ。貴方の事、何も知ろうとせずに酷い事ばっか言ってごめんなさい」

「……いえ。別に気にしてませんので」


安藤さんやクラスの皆が私の事を嫌う理由も何となくは理解できていたから、別に謝られる事はない。

そんな思いから無表情に返した私に、安藤は少しムっとした様子で今度は怒るようにこんな言葉を返された。


「でもあんただって悪いんだからね。何も言わないから、こっちだって何もわからなかったじゃない。良い、これからは体が辛かったり、しんどい時はちゃんと声に出して伝えなさい。じゃなきゃこっちだってどうして良いのかわからないんだから」

「は……はい。ごめん……なさい」


安藤さんの突然の説教に圧倒される私。

そんな私達のやりとりに、また井上君から横やりが入った。


「白羽、こいつ言い方悪いからなかなか伝わりにくいんだけどさ、安藤も安藤なりにすげー白羽の事心配しるんだよ。その事だけはわかってやってくれ」

「うっさいわね。あんたは余計な事は言わなくて良いの!」


顔を真っ赤に染めて怒る安藤さんは、パシンと井上君の頭を叩いた。


「何すんだよ。お前のフォローをしてやっただけだろ。可愛くねぇ女だな」

「だから余計なお世話よ、井上のくせに!」


私の目の前で喧嘩を始める二人の姿に周囲からは笑いが起こる。

私は一人ぽかんとしながらも、初めて見た安藤さんのツンデレな一面に思わずクスリと笑いが溢れた。


「おい、見たかみんな、今、白羽が笑ったよな?」

「ちょっと白羽、何笑ってんのよ!」


私の溢した笑いに、驚く井上君と怒る安藤さん。

急いで私は安藤さんに向けて素直な感想と謝罪を口にした。


「いえ、すみません。安藤さんがなんだか可愛くて」

「か、かわい……」


私の素直な感想に安藤さんは再び顔を真っ赤にして硬直していた。


ふとそんな彼女の姿が、一瞬誰かの面影と重なった。そんな気がして私は無意識のうちに隣の席へと視線を向けていた。


「何? どうかしたの?」

「……いえ、別に。……あの……この席って……どなたの席でしたっけ?」

「席?」


私の呟いた疑問に、安藤さんと井上君、それに他のクラスメイト達も私の指差した先を見ると不思議そうに首を傾げていた。


「そう言えば、何でこんな所に1つだけ空席つくってるんだろうな」

「空席?」

「あぁ。この席には誰も座ってなかったはずだぞ」

「…………そう……ですよね」


井上君から帰って来た言葉にそう返事をしながら、私は何だか納得ができなくて、胸の中に何か小さなひっかかりのようなものを覚えた。
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