願いが叶うなら

汐野悠翔

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冬物語

大晦日の約束

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約束の10分前――

私はお兄ちゃんやお父さんの目を盗んで、家の前へと出て、神耶君の迎えを待つ事にした。


「じゃあ葵葉ちゃん、彼とのデート楽しんで来てね」


お母さんに見送られながら、私はうんと小さく頷く。

待っている間、鞄の中から手鏡を出して今一度自分の姿を確認した。

お母さんの手によって、結い上げられた私の髪は、後ろで小さなお団子がつくられていた。

それから短い髪が落ちてこないようにと、カラフルなピンで留め飾られいる。

髪型以外にもお母さんは、軽く化粧も施してくれて、自分の見慣れたはずの顔が、今日は少しだけ大人っぽく見えて、なんだかくすぐったい気持ちになった。

これならきっと大丈夫。
ちゃんと女の子に見えているはずだよね。と、私は手鏡を鞄へと閉まった。

と、丁度その時、少し離れた場所から「葵葉」と名前を呼ばれたきがして振り替える。


「悪い、待たせた」


片手を上げながらこちらに向かって歩いてくる神崎の姿がそこにはあった。

見慣れたはずの神崎君の姿。
なのに彼が神耶君だと改めて思ったら、妙に緊張して、上手く彼の顔を見る事ができなくて――

私はうつむきがちに「ううん」と短く返事をした。


「よし。じゃあ行くか」

「……え?……あ、うん」


いつもと違う格好、違う髪型について、何か触れてくれるかなと、心の中で少し期待していたけれど、別段期待したような反応は何もないまま、一人スタスタと先を歩いて行ってしまう神崎君。


「……せっかく頑張ってお洒落したんだけどな……」


そんな独り言をポツリと漏らしながら、私はうつむいていた顔を持ち上げ、物欲しそうに彼の背中を見つめた。


「どうした葵葉、行かないのか?」


なかなか歩き出さない私を不思議に思ったのか、神崎君はこちらを振り向きながら少し大きめの声で私に向かってそう呼び掛ける。


「……ううん。行くよ。ちょっと待って」


私はお母さんから借りた慣れないブーツに足をとられながら、急いで彼の背中を追いかけた。



2人で歩く夜の田舎道。

先を歩く神崎君はいつもより何処か静かで、私はそんな彼の一歩後ろをついて歩いた。

ポツンポツンと、街頭があるだけ夜道は暗く、月灯りのない夜空は、いつもより星が綺麗に輝いて見える。

暗く静かな夜の道、私は前を歩く神崎君の後ろ姿をぼんやりと見つめながら、クリスマスの日に彼が漏らしたあの言葉を改めて思い出す。


――『思い出さなくて良い。思い出せなくて良いから、あと少しだけこのままでいさせてくれ……』


あと少し……あと少しだけとは……どう言う意味なの?

私が神耶君の事を思い出したと分かってしまったら、この人はまた私の前からいなくなってしまうの?

今はこんなに近く……手を伸ばせば触れられる距離にいるのに――

無意識に手を伸ばす。

と、気付けば私は神崎君のコートの袖をそっと握っていて、驚いた顔の神崎君がこちらを振り返った。


「……どうした葵葉? 」

「う、ううん。なんでもない。なんでもないよ」


彼に何かを悟られてはならないと、掴んでいた袖を私は急いで離す。

すると神崎君は、暫くこちらを見つめた後、そっと私の手を握り、私を引っ張るように再び歩き出した。


「……え?」


思いもしない彼の行動に最初は驚き、戸惑いながらも、神崎君から伝わってくる手の温もりをこのままずっと感じていたくて……離したくなくて……私も彼の手をぎゅっと静かに握り返した。

たったそれだけの事なのに、右手から伝わる熱に私の心臓はドキドキと暴れて――

この胸の高鳴りが彼に知られてしまうかもしれない気恥ずかしさから、何とかこの静寂を破りたいと、私は必死に会話を探した。

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