願いが叶うなら

汐野悠翔

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冬物語

変化と戸惑い

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「まぁまぁ、そんなに落ち込むなって」

「もう、誰のせいでこんな事になったと思ってるの。神崎君のせいなんだからね!」


恥をかかせた張本人の呑気な言葉に、堪らずキッと神崎君を睨みつけつける。
だが神崎君は涼しい顔をして笑っていた。


「で? 俺をモデルに描いた絵はイケメンに仕上がってるか? ちょっと見せろよ」


それどころか、人のノートを勝手に奪って開き始める始末で――


「ダメ!!」


私は慌ててノートを神崎君から奪い返した。


「いいだろ少しくらい。見せろって」


それでも諦めずに私の腕の中から再びノートを奪おうとする神崎君に、私は必死に抵抗した。


「お~い神崎~」


その時、教室の前の方から神崎君を呼ぶ高橋先生の声が。


「ほら、先生が呼んでるよ!」

「何すか先生。俺、忙しいんすけど」


チッと小さく舌打ちしながら、神崎君は面倒くさそうに返事をする。

先生にそんな態度で大丈夫なの? と、見てるこっちがヒヤヒヤしたが、高橋先生は別段気にした様子もなく、用件を続けた。


「お前、俺の授業中に堂々と寝てただろ。罰として職員室までこれ運べ」


ポンポンと教卓の上に高く積まれた数学の問題集を叩く先生。それは授業開始前に集められたクラス分の宿題。


「げ……その量を一人で? んな無茶な」


ガックリと項垂れる神崎君に、もうすぐ定年退職を迎えようかと言う初老の高橋先生は、白髪混じりの髪をかきあげながら、涼しい顔で厳しい言葉を投げた。


「無茶じゃない。お前の自業自得だ。こき使われるのが嫌だったら、今後授業中に寝ない事だな」

「………うぃ~す」


観念したのか、渋々と高橋先生の元へ歩みを進めた神崎君。

それからは素直に、先生に言われたとおり高くつまれた問題集の山を持ち上げて、高橋先生の後ろについて教室を出て行った。

その後ろ姿を見送りながら、私は小さく溜め息を吐く。
ひとまずは、助かったと。
心の中で高橋先生に感謝した。

彼のいない今のうちに私は、神崎君をモデルにスケッチしていた数学のノートを、急いで鞄の中へと押し込んだ。


「…………はぁ」


これで一安心。
私は安堵からか、再び溜め息を漏らした。


  ◆◆◆


――その日の放課後。
12月に入り、いよいよ今週末に近付いた文化祭に向けて、今日もクラスでは文化祭の準備が進められている。

昨日部活を優先させてしまった事を反省して、学校の公衆電話を借りて病院へと電話をかけた私は、事情を伝えて文化祭までの間、通院回数を減らして貰うようお願いした。

最初は渋っていた先生も、しつこくお願いした事で何とか許可を貰う事ができて、この日初めて私は、文化祭の準備に参加した。


「あ、あの……安藤さん、私にも何かお手伝い出来る事はないでしょうか?」


初めての事に、何をすれば良いのか分からず手持ち無沙汰になっていた私は、文化祭のクラスリーダーでもある安藤さんに指示を仰ごうと、声をかける。


「別に人手は足りてるし、忙しい白羽には手伝って貰わなくても大丈夫だけど。やることがないなら帰ったら。ただ居られても邪魔だし」


だが返って来たのは冷たく突き放すような厳しい言葉。

どう反応を返せば良いのか言葉に詰まった私は、へへへと作り笑いを浮かべて、その場を取り繕うような反応しかできなかった。


「何葵葉、お前手空いてんの? ならこっち手伝えよ。安藤、こいつ借りてくな」


そんな時、神崎君がひょっこり私の後ろから現れて、私の腕をガッシリ掴むと、強引に廊下まで引っ張って行く。

廊下ではクラスの男の子達が大勢集まっていて、当日教室を飾りつける為の飾りや小道具をみんなで作っていた。


「お、来た来た美術部員! 待ってたぞ白羽。手空いてたらさ、朔夜と一緒に客引き用の看板作ってくれよ。当日うちのクラスが繁盛するかはお前達の腕に掛かってる、センス良く頼むな」

「は、はい! 任せて下さい!」


もう一人の文化祭クラスリーダーである井上君が私に言う。
仕事を任された事が嬉しくて、私は力強く返事をした。

けれど、そんな私のやる気とは反対に、教室内で作業している女子生徒達の視線は冷たい。

チクチクと背中に突き刺ささるいくつもの視線に、私は気まずさから、彼女達の方を振り向く事が出来なかった。

そんな私に気付いたのか、神崎君がそっと耳打ちする。


「周りの声なんて気にすんな。この仕事はお前が適任だ。お前は、お前に出来る事を頑張れば良い」

「…………うん」


少し前までは、周囲からどんな声や視線を向けられようと、別段何の感情も湧いて来なかったはずなの……何故か今は周囲から向けられる視線や声に、心が痛む。

自分の中で、何か変化が起こり始めているのを感じた。
そしてその事実に、我ながら戸惑いを覚えている私がいた。

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