願いが叶うなら

汐野悠翔

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冬物語

リクエスト

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それから一度バスを乗り換え、トータルでおよそ40分程バスに揺られ続けた私達は、やっと家の近くのバス停まで辿り着く。


バス停から家を歩く道中も、相変わらず神崎君が私の隣にいて――



「おいお前、いつまで僕達についてくるつもりだ?」


「だから、葵葉を家まで送るって言ってんだろ」


「結構だ! 葵葉の事は僕に任せてお前はとっとと自分の家に帰れ!」


「夜道のナイトは多いに越したことはないぜ。あんたチビだから頼りないし」



“チビ”の単語に、お兄ちゃんの肩がわなわなと震え出した。
私は神崎君の方へと顔を寄せながらそっと耳打ちする。



「神崎君、お兄ちゃんにチビは禁句!」


「あぁ、悪い悪い。口が滑った」



だが彼は、何も悪びれた様子はなく適当に返事をすると、私の手から鞄を奪った。



「あっ……」


「送ってくついでに持ってやるよ。画材重そうだし」


「え、でも……」


「人の厚意は素直に受け取っとけ」


「そうだぞ葵葉。持ってくれると言うのなら持たせれば良い。ここまできたらもう下僕としてこき使ってやれば良いさ」


「下僕ってお兄ちゃん、それは流石に失礼だよ」


「ふん。あんな奴、下僕で十分だ。ところで葵葉。部活の方はどうだ? コンクールに出す絵の方は順調か?」


「え? う、ううん。まだ全然。今は、文化祭に出す絵で手一杯だよ。それどころかコンクール用の絵は、まだ描く題材すら決まってなくて、ちょっと焦ってるかも」



突然話題を変えられた事に戸惑いながらも、私は素直に部活動の現状をお兄ちゃんに報告した。



「そうなのか? まぁコンクールは2月なんだろ。まだもう少し時間はあるし、ゆっくり頑張れば良いさ」


「……うん、ありがとう、お兄ちゃん」


「コンクールって?」



そんな私とお兄ちゃんの会話に、横から神崎君が口を挟んで来る。


「お前には関係ない。下僕がいちいち僕達兄妹の話に入って来るな」


「あぁ、もうまたそんな言い方して……一々神崎君を威嚇しないの、お兄ちゃん。えっとね、コンクールって言うのは、毎年2月に開催される県主催の絵画コンクールがあって、うちの学校の美術部は、一年の集大成として一人一点必ずそのコンクールに作品を応募するのが決まりになってるんだって」


「へぇ~」


「人事みたいに言ってるけど、神崎君も美術部に入たからには、2月末までに作品を一つ仕上げなくちゃいけないんだよ」


「テーマは?」


「んと、テーマは自由だよ。……それに作風も自由なの。デッサン画でも、風景画でも、人物画でも。それ以外でも何でも、自分が描きたい物を描きたいように描いて良いんだって」


「ふ~ん」


「自由過ぎるってのも、逆に何を描けば良いのか迷っちゃうんだよね」


「じゃあさ、俺リクエストしても良い?」


「え?」


「俺の事描いてよ、葵葉」



「…………へ?」



ニコニコと屈託のない笑顔で、突然予想もしなかったような提案をする神崎君に、すかさずお兄ちゃんの横やりが入る。



「悪いが葵葉の専門は風景画だ。人物画は専門外なんだよ。なぁ葵葉」


「え? あ……うん。人物画は描いた事なくて………」


「ほらみろ。残念だったな下僕」



お兄ちゃんのしたり顔を完全に無視して、神崎君は即答する。



「描けるよ」


「え?」


「葵葉ならきっと描ける」


「………」



自信満々にそう言い切る神崎君。
その笑顔はとても無邪気で、私は返す言葉に詰まってしまった。

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