願いが叶うなら

汐野悠翔

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冬物語

放課後、二人きりの教室で

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「俺もさ、お前に一つ聞きたい事がある」


「……聞きたい事?」


「お前こそ、何で周りと関わろうとしねぇの? どうしてそこまで頑なに、自分の殻に閉じ籠もろうとすんの?」


「……それは……」


「一人は……寂しいだろ?」


「…………寂しい? ……確かに一人は寂しいって、そう思っていた時期もあったよ。友達を作ろうって頑張ってた時期もあった。でも……今はどうしてか空虚感に襲われるの」


「空虚感?」


「うん。自分でもよく分からない。でも、何か大切なものを無くしたような……心にぽっかりと大きな穴が空いているような……そんな不思議な感覚。その感覚に襲われる度にね、何をやっても虚しくて、もう何もかもがどうでもよくなっちゃって……寂しいなんて感情も湧いてこなくなったの」


「…………」


「きっと……私の心が無意識に悲鳴を上げてるんだと思う。私は大切な友達を何人も……何人も遠い場所へ見送って来たから。もう二度と悲しい思いはしたくないって」


「………」


「それにね、私は残される悲しみを知ってるから、他の人に同じ想いをさせたくないの。私が人に関わらなければ、もし突然私がいなくなっても誰も何とも思わない。でしょ? だからね、私は周りと関わっちゃいけないの。一人でいなきゃいけないの」



私はずっと心に隠して来た気持ちを、始めて人に語った。



「…………そう言えば……前もそんな事言ってたな、お前」



私の言葉に、神崎君はどこか哀しい顔をして何かを呟いた。
けれど、その呟きはあまりに小さくて、私の耳にまでは届いて来ない。



「………え?今、何て言ったの?」


「いや、こっちの話」



その言葉を最後に、私達の会話は途切れた。
お互いに口を開く事はなく、静寂の中、私は窓から見える夕焼け色の風景画を、神崎君は何やらスケッチ画を、下校時間まで黙々と描き続けた。



  ◆◆◆



――どれ程の時間が流れただろうか。



「下校時間が近付いています。校舎に残っている生徒は、速やかに帰り支度をして帰りましょう。下校時間が近付いています。校舎に残っている生徒は速やかに帰り支度をして――」



下校を知らせるアナウンスと共に「蛍の光」が美術室のスピーカーから鳴り響く。


絵を描くことに集中するあまり、すっかり時間を忘れてしまっていたが、ふと腕時計に目を落とせば、時計の針は6時50分を差し示していた。


冬のこの時間、外はもう真っ暗だ。



「おっと、もう下校時間か。俺達も片付けして帰ろうぜ」


「うん」


「外暗いし、送ってく」


「え? 大丈夫だよ。私一人で帰れるよ」


「送ってくって。ほら、さっさと片付けろ」



そう言って神崎君は私の手からパレットを奪うと、バケツも一緒に持って水道場へと移動してしまった。



「……ごめんね。ありがとう」



それらを洗い始める彼の背中にお礼を言って、私はまだ絵の具の乾かない絵を、美術室の隣にある美術準備室の乾燥台へと置きに行った。


準備室から戻ると丁度、見回りの先生が美術室に顔を覗かせた。



「ほ~らお前たち、下校時間まであと5分しかないぞ。早く帰れよ」


「は~い。今から帰りま~す」



先生の言葉に、神崎君が返事をすると、机にかけてあった私の鞄をひょいと持ち上げ、私の背中をそっと押す。



「ほら、行くぞ葵葉」


「え? あ、うん……」



本当に一緒に帰る気なのかな?
戸惑う私などお構いなしに、神崎君は教室のドアを出た所で、先生に「さよなら」と挨拶を交わしていた。

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