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冬物語
部活動②
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「葵葉は何を描いてんだ?」
「ダ、ダメ!見ないで!」
背中越しに覗き込んで来る神崎君に、私は机にへばりついて、必死に絵を隠そうとした。
けれど、彼の行動の方が一歩早く、へばりつく前に羽交い締めされて、後ろから覗き込まれてしまう。
「隠す事ないだろ」
「……だって……神崎君のと比べると、凄く下手くそなんだもん……」
「ばぁか。絵は上手い下手を比べるもんじゃないだろ。絵はそれぞれの個性を主張するもんだ。お前の下手さも個性のうち、てね」
「やっぱり下手ってバカにしてる……」
「うそうそ、バカにしてないって。へぇ~、上手いもんじゃん。風景画か」
「……うん。文化祭の展示用に。この窓から見える町の風景を描いてるの。でも……どうしても思うように描けなくて……この長閑な田舎町に溢れる優しさと言うか、温かさを表現したいんだけど、上手く表現出来なくて……納得の行くものに近付けないの」
「十分描けてると思うけどな。まぁ、温かみが欲しいってんなら、夕日でも描いてみたらどうだ。あの山に夕日が沈んで行く――その瞬間ってのは、本当に綺麗なんだぜ。この町で俺が一番好きな景色だ」
「…………」
「? どうした葵葉? 急に黙り込んで」
「……夕日……そうだよ夕日! どうして思い付かなかったんだろう。ありがとう神崎君! 私、頑張って描いてみる!!」
思いがけず受けたアドバイスに、私は急いでオレンジ色の絵の具をパレットに出した。
神崎君の言う通り、私もこの町の夕陽に染まった姿が好きだ。
この町のシンボルである、あの小高い山がオレンジ色に包み込まれる。その限られた瞬間の景色が大好きだ。
本当に、どうして今まで気付かなかったんだろう。
神崎君のアドバイスに私は初めて、彼に対する素直な感謝の気持ちがこみ上がった。
◆◆◆
その後集中して作業に取り組んだ7限目は、あっと言う間に時間が過ぎて行き――
“キンコンカンコ”と部活動の終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。
チャイムを合図に、帰り支度を終えた部員達が、一人また一人と美術室を後にする。
さっきまで騒がしかったのが、嘘のように静まりかえる教室。
そんな中、私だけが未だ片付けもしないで絵と向き合っていた。
「葵葉は帰んないのか?」
「神崎君に良いアドバイス貰って、なんか良い絵が書けそうな気がするから、もう少し残って描いてくよ。良い感じに日も傾いて来たし、ここで帰るのは何だか勿体ない気がするし」
「ふ~ん」
「神崎君は? まだ帰らないの? もう正式な部活の時間は終わったから、帰っても良いんだよ」
「お前はまだ帰んないんだろ? なら俺も帰らない」
そんな事を言いながら、閉じてあったスケッチブックを開き直し、再び紙の上でシャッシャッと軽快な音を立て始める神崎君。
「……別に付き合ってくれなくても良いのに」
「一人じゃ寂しいだろ。話し相手くらいなってやるよ」
「本当に……私なんかに構ってくれるなんて、神崎君はやっぱり変わってるね。そんなに私の事が好きなの?」
「ば~か、だから違うって言ってんだろ。俺はただ、お前と友達になりたいだけ」
「私はなりたくな~い」
「お前なぁ」
「……前々から気になってたんだけど、どうしてそんなに私と友達になる事にこだわるの?」
「…………」
二人前後に並んで絵を描きながら、冗談混じりに交わしていた他愛のない会話。
だが、私のその問いに神崎君は急に言葉を止めた。
言葉と共に、耳に心地よく聞こえていた鉛筆の音も止まる。
急に止まった音に、どうしたのかと不思議に思った私は、神崎君のいる後ろを振り返った。
振り返った先には、彼の真剣な程真っ直ぐな視線が私に突き刺さる。
その痛い程の視線に圧倒されて、まるで私は金縛りにでもあったかのように、彼から目を逸らす事が出来なかった。
「ダ、ダメ!見ないで!」
背中越しに覗き込んで来る神崎君に、私は机にへばりついて、必死に絵を隠そうとした。
けれど、彼の行動の方が一歩早く、へばりつく前に羽交い締めされて、後ろから覗き込まれてしまう。
「隠す事ないだろ」
「……だって……神崎君のと比べると、凄く下手くそなんだもん……」
「ばぁか。絵は上手い下手を比べるもんじゃないだろ。絵はそれぞれの個性を主張するもんだ。お前の下手さも個性のうち、てね」
「やっぱり下手ってバカにしてる……」
「うそうそ、バカにしてないって。へぇ~、上手いもんじゃん。風景画か」
「……うん。文化祭の展示用に。この窓から見える町の風景を描いてるの。でも……どうしても思うように描けなくて……この長閑な田舎町に溢れる優しさと言うか、温かさを表現したいんだけど、上手く表現出来なくて……納得の行くものに近付けないの」
「十分描けてると思うけどな。まぁ、温かみが欲しいってんなら、夕日でも描いてみたらどうだ。あの山に夕日が沈んで行く――その瞬間ってのは、本当に綺麗なんだぜ。この町で俺が一番好きな景色だ」
「…………」
「? どうした葵葉? 急に黙り込んで」
「……夕日……そうだよ夕日! どうして思い付かなかったんだろう。ありがとう神崎君! 私、頑張って描いてみる!!」
思いがけず受けたアドバイスに、私は急いでオレンジ色の絵の具をパレットに出した。
神崎君の言う通り、私もこの町の夕陽に染まった姿が好きだ。
この町のシンボルである、あの小高い山がオレンジ色に包み込まれる。その限られた瞬間の景色が大好きだ。
本当に、どうして今まで気付かなかったんだろう。
神崎君のアドバイスに私は初めて、彼に対する素直な感謝の気持ちがこみ上がった。
◆◆◆
その後集中して作業に取り組んだ7限目は、あっと言う間に時間が過ぎて行き――
“キンコンカンコ”と部活動の終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。
チャイムを合図に、帰り支度を終えた部員達が、一人また一人と美術室を後にする。
さっきまで騒がしかったのが、嘘のように静まりかえる教室。
そんな中、私だけが未だ片付けもしないで絵と向き合っていた。
「葵葉は帰んないのか?」
「神崎君に良いアドバイス貰って、なんか良い絵が書けそうな気がするから、もう少し残って描いてくよ。良い感じに日も傾いて来たし、ここで帰るのは何だか勿体ない気がするし」
「ふ~ん」
「神崎君は? まだ帰らないの? もう正式な部活の時間は終わったから、帰っても良いんだよ」
「お前はまだ帰んないんだろ? なら俺も帰らない」
そんな事を言いながら、閉じてあったスケッチブックを開き直し、再び紙の上でシャッシャッと軽快な音を立て始める神崎君。
「……別に付き合ってくれなくても良いのに」
「一人じゃ寂しいだろ。話し相手くらいなってやるよ」
「本当に……私なんかに構ってくれるなんて、神崎君はやっぱり変わってるね。そんなに私の事が好きなの?」
「ば~か、だから違うって言ってんだろ。俺はただ、お前と友達になりたいだけ」
「私はなりたくな~い」
「お前なぁ」
「……前々から気になってたんだけど、どうしてそんなに私と友達になる事にこだわるの?」
「…………」
二人前後に並んで絵を描きながら、冗談混じりに交わしていた他愛のない会話。
だが、私のその問いに神崎君は急に言葉を止めた。
言葉と共に、耳に心地よく聞こえていた鉛筆の音も止まる。
急に止まった音に、どうしたのかと不思議に思った私は、神崎君のいる後ろを振り返った。
振り返った先には、彼の真剣な程真っ直ぐな視線が私に突き刺さる。
その痛い程の視線に圧倒されて、まるで私は金縛りにでもあったかのように、彼から目を逸らす事が出来なかった。
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