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秋物語
秋の終わり冬の訪れ
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「……ん……」
病院のベッドの上、目を覚ます。
ぼんやりする頭で視線を彷徨わせていた私に、すぐ隣から声が掛かった。
「お、葵葉、目が覚めたか? おはよう」
声の方へと、そっと顔を向けると、そこにはお兄ちゃんの姿があった。
「……お兄……ちゃん」
「ん? どうした葵葉、怖い夢でも見てたのか?」
「………え?」
「ほら、頬に涙が」
お兄ちゃんが不思議そうに私の頬を指さす。
私自身、何の事か分からなくて、そっと右手で自分の頬に触れてみた。
すると確かにお兄ちゃんの言った通り、小さな水滴が私の指に触れた。
「……あれ、本当だ。どうして私……涙なんか? へへへ、おかしいな。なんかね、凄く凄く長い夢を見ていた気がするんだけど」
「長い夢? それは一体、どんな夢を見てたんだ?」
「う~ん……それが、あんまりよく思い出せないんだけど、何かね、どこか懐かしくて温かくてて……でも思い出そうとするとちょっと悲しい気持ちになる、そんな夢………」
「何だその夢。温かいのに悲しいって、どっちなんだよ」
「へへへ、私にもよくわかんない。けどね、とても大切な夢だった気がするの――」
お兄ちゃんに笑って夢の話を聞かせながら、何故か今、私の心は大きな空虚感に包まれていた。
寂しくて、虚しくて、何故だかうまく笑えない。
――どうして?
自分でも良く分からない。
けれど、もう内容もあまり思い出せない夢が、私の心の中にぽっかりと大きな穴を開けたような、もやもやとしたしこりを残していて――
出来る事ならばもう一度、あの夢の続きを見てみたい。と、何故だか私はそんな事を思った。
なんて、夢は気まぐれなもの。
同じ夢の続きを見るなんて、出来るわけないか。
私は考える事に飽きて、一度大きな伸びした。
その勢いのまま体を起こして、お兄ちゃんとは反対側の窓がある方へと視線を向けた。
「ねぇ、お兄ちゃん。私、外の景色が見たいな。カーテン、開けてくれない?」
「ん? あぁ、そうだな。たまには太陽の光を浴びないとな。今開けてやるから、ちょっと待ってろよ」
私のお願いに、お兄ちゃんはすぐにカーテンを開けてくれた。
カーテンが開かれた病室の窓からは、青く広がる空と、微かに色づきはじめた山が見える。
すっかり居心地の良くなったこの病室から、あの山を眺めるのが私は好きだ。
見ていると、なんだかほっこりするような、温かな気持ちになれるから。
綺麗な青空に映える山の緑に魅せられたのか、お兄ちゃんの存在も忘れてぼんやり景色眺めていた私。
そんな私の頬を、ひんやりと冷たい風がそっと撫でた。
どうやらいつの間にかお兄ちゃんがカーテンと共に窓も開けてくれていたようで、お兄ちゃんは窓から顔を覗かせながら空の高い場所を見上げていた。
「あぁ、すっかり空も、高くなったなぁ」
見上げながら、お兄ちゃんが独り言のようにぽつりと呟く。
「本当? ここからだと空の高さまでは分からないけど」
「あぁ、高いぞ。雲があんなに遠くに。うろこ雲ってやつかな。空の青も濃くなって、いつの間にか秋も深まって来てたんだな」
「……はくしゅん」
「悪い、寒かったか?」
「ううん、大丈夫。でも、空の高さは分からないけど、風が冷たくなってるのは私にも分かったよ。もうじき冬が来るんだね」
「そうだな。10月が終わって、11月に入ったらもっともっと寒くなるぞ。こっちの冬は、東京と違って寒いからな。雪だって、積もる程に降るらしいぞ。積もった雪、見るの楽しみだろ葵葉?」
「……うん、そうだね。秋が終わっちゃうのは少し寂しいけど、雪が見られるのは、ちょっと楽しみかも」
「雪だけじゃないぞ。冬にはうちの学校の文化祭があるらしい。12月にはクリスマスが。クリスマスが終わればすぐに正月が来て来年だ。そして来年の6月には葵葉の17歳の誕生日。来年の誕生日も、絶対盛大にお祝いしような」
「……うん」
「これから先も、楽しみなことがいっぱいあるぞ、葵葉」
「……うん」
「だから早く体調戻して退院しような」
「……うん、そうだね」
「……どうした葵葉? 今日はなんだか元気がないな」
「ねぇ、お兄ちゃん……私、あとどれくらい生きられるのかな?」
それまで楽しそうに話していたお兄ちゃんが、私の弱音に口をつぐんだ。
そんな私の弱い心を諭すかのように、病室の開いた窓から、突然激しい風が部屋の中へと吹き込んで来た。
“パタン”
その風が、何かを床に落とす。
「っ……」
お兄ちゃんが慌てて、落ちたものを拾い上げる。
お兄ちゃんが拾い上げた“それ”は、スケッチブックだった。
病院のベッドの上、目を覚ます。
ぼんやりする頭で視線を彷徨わせていた私に、すぐ隣から声が掛かった。
「お、葵葉、目が覚めたか? おはよう」
声の方へと、そっと顔を向けると、そこにはお兄ちゃんの姿があった。
「……お兄……ちゃん」
「ん? どうした葵葉、怖い夢でも見てたのか?」
「………え?」
「ほら、頬に涙が」
お兄ちゃんが不思議そうに私の頬を指さす。
私自身、何の事か分からなくて、そっと右手で自分の頬に触れてみた。
すると確かにお兄ちゃんの言った通り、小さな水滴が私の指に触れた。
「……あれ、本当だ。どうして私……涙なんか? へへへ、おかしいな。なんかね、凄く凄く長い夢を見ていた気がするんだけど」
「長い夢? それは一体、どんな夢を見てたんだ?」
「う~ん……それが、あんまりよく思い出せないんだけど、何かね、どこか懐かしくて温かくてて……でも思い出そうとするとちょっと悲しい気持ちになる、そんな夢………」
「何だその夢。温かいのに悲しいって、どっちなんだよ」
「へへへ、私にもよくわかんない。けどね、とても大切な夢だった気がするの――」
お兄ちゃんに笑って夢の話を聞かせながら、何故か今、私の心は大きな空虚感に包まれていた。
寂しくて、虚しくて、何故だかうまく笑えない。
――どうして?
自分でも良く分からない。
けれど、もう内容もあまり思い出せない夢が、私の心の中にぽっかりと大きな穴を開けたような、もやもやとしたしこりを残していて――
出来る事ならばもう一度、あの夢の続きを見てみたい。と、何故だか私はそんな事を思った。
なんて、夢は気まぐれなもの。
同じ夢の続きを見るなんて、出来るわけないか。
私は考える事に飽きて、一度大きな伸びした。
その勢いのまま体を起こして、お兄ちゃんとは反対側の窓がある方へと視線を向けた。
「ねぇ、お兄ちゃん。私、外の景色が見たいな。カーテン、開けてくれない?」
「ん? あぁ、そうだな。たまには太陽の光を浴びないとな。今開けてやるから、ちょっと待ってろよ」
私のお願いに、お兄ちゃんはすぐにカーテンを開けてくれた。
カーテンが開かれた病室の窓からは、青く広がる空と、微かに色づきはじめた山が見える。
すっかり居心地の良くなったこの病室から、あの山を眺めるのが私は好きだ。
見ていると、なんだかほっこりするような、温かな気持ちになれるから。
綺麗な青空に映える山の緑に魅せられたのか、お兄ちゃんの存在も忘れてぼんやり景色眺めていた私。
そんな私の頬を、ひんやりと冷たい風がそっと撫でた。
どうやらいつの間にかお兄ちゃんがカーテンと共に窓も開けてくれていたようで、お兄ちゃんは窓から顔を覗かせながら空の高い場所を見上げていた。
「あぁ、すっかり空も、高くなったなぁ」
見上げながら、お兄ちゃんが独り言のようにぽつりと呟く。
「本当? ここからだと空の高さまでは分からないけど」
「あぁ、高いぞ。雲があんなに遠くに。うろこ雲ってやつかな。空の青も濃くなって、いつの間にか秋も深まって来てたんだな」
「……はくしゅん」
「悪い、寒かったか?」
「ううん、大丈夫。でも、空の高さは分からないけど、風が冷たくなってるのは私にも分かったよ。もうじき冬が来るんだね」
「そうだな。10月が終わって、11月に入ったらもっともっと寒くなるぞ。こっちの冬は、東京と違って寒いからな。雪だって、積もる程に降るらしいぞ。積もった雪、見るの楽しみだろ葵葉?」
「……うん、そうだね。秋が終わっちゃうのは少し寂しいけど、雪が見られるのは、ちょっと楽しみかも」
「雪だけじゃないぞ。冬にはうちの学校の文化祭があるらしい。12月にはクリスマスが。クリスマスが終わればすぐに正月が来て来年だ。そして来年の6月には葵葉の17歳の誕生日。来年の誕生日も、絶対盛大にお祝いしような」
「……うん」
「これから先も、楽しみなことがいっぱいあるぞ、葵葉」
「……うん」
「だから早く体調戻して退院しような」
「……うん、そうだね」
「……どうした葵葉? 今日はなんだか元気がないな」
「ねぇ、お兄ちゃん……私、あとどれくらい生きられるのかな?」
それまで楽しそうに話していたお兄ちゃんが、私の弱音に口をつぐんだ。
そんな私の弱い心を諭すかのように、病室の開いた窓から、突然激しい風が部屋の中へと吹き込んで来た。
“パタン”
その風が、何かを床に落とす。
「っ……」
お兄ちゃんが慌てて、落ちたものを拾い上げる。
お兄ちゃんが拾い上げた“それ”は、スケッチブックだった。
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