願いが叶うなら

汐野悠翔

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秋物語

二人の恋の結末は

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「落ち着いて下さい。葵葉さん!」


「私なんて、あの時死んでいれば良かったんだ。運命に抗ったりなんかしなければ。未来を望んだりなんかしなければこんな事には。神耶くんじゃない。本当に消滅しなければいけなかったのは私の方。私があの時死んでいたらこんな事には――」



“パシン”



泣きわめく私の耳に、乾いた音が聞こえた。
私の頬を、師匠さんに叩かれたのだと気づくのに、数秒の時間がかかった。


ジンジンと、痛みを訴える頬を手で押さえながら、私はぼーっとする頭で師匠さんを見る。


師匠さんのまとう空気はピリピリと痛く、また凍り付いたように冷たく感じられた。


表情には、ニコニコといつもの優しい笑顔は存在せず、怒っているような、悲しんでしるような、それとも泣いてでもいるかのような、何とも言えない難しい顔をして私を見下ろしている。



「お願いですから、そんな事、言わないで下さい。神耶が自分を犠牲にしてまでも守りったかったものを、いらないなんて、そんな事……絶対に言わないで下さい……」


「………」


「私は二度と貴方の前に現れる事はしないと決めていた。なのに今、こうして貴方の前に姿を現したのは、貴方が自ら命を粗末にする姿を見る事に堪えられなかったから」


「………」


「貴方の生がこんな事で途切れてしまったら、神耶がした事は何だったんですか? 貴方の為に魂をかけたあの子の存在意義は? 全てが無意味なものになってしまう。そんな事……私は絶対に許しません。もし、神耶の存在を求めるあまり、貴方が貴方の命を粗末にすると言うのなら、私はどんな手を使ってでも貴方を止めなければなりません。たとえ、貴方に嫌われる事になったとしても――」



師匠さんは強い口調でそう言いながら、ゆっくりと大きな手を私の元へ近づけてくる。



「…………? 何をするつもりですか?」


「今から貴方の記憶の中から、神耶に関する全ての記憶を消去します」


「いやっ!」



神耶君と言う存在が消えて、更には神耶君との記憶までもを消されてしまうなんて。


咄嗟に私は、師匠さんの手から逃れるべく、一歩後ろへ下がろうとした。


けれども、まるで金縛りにでもかかっているかように、体を動かす事が何故かできない。
声すら出す事が叶わなかった。



「心配しないで下さい。消滅した魂に関する記憶は、暫く後には必ず誰の中からも消えるはずだったのです。それが自然の摂理なのだから。貴方の場合は、それが少し早まるだけの事。何も悲しむ事はありません。さあ、目を閉じて、力を抜いて」


嫌だっ。
そんなの絶対に嫌だっ!


神耶君との思い出も、神耶君への気持ちも、全て忘れてしまうなんて……


なかった事にされてしまうなんて……


絶対に嫌だ!!


声を出せない分、悔しさが涙となってポロポロと溢れ出す。


どうして?
どうしてこんな事になってしまったのだろう?


私はただ、神耶君と一緒にいる時間が楽しくて、その時間が少しでも長く続けば良いのにと、そう願っただけだったのに――


どうして私の神耶君への想いは、止まる事のない欲望へと変わってしまったの?


いつから私は、神耶君を苦しめていたの?


どこから私達の歯車は崩れてしまったの?


答えの見つからない自問自答ばかりが次々に溢れ出す。


いくら後悔した所で後の祭りだ。
だってもう、神耶君には会えないのだから。


後悔が、私の中で諦めに変わり始めた頃、頭の中に師匠さんの声が流れ込んで来た。



「次に目覚めた時、貴方は私と神耶に関する全ての記憶が消えています。神耶を消滅へと追いやった罪は全て私が背負います。だからどうか苦しまないで。貴方は全てを忘れて幸せになって下さい。それがあの子の願い」



その声に、まるで催眠の効果があるかのように私の意識は段々と遠退いて行く。



「神耶の願いを……今度は貴方が叶えてあげて下さい。お願いしますね、葵葉さん」



  ◇◇◇



記憶を奪われ、意識を手放した葵葉の体がグラリと揺らぐ。
地面に倒れこむ葵葉の体をそっと支えて“師匠”と呼ばれたその男は、複雑な顔で葵葉の顔を見つめていた。


「ごめんなさい、葵葉さん……。貴方にこんな辛い思いをさせてしまって……本当にごめんなさい……」



そうつぶやきながら、手にしていた狐の面を自身の顔へと再び被せる。


堪えきれなかった涙を覆い隠すように。


けれど、泣き声までは隠せなかったようで、葵と神耶、二人に対する懺悔と悲しみの念が嗚咽となって溢れ出した。

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